三十五話
あけましておめでとうございます!
今年も一年よろしくお願いします!
先帝・叡香は深莉の目の前で殺された。反乱を起こした地方民族の討伐に行った折のことだ。叡香は反乱を起こした民族にとらわれ、殺されたことになっており、最後まで一緒にいた深莉もその責を問われたが、結局おとがめなしとなり異動だけしてそのまま国家中枢に残っている。
あの時の反乱は、地方の少数民族が起こしたことになっているが、深くは政治闘争も関わっているはずだと深莉は睨んでいる。この辺りの関係が複雑なのだろうと思う。
一番の有力候補は深莉を敵視している皇太后・武氏であるが、そうなると、何故叡香が殺されたのか、と言うことになる。彼女は、内容はどうあれ、まがいなりにも叡香をかわいがっていた。
もうすぐ鎮魂祭だ。皇太后がいきなり規模を拡大した、と嘆いていたが、外部から巫女を雇ったらしい。普段は礼部に所属する神祇官が祭祀を執り行うのだが、今回は巫女がやるらしい。これに、礼部尚書の榮河は、
「何だそれ。深莉でいいじゃん」
と思ったそうだが、武皇太后に押し切られたらしい。まあ、皇太后がいる限り、深莉が祭祀を行うことはないだろう。そもそも、彼女には資格がないが。深莉は術者であって、巫女でも神祇官でもない。
「鎮魂祭の祭司、外部の巫女がやるんですよね。周侍郎じゃダメなんですか」
「……みんな同じことを言うな」
荷物を持って回廊を歩いている深莉は、隣を歩く部下の梓宸を見た。
「私は術者であって、神に仕えるものではないのでな」
「……よくわかんないですけど……あ」
御史台に向かっていたのだが、その途中で鎮魂祭の会場そばを通った。そこにいた顔ぶれを見て、梓宸が声をあげたのである。深莉も何気なくそちらを見て、目を見開いた。しかし、すぐにその眼は細められる。相手と目があったのだ。
小柄な女性だ。年は二十代前半から半ばほど。長い黒髪に、古代巫女装束を着ている。瞳の色は黒だが、深莉が最初に面識を得た時は赤くきらめいていた。
その女性……璃雪は深莉と目が合うとにっこりと笑った。逆に深莉は目を細める。
「ふっ……なるほど。そう言うことか」
「え……何がですか」
突然隣で不穏に笑い、不穏な言葉を吐いた上司に梓宸は引き気味だ。深莉は褙子の裾をひらめかせて歩みを再開する。大股で歩く彼女に、梓宸が小走りでついてきた。
「私にも、本気を出せ、と言うことだよ」
「……周侍郎、本気出して無かったんですか」
「うむ。私が本気を出せば、京師が滅ぶでな」
「ええ……」
完全に引いた梓宸に、深莉は「冗談だ」と返す。梓宸は肩を怒らせて言った。
「真顔で言うから本気かと思ったじゃないですか!」
「うむ」
めったに冗談を言わない人間であると言うのも影響しているのだろう。自分でもちょっと思ったし。いや、でも、彼女が術者、例えば璃雪と本気で戦えば、本当に京師が滅ぶかもしれない。
御史台に入る前、深莉は一度会場の方を振り返った。もちろん、何も見えない。それが当日『何も起こらない』ということを示している。
璃雪が動くならもっと後。数日の猶予があるが、その間に彼女は体勢を作ってしまうだろう。
「周侍郎~。早く入りましょうよ。僕一人だと入りづらいんですけど……」
梓宸に呼ばれて、深莉は御史台の正面扉をくぐった。
△
数日後の鎮魂祭。夜に行われるその祭祀に、禁城の官吏たちは出席していた。女性用の正装姿で出席していた深莉は、隣に立つ安尚書に顔を向けずに話しかけた。
「もうしばらくしたら、ご迷惑をおかけすることになるかと思います」
煌々とかがり火がたかれている。その焔に照らされた深莉の顔を安尚書が見上げる。彼は、深莉より背が低いのだ。
「お前の行動には慣れているよ。そして、お前はいつでも良い結果を連れてきた」
「……必ずしも、そうであるとは限りません」
「先の主上のことか」
安尚書の言葉に、深莉は無言を返す。それが肯定の意味だった。安尚書は微笑む。
「未来が見えるからと言って、なんでもできるわけではないからなぁ」
「私は確定した未来を見ているわけではありませんから」
いくつかある未来のうちの一つを眼にしているだけだ。その中で、最も可能性が高いものを選ぶのが深莉のやり方だ。
叡香が殺された時、深莉は判断を間違えたのだ。深莉は叡香をあの場に行かせるべきではなかった。殺される可能性は低いと考えたのである。むしろ、あの時点では、深莉は自分が死ぬ可能性の方が高いと思っていた。
だが、そうはならなかった。可能性が一番高い未来と言っても、必ずしもそうなるとは限らない。そもそも、未来視と言うのは自分に関わりが深いものが相手だと、うまくはたら中いことが多い。自分の思いに即した未来を見せることがあるからだ。叡香の時はそうだったのだろう。深莉は、叡香よりも自分が死ぬべきだと思っていたから、あの未来を見た。自分のこととなると余計に当たりづらくなるのも災いした。
だから、深莉は判断を間違ったのだ。そのことを後悔し続けている。そして、璃雪にはそこを突かれた形だ。
「皓月。私からお前に忠告だ」
「……はい」
安尚書の言葉に、深莉は首をかしげる。安尚書は真顔で言った。
「私は予知能力者ではないが、宮廷内の勢力図はわかっているつもりだ。お前も、そうだろう。それを良く考えて、本当に引きずりおろさなければならない相手を見極めるんだ。事を起こして、一番得をするのは誰か」
「……それは私にもわかっているつもりですが」
「いいや、わかっていない」
安尚書は今までにないくらい強く否定した。深莉は少し驚いて安尚書を見た。
「お前は頭がいいな。だが、お前はどこまで行っても軍師なのだ。目の前の戦いを勝利に導くのが、お前の仕事だったな。だから、考えたことがなかっただろう。その背後で、誰が戦っているのか」
「……」
安尚書の言う通りかもしれない、と思った。深莉は軍師であったが、それ以上のことはあまり考えたことがなかった。禁城内に派閥があるのはわかっているが、彼らがどう動いているか、などは気にしたことがなかった。そう言ったことは、たいてい榮河が行っていたからだ。
「少し考えてみるといいぞ。意外と早く解決するかもしれんし」
安尚書にそう言われ、深莉は「そうですね」と答える。安尚書の言うとおり、考えるべきなのかもしれない。
深莉は祈る璃雪を見た。彼女が何をたくらんでいるのか。具体的なことは何一つわかっていない。それでも、対策できることはあるし、深莉自身も自分がまけるとは思っていない。
こうして鎮魂祭に介入している以上、璃雪が皇太后に取り入ったのは確かだが、動いているのが皇太后だけとは限らない。璃雪がほかの目的で動いている可能性も高いし。
やっぱり後手後手に回っている。でも、対策を練ることはできる。これはちゃんと手を打たなかった、深莉自身の責任だ。
「いざと言う時は切り捨ててください。あ、でも、その時は千里の面倒は見てほしいですね」
「なるほど。承ろう」
安尚書が快諾した。安尚書は有利不利を判断できる人であるし、刑部の官吏たちを守ろうとするだろう。だから、何かあれば深莉を切り捨ててくれるだろうし、それに、子猫たちのことをかわいがっていたから、千里たちの面倒も見てくれるはずだ。ちょっとだけ成長した千里は、それでもまだもふもふとかわいらしい。あの子の成長を見られないかもしれないのが残念だ。
「まあ、無茶はするものではないぞ」
「肝に銘じましょう」
そうは言ったが、深莉は自分でやらかすだろうなぁと思っていた。
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