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月の異名  作者: 雲居瑞香
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三十四話









「本当にすみません! そしてありがとうございました……!」


 先ほどの茶房とは別の茶屋に入り、深莉シェンリーと脱出したきた子俊ジジュンは助けてきた女性・麗鈴リーリンの話を聞いていた。麗鈴は並んで座っている深莉と子俊を見比べてため息をついた。

「すみません……そうですよね。奥様がいらっしゃいますよね……」

「いや、夫婦じゃねぇけど」

 年齢だけ見ると夫婦でもおかしくない年齢だが、あいにくと夫婦ではない。恋人か、と言われるとそれもちょっとうなずけないが。


「……でも、恋人さんですよね。美男美女でお似合いです……」


 深莉は子俊と目を見合わせる。否定し続けると面倒くさそうなので、そのまま話を続けることにした。

「それはもういい。それで、あなたを連れてきてしまったが、よかったのだろうか?」

「あ、はい! それはもう! 助けていただき、ありがとうございました!」

 麗鈴が勢いよく礼を言ったので、とりあえず大丈夫な行為だったのだと判断する。子俊がお茶を飲んでいる横で、深莉が話しを聞きだそうとする。

「何故彼ともめていたか聞いても?」

「あ、はい。実は彼、私の元恋人でして」

「……」

 すんなりと話しはじめたが、なかなかに衝撃的なことを言われた。そうなのか。元恋人だったのか。

「でも、彼、なんていうんでしょうか……束縛? が激しくて、その、暴力とかも振るってきて。人間として堕落してるし、もう別れようと思って」

「……いい判断なのではないか」

 深莉がそう言うと、麗鈴は「そうですよね!」と勢いづいた。

「だから別れようって提案したんです。でも、聞き入れてくれなくて。だから、結婚を約束した人がいるって言ったんです。そしたら、怒りだしちゃって……」

「そりゃあ、怒るだろうな……」

 子俊の呆れた声に、麗鈴がはっとする。


「もしかして、怒りました!?」


 と、尋ねたのは深莉に対してだ。まあ、確かに麗鈴はその場を逃れるためとはいえ、一時的に子俊を自分が結婚する人だと言ったわけだし、彼女の中では深莉は彼の恋人であるし。

「いや、明らかに嘘だとわかっていたからな」

 驚きはしたが、怒ってはいない。麗鈴はほっとしたように息を吐く。

「よかったぁ……いえ、私が悪いんですけど!」

 反省できるのは良いことだ。

「それで、あの状況だったのか」

「はい」

 麗鈴がうなずく。子俊が深莉の方を見た。

「お前、厄介なもん拾ってきやがって」

「助けたのはお前だろう」

「けしかけたのはおめーだよ」

「なるほど」

 言い合いにはひとまず決着がつく。手を出してしまった以上、このまま放り出すわけにもいかない。

「……この状況で一人で帰すのはまずいよなぁ」

「うむ。私もそう思う」

 子俊と深莉の意見が一致する。当事者である麗鈴は暢気に杏仁豆腐を食べていた。

「なあ、子俊ならこの状況でどうする?」

「それは対応策と言う意味か、ふられた男と言う意味か」

「後者だな」

 こそこそと深莉と子俊が会話をする。今後の対応を練るためだ。そのために、相手がどう動くか、予測したい。


「……まあ、穏便な手段で連れ去るかな……」

「それは穏便ではないだろう」


 さすがに気になったのでツッコミを入れた。しかし、そこまでするだろうか。……しそうだな。

「無理やり連れて行くか、最悪の場合、殺す。もしくは、目の前で死ぬ」

「……ああ……」

 何となくわかる気がした。自分が経験したことがあるからだ。それに気づいたのか、子俊が一瞬押し黙る。

「……ま、このまま帰すわけにはいかねぇだろ。俺達の良心的に」

「それには同意する」

 深莉は麗鈴を呼ぶ。

「麗鈴」

「あ、はい」

 お茶をすすっていた彼女は深莉に呼ばれて顔を上げる。深莉は手を差し出し、首をかしげながらも麗鈴は深莉の掌に自分の手を乗せる。深莉は一度目を閉じると、ゆっくりと開いた。


「その一歩を、ためらったなら踏み出してはならない。必ず後悔する。春は過ぎたが、待ち続けよ。恐れることはない。あなたに非はない。時が過去の記憶を拭い去る」


 深莉は目を閉じると、麗鈴の手を離した。彼女はきょとんと深莉を見る。

「えっと。今の、何ですか?」

「まあ、ちょっとした占いだ。引っ掻き回してしまったゆえな。お詫びだとでも思ってくれ」

「……占い」

 麗鈴が複雑そうな表情で深莉が握っていた自分の手を見る。不審に思っていると思ったのか、子俊が口をはさむ。

「深莉の占いはよく当たるぞ」

「深莉さん、占い師なんですか?」

「……まあ、そんなようなものだ」

 正確には術者であるが、大きく相違はないのでうなずいておく。

「無事に家に帰れるぞ。彼の眼は別の方向に向くようだ。そして、近いうちにお前の前から消える」

「……なんだか不穏なんですけど……」

「お前、初対面の相手にも不穏だって言われてるぞ」

「事実を伝えたまでだ」

 子俊に突っ込まれて、深莉は落ち着いてそう返した。悪い結果が出ると言い方を考えたりするが、今は別に普通の、むしろいい結果だろう。


「まあでも一応送っていけばいいのではないか?」


 と子俊に言った。彼はため息をつく。

「……なんでお前と出かけたのにこうなるんだ……」

 はあ、と子俊がため息をついた。深莉は思わず笑い声をあげる。

「むしろ、私と出かけようと思うからではないか?」

 眼を細めて笑うと、子俊が視線を逸らした。昔から、彼は照れたりすると視線をそらす癖がある。深莉は笑みを深めた。

 そして二人は視線に気づく。麗鈴がじーっと二人を見ていた。心なしか楽しそうだ。

「そうですよね……恋人ってこんな感じですよね……!」

 いや、深莉と子俊も結構特殊な例だと思うのだが、麗鈴には恋人同士に見えるのだろうか。


 ひとまず、深莉と子俊は麗鈴を家まで送っていくことにした。深莉は途中で別れようと思ったのだが、危険だからと一緒に麗鈴の家までついて行った。彼女の家は京師の街中の一等地にあった。結構なお金持ちらしい。

 麗鈴の家の人が出てきた。使用人を雇えるくらいの家であるらしい。何の仕事をしているのかわからないが、実は子俊の実家とも取引があったりするのではないだろうか、と思わないでもない。まあ、深莉が考えることではないけど。

 子俊が簡単に事情を説明している間に、深莉はふらりと門の外に出た。不穏な気配がしたからだ。目を細めて向かって左側を見る。

 服の袖の中で印をきる。その腕が後ろから引かれた。

「……っ!」

 屋敷を囲む塀にたたきつけられ、深莉は息をつめた。瞬間的に目を閉じてしまったが、すぐに開いた。戦場で目を閉じることは死に直結した。そのときの習慣だ。


 だが、深莉は目を開いた状態で固まった。塀に押さえつけられている手首が痛いが、振り払うこともできない。麗鈴の恋人だったと言う男のほかに二人、破落戸の風体をした男がいた。深莉を押さえつけているのはその破落戸らしき男の一人だった。

「お前、何者だ! 麗鈴の何なんだ!」

 深莉が麗鈴を連れ出したからだろう。男は、深莉を責めたてる。

 深莉の性格であれば「一人で相対する度胸もないのか」くらい言っても不思議ではないのだが、彼女は取り押さえられたまま震えていた。口を開いても、声どころか悲鳴すら上がらない。


「何黙ってんだよ! 答えろよ!」


 肩を押さえつけられ、深莉は明らかにおびえた表情を浮かべた。


「何やってるんだ!」


 深莉がいないことに気が付いた子俊が出てきたらしい。ぱっと男たちは身を翻したが、子俊は麗鈴の元恋人だけを捕獲した。関節をはずし、地面に転がすと座り込んでいる深莉に近寄った。

「……近寄っても、大丈夫か」

 子俊は深莉の承諾を求めた。深莉がうなずくと、子俊は深莉の前にしゃがみ込み、手を伸ばした。その掌が深莉の頬に触れる。

「麗鈴は帰した。立てるか? ああ……あいつも引き渡さないとな」

 深莉は子俊の手を取り、立ち上がった。拒否反応が出ないことにほっとした。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


大晦日ですね!

今年はありがとうございました。また来年もよらしくお願いします!!

みなさま、良いお年を!


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