三十三話
芝居小屋は、本当に芝居小屋だった。地方からきた旅芸人一座が、様々な技を披露していく。かなりの運動神経を持つ深莉や子俊から見ても神業と言えるような超人技巧の数々。早変わりや軟体人間、組体操のようなものや、剣を使った危険な見世物まで。歓声よりも悲鳴が多い気がしたのは気のせいだろうか。
観客は男女まちまちであるが、親子が多いだろうか。やはり、子供にも人気があるらしい。他には、深莉たちと同じように男女で来ている者もいる。
動物たちが出てきて、様々な芸を見せる。玉乗りや火の輪くぐり、二足歩行などだ。猛獣と呼ばれる種類の虎や獅子が動物使いの指示に従ってくるくると踊る。
「もう、大きい猫だな」
かわいい、と言うと子俊はわからないではない、と答える。
「まあ、大きさが違うだけで同じ種類の動物だって話だしな」
「ああ、聞いたことがある」
「そう言えば、前にお前が連れてきた子猫、元気か?」
「千里のこと?」
「……それ、冗談のつもりか?」
深莉は子俊に肘鉄を入れた。あまり強くなかったが、うまく骨がわき腹に入ったらしい。子俊が「うっ」とうめいた。
「いや、深莉と千里って韻を踏んでるなと思ってな」
「お前に韻とかわかるのか」
「わかるに決まってんだろ。これでも一応、武科挙に及第してるんだからな」
武官を選出する武科挙は、何も身体能力だけを調べるわけではない。ちゃんと記述試験もあるのだ。一応、武官も役人であるので、子俊もそこそこ頭はいいのだ。使ってないけど。
「で、なんで千里にしたんだ、名前」
「……亡くなった友人の妹がつけたんだ。皓月千里から取ったとのことだ」
「……駄目だ。何か納得してしまった……やっぱり兄妹なんだな……」
子俊は深莉と同じ感想を抱いたようだ。
「一匹は私のところにいるが、もう一匹は彼女のところだ。そちらは蘭香と言う」
「結構適当だが、なかなかいいんじゃないか」
子俊は苦笑を浮かべて言った。深莉もそうだが、子俊は美蘭に甘い。やはり、友人であった叡香が亡くなったことが大きいのだと思う。深莉にとっても、そうだ。
「ちなみに、子猫たちは元気だ」
「……そうか」
「今度見に来るか」
「せっかくだから、お邪魔しよう」
なんてくだらない会話をしているうちに、全ての演目が終了した。周囲の観客たちが立ち上がって帰り支度を始める。深莉と子俊も立ち上がった。
「なかなか面白かった」
「確かに、結構見ごたえあったな」
人ごみに押されながら、深莉と子俊は芝居小屋を出た。あまり期待していなかったが、結構面白かった気がする。早変わりなどは、注意して見ていたはずなのにまったく仕掛けがわからなかった。
「深莉、まだ大丈夫だろう? ちょっとお茶でも飲んで帰らないか」
「ああ。それはいいな」
深莉は目を細めて微笑むと子俊に向かってうなずいた。子俊はちょっと驚いた顔をしたが、自分もすぐに微笑む。
「いや、久々にお前のそんな顔を見た気がしてな」
そんなことを言われて、深莉は自分の顔に手を当てる。子俊は「化粧崩れるぞー」と突っ込む。余計なお世話だ。
適当に目についた茶房に入る。ちょっと時間がずれていたので、すんなりと席に付けた。
花茶と胡麻団子を注文する。杏仁豆腐でもよかったのだが、ちょっとおなかがすいていたのだ。
ゆっくりと花茶をすすっていると、表が騒がしくなってきた。いや、京師・洛耀は人口が多いのでいつでも騒ぎが起こっているけど。
なので、深莉も子俊もさほど気にせずに飲み食いしていた。二人はもともと図太いのに加え、戦場を経験している。二人とも近くまで妖魔が来てものんびりしていて、よく榮河に怒られたものだ。
店員や客たちがそわそわと外をのぞく。花茶を飲みほした深莉は、子俊を目を見合わせる。子俊はまだ胡麻団子を咀嚼していた。深莉は立ち上がる。
「気にするほどじゃなくねぇ?」
「うむ。まあ、見てくるだけ」
「……わかった。ちょっと待て」
子俊は手を拭いて立ち上がると、深莉と共に外を覗いた。いつぞや、こうやって外を見たら妖魔がうようよしていたこともあった。
今回うようよしていたのは普通の人間だ。どうやら痴話げんかのようである。女性が男性に腕をつかまれ、迷惑そうに言い争いをしていた。深莉は子俊を見上げる。
「助けに行って来ればいいのではないか」
「……お前を置いてか? 男の方が手を出すようなら考える」
子俊はきっぱりと言った。学術院の先生をしている彼だ。学生たちの喧嘩の仲裁に入ることも多いだろう。何となく手慣れている、と言うか悟っている感じがする。
そんなわけでしばらく様子を見ていた二人であるが、じれた男が女に手を上げようとした。深莉はとっさに子俊の背中を押す。さすがに、自ら出て行くようなことはしなかった。
「おい、人のことに口をはさみたくはないが、さすがにやりすぎじゃないか?」
「なんだお前!」
男の方が女性をかばいに入った子俊を怒鳴りつける。逆ギレにも慣れている子俊は意に介さない。
「いやいや、お前らどんだけ注目浴びてると思ってんの。今のままじゃお兄さん、か弱い女性をいじめる最低男だぜ」
と子俊が落ち着かせに入ったが、火に油を注いだようで「うるせぇ!」と怒鳴られた。どうやら理屈が通じない相手らしい。子俊がいつも仲裁に入っている学生たちは、どちらかと言うと理屈っぽい。武官を目指して入ってきた子たちですら、それなりの理性がある。自由に見える深莉の姪っ子である静花だって、学術院に入れるくらいの頭はあるのだ。
「これは僕と彼女の話なんだっ。部外者は入ってくるな!」
「いや、そうなんだけどな……」
子俊がちらっと観衆に紛れている深莉に目をやる。いや、深莉が出て行っても男は余計に怒るだけだと思うのだが。
「……正直、迷惑だ」
本当のことを言うと、男はやはり怒鳴る。
「お前に言われる筋合いはない!」
「うるせーよ! 周りの人に迷惑なんだよ!」
何故かこちらも怒鳴った。深莉は本気でさらに仲裁に入った方がいいか迷った。それとも、件の女性を連れてここを離れるべき?
さすがの深莉も動こうかと考えたその時、女性の方が叫んだ。
「もうやめて! この人が私と結婚する人よ!」
と、女性は子俊の腕を取った。今まさに動こうとしていた深莉は固まる。子俊も唖然とする。男はわなわなとふるえた。
「な……にを! こんなやつのどこがいいんだ!」
いや、それは深莉も思う。いや、そうではなくて。
深莉は人ごみをかき分けると、女性の元に到達した。
「何してるの。こんなところで」
「え、あれ……」
深莉は女性の手をつかんだ。突然、長身の女に手をつかまれて、女性は困惑気味である。
「馬鹿なことしてないで、行くよ」
「う、うん……」
女性の同意を得たので深莉は彼女を引っ張ってその場を離れた。子俊はというと、男に因縁をつけられ、まだ離れられそうにない。
「あ、あの、ありがとうございます」
女性に礼を言われると、ちょっと気まずい気がする深莉だった。
「いや……そもそも引っ掻き回したのはこちらだからな……」
手を出してしまったのはこちらなので、むしろ謝るべきはこちらだと思った。
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