三話
本日最後!
「うええっ。気持ち悪……」
「大丈夫か? 飲み過ぎだ、明らかに」
「吐くなら家に帰ってからにしろ」
道端にしゃがみ込む子俊に、気遣う榮河。容赦のない皓月。皓月は上から子俊を覗き込む。
「私たちに釣られて飲むからだ、まったく」
「うるせえ」
皓月も榮河も、自分は酒豪である、という自覚がある。子俊は人並みなので、つられて飲むとこういうことになる。何もこういう事態が初めてではないのだ。
皓月は手を伸ばし、子俊の背中を軽く二度たたいた。ぼわっと子俊の体が暖かい光に包まれた。一瞬のことだ。
「……あ、ちょっと楽になったかも」
「それは重畳」
皓月は一つうなずくと、榮河とは反対側の子俊の腕をつかみ、無理やり立たせた。
「では、大丈夫になったところで帰ろうではないか。眠い」
「お前の都合かよ」
習性で子俊がつっこみを入れてきたが、特に反対することはなかった。自分も帰って寝たいのだろう。
「しかし、お前の力は万能だな」
榮河が皓月の方を見て言った。皓月は首をかしげる。
「万能ではない。かなり不便な力だ。酔っぱらいを癒すのは教えに反するのだがな」
皓月は術師である。当代には珍しいほどの霊力を持った術師であるのだが、彼女はそれを多用しようとは思わない。術師であるから何でもできると言うわけではないし、むしろ、これは不便な力だと思っている。
視えなくていいものが視えてしまう。知らなくていいことを知ってしまう。それが、皓月には重荷なのだ。
つっと顔をあげて半分の月を見た。思わず顔をしかめる。
「……嵐が来るかもしれんな」
「嘘でしょ? こんないい天気なのに? 明日の午前中、屋外修練なのに、困ったなー」
などとむしろ嬉しそうに言う子俊に、皓月は事実を突きつけてやる。
「たわけ。天気の話ではないわ。ちなみに明日の天気は快晴だ。雨など降らん。思う存分屋外修練をするんだな」
「何それ! 周侍郎、鬼畜ですか!」
「阿呆」
皓月は子俊の頭をすぱーんとたたいた。子俊が「いった。頭ぐらぐらする」と言う。それは酔いのせいだ。
「お前の先見は当たるからな。明日は晴れか」
子俊を引っ張りながら榮河が言う。皓月は彼を見上げて「そうでもない」と言う。
「私の力は、多数ある未来のうち一つを見ているにすぎん。実際に、当たらないことの方が多いしな」
だから、どちらかと言うと占のようなものだと皓月自身は思っている。未来予知ではない。
「でも、明日の天気は快晴だ」
「どっちだよ……」
榮河が苦笑を浮かべて言った。
△
翌日、皓月は礼部まで行って榮河を捕まえた。どうだった、と端的に尋ねる。
「中書令はかまわないと言ってくれたぞ。まあ、周家の娘なら身元もしっかりしているしな」
「まあ、身分だけはあるからな」
皓月はそう言って息を吐いた。とりあえず、美蘭の元に姪を連れて行くことはできそうだ。
「では、私は夕刻にちと学術院まで行ってくる」
「私に言うな。上司に言え」
「確かにな」
一応地位は榮河の方が上であるが、彼は皓月の上司ではない。皓月は夕刻が近づいたころ、刑部尚書に一言告げて一度皇城を出た。
馬車で京師・洛耀の東南を目指す。そちらに、官吏養成校、学術院は存在した。かつて皓月も学んだ場所である。宮廷官吏の佩玉を持つ皓月は、遠慮なく学術院の中に入った。
「すまない。魏先生はどちらかな」
声音は柔らかいが表情がない皓月に声をかけられた学生たちはびくっとしていた。しかしまあ、彼女が官吏であることに気付くと場所を教えてくれたが。
「おーい、魏先生」
ちょっとふざけて修練場にいる子俊を呼んでみたのだが、その反応が早かった。
「変な呼び方するんじゃねぇ!」
という叫びと同時に木刀が飛んできた。避けると危ないので下にたたき落とす。
「なんだ。ちょっとしたおちゃめだろう」
「真顔で言うことじゃねぇよっ。とっとと娘連れて行け!」
「静花は姪だ」
「あー! 姐さん!」
荒ぶる子俊を相変わらず腕を組んで見上げていた皓月は、甲高い声を聞いてそちらに目を向けた。十代半ばの少女がつっこんでくる。抱き着かれた皓月はびくともしなかった。
「なんで!? 折れると思ったのに」
「知らん」
そりゃあ、皓月の体幹がしっかりしているからであるが、基本つっこみ放棄である皓月は受け流した。何か隣で子俊が「ツッコめよ!」とか言っているが無視する。
「静花、魏先生から話は聞いているか」
「あ、うん。何かよくわかんなかったけど」
静花が皓月にひっついたまま言う。皓月は呆れた目を子俊に向けた。
「お前、相変わらず説明が下手なのか」
「うるせぇよ」
ふてくされたような子俊を、静花がきょとんと見上げている。
「まあ、同い年くらいの女の子とお茶飲んで話をするだけの簡単なお仕事だ」
「その女の子は皇帝だけどな……」
ぽそっとつぶやいた子俊の言葉は無視した。まあ、聞いたところで臆する静花ではないと思うが。
「では魏先生。静花を少し借りていく。夜には帰すが、門限を過ぎるかもしれん」
「了解した。つーかお前、先生とか言うな。鳥肌立つわ」
「私も背中がぞわっとした」
一応、立場と言うやつを気にしてみたのだが、駄目だ。鳥肌が立つ。まあ、出会った時から名前で呼び合っていたのだから、仕方ないのかもしれないが。
「ねえ」
「ん?」
馬車の中で目を閉じていた皓月は、向かい側、進行方向と逆向きに座る静花の顔を見た。
「主上はどんな人?」
ああ、ちゃんと美蘭の相手をすることになっているとわかっているのか。
「先入観は入れたくないんだがな……まあ、普通の女の子だ」
「姐さんが言う普通って、なんか信用できないんだけど」
「まあ大丈夫だ。今は駄目かもしれんが、いつかきっと仲良くなれる。叔母からの助言だ」
「先入観は入れたくないんじゃなかったの?」
「む、そう言えば、そう言ったな」
皓月はあっさり認めると、静花に「すまんな」と言った。彼女は暢気に「何が?」などと言っている。
「お前を利用していることだ」
「へ? あー……」
静花は一瞬戸惑った表情になったが、すぐに笑った。
「別にいいよー。姐さんがらみで嫌味言われるの、いつものことだし」
「……そうか」
静花は皓月の姪だ。皓月に取り入り、学術院に入れてもらったのだろうと言われることもあるだろう。女であると言うだけでいまだに敵意を持たれる世界なのに、静花は自ら望んで学術院に入った。
もちろん、学術院に入るにも試験があって、その試験は厳正だ。高位の貴族だろうが官吏だろうが、その試験に介入することはできない。科挙と同じくらいの難易度だと言われている。
皓月も、静花も、その試験をちゃんと突破して学術院に身を置いた。嫌味を言われる筋合いなど、本来はないのである。
「ま、学術院なんて足の引っ張り合いだってわかってるし、姐さんがあたしが適任だって思ったなら、そうなんだろうし」
やるわよー、と静花は笑った。それを見た皓月は、表情は変わらなかった目元を和らげた。
「強いな、静花は」
「え、そう?」
不思議そうに首をかしげる静花にうなずき、皓月は再び目を閉じた。自分にもあっただろうか。こんなまっすぐな時代が。静花のまっすぐな目が、皓月には少しまぶしい。
馬車が禁城の門を抜けたころ、皓月は再び目を開いた。馬車窓から物珍しげに禁城を見上げている。
「静花。口は閉じておけ。舌をかむぞ」
「いや、今突っ込むところそこじゃないよね」
ツッコみ返されながら、皓月も禁城を見上げた。この馬車が向かっているのは後宮である。さすがに内朝に、少女とはいえ官吏でもない人間を入れることができなかった。
馬車が停まる。後宮への入り口だ。開かれた扉から皓月は先に降りた。続いて降りてきた静花を見る。
「ようこそ、魔の渦巻く禁城へ」
「……やなこと言わないでよ……」
うんざりした顔で、静花は皓月に訴えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
皓月の話し方が古風なのは、すぐ上の兄の影響と言う無駄な設定があります。ついでに彼女には術者的な能力があります。得意な占いは天気予報。




