二十七話
見えているかもしれないが、一応、京師内に救援を求める。どう考えても、深莉だけで何とかできる数の妖魔ではない。せめてもう一人、できれば子俊辺りが欲しい。
何故こんなに大量の妖魔がまっすぐに京師に向かってくるのか。理由が気になるが考えるのは後だ。とにかく向かってくる以上、対処しなければならないので。
「……何かに引きつけられているんだろうか」
「確かに、そう思わざるを得ないね」
深莉の言葉に貴新が同意を示した。まあ、先ほども言ったが、考えるのは後だ。
「では、私はお先に」
「お先にって変だけど、気を付けてね」
深莉は片手をあげて行きかけたが、一度振り返って言った。
「なんなら、先に京師内に入っていても」
「それはない」
何故か琅景にも強く否定され、深莉は肩をすくめるとそのまま駆け出した。自ら妖魔に向かって行くのだ。
八年前、妖魔戦争を戦った。戦い慣れてはいるが、さすがに一人でつっこんでいくのは怖い。そんなことを言っている場合ではないが。
「おお……!」
妖魔の進路上に立つと、大量の妖魔が迫っているのが良くわかる。妖魔の大軍と言うより、すでに壁である。
これだけいれば効果がるだろう、と深莉は一度剣を地面に付きさし、まず印を組んだ。
落ちろ!
雷が落ちた。今日も快晴なので、また文句を言われるかもしれないが、妖魔に直撃したので、だいぶ数を削れたのではないだろうか。と言っても、元の数が多すぎるけど。
「だが、まあ……」
地道に数を削るしかないか。深莉は剣を手に取ると、すぐそばまで走ってきた四足歩行の妖魔を斬った。切り捨てた勢いのまま、反対側まで来ていた妖魔を斬る。さすがにすべて斬ることはできずに何体も逃している。通り過ぎてしまったものは武官たちの対応に期待しよう。
もう何体斬っただろうか。妖魔の一団は、さすがに深莉のいる場所をすべて通り過ぎて行った。深莉は一度息を整えてそのまま妖魔を追うべく京師の方に向かって足を踏み出した。
「もし。お待ちくださいな」
柔らかな女性の声に、深莉は振り返った。そこに、一人の女性が立っていた。
年は二十代前半から半ばくらいか。深莉よりいくらか年下だろう。小柄な女性で、古代の巫女装束のような格好をしていた。頭に薄布をかぶり、顔を隠している。
「……申し訳ないが、私は急いでいるのだが」
「あら、そんなに急ぐことはありませんわ。今回はただの様子見ですもの」
深莉はその切れ長気味の目を見開いた。だがすぐに細められる。
「お前、何者だ」
「うふふ。あなたはご存じのはずですわ。月下の姫君、周深莉様」
「……」
かつて、深莉のことを『冴えわたる月のようだ』と言った人がいた。初めて深莉のことを『皓月』と呼んだ人。先帝・叡香。深莉は目を細める。
「……つまり、今までの妖魔の襲撃は、お前の差し金であったと言うことか」
「あら怖いですわよ、深莉様。せっかくの美貌が台無し」
「悪いが、戯言に付き合っている暇はないのだ」
「そうですわね。長くこうしていると、わたくしも捕まってしまいますもの」
そう言って深莉を見上げた目は、赤かった。黒く見せていた深莉の瞳が釣られるように碧の輝きを見せる。
「……邪眼」
「いやですわ。この瞳も、あなたの碧眼と同じ。強い力を示すものですのに」
確かにそうだ。碧眼は単純に霊力の強さを示すが、赤い瞳は使役力の強さを示すと言う。彼女が妖魔を操っていたのなら納得できる話だ。
「ねえ深莉様。勝負をいたしましょう。これから起こる災厄をあなたが防ぐことができましたら、あなたの勝ち。防げなければ、わたくしの勝ち」
「……その勝負、乗って私に何か益があるのか?」
「うふふ……そうですわねぇ。あなたの存在意義が手に入るかもしれませんわ」
あいまいな言い方をするその女性は小首を傾げて微笑む。
「わたくしは璃雪。わかっていますわ。あなたは口でなんと言おうとも、わたくしとの勝負に乗ってきます。乗らざるを得ないのですわ」
璃雪と名乗った女性は、そばまで戻ってきた妖魔・窮寄をひと撫でするとその背にひらりと乗った。
「では、またお会いしましょうね?」
「待……っ」
「背後はよろしいんですの?」
にっこり笑って言われた。足を止めさせたのはお前だろう、と思いつつ、深莉は背後、つまり京師を気にする。それからもう一度璃雪を見て、振り切るように京師の方に向かって走り出した。しかし、数歩も行かないうちに立ち止まる。
「な……!」
深莉は目を見開いた。目の前で京師の街が大火で燃えているように見えたのだ。そんなわけあるか、と一度目を閉じ、首を左右に振る。目を開くと、やはり燃えてなどいなかった。再び振り返る。そこにはすでに、璃雪と窮寄の姿もなかった。釈然としないものを感じつつも、深莉は京師の街に戻る。門をくぐると、兄夫婦がいた。
「ああ、深莉。先に中にいると思ったんだけど」
などとのたまう貴新である。さすがにそれはないのではないだろうか。ちらほらと禁軍や衛府の武官の姿が見られ、深莉が片づけられなかった分は彼らが始末してくれたらしい。その中に、弟嗣悠の姿もあった。というか、ほぼ存在を忘れていた。
兄に断ってから武官たちの責任者を探す。
「恩豪!」
「ん? ああ、やあ、皓月」
にこっと笑ったのは禁軍将軍の恩豪だった。彼が責任者であるらしい。
「妖魔は」
「片付いたよ。知らせが早かったし、門から入ってすぐだったから、それほど被害もない」
その言葉に深莉はほっとする。しかし、すぐに表情を引き締め、目を細める。璃雪はこれを「様子見だ」と言っていた。と言うことは、この後にも何かが起こると考えてしかるべきである。
「皓月、どうかした?」
「……いや」
恩豪に顔をのぞきこまれ、深莉は首を左右に振る。先ほどあった璃雪の話をして、一体何人が信じてくれるだろうか。深莉は無駄なことは言わないでおこうと黙る。まあ、兄や弟には話すだろうが、彼らも信じてくれるかは不明だ。
恩豪の指示で武官たちがテキパキと後片付けをする。深莉たちが手を出す暇もなかった。
「ねえねえ、深莉」
呼びかけてきたのは嗣悠である。深莉は「なんだ」と返す。
「多量発生にしては数が多かった気がするんだけど、深莉が気にしてたのってこれ?」
「……まあ、これとはまた別件だが、同じようなものだな」
「ふーん」
嗣悠は深莉の言葉を聞くとうなずいた。何なのだろう。
武官たちが後始末を受け持ってくれると言うことなので、深莉は兄夫婦と弟を連れて先に邸に戻っていた。
「術者と会った」
深莉が言うと、貴新と嗣悠が深莉を見た。琅景は首をかしげる。
「術者と言うと、妖魔を操っているとみられる術者のこと?」
「ああ」
貴新だけでなく、嗣悠もさすがに真剣な目をしていた。
「私よりいくらか年下の、邪眼の女だ。彼女は私に、勝負をしようと言ってきた。この先に起こる災厄を止められるかどうか」
「その女、予知能力者……と言う感じでもないね。深莉としてはどう? この先何か起こりそう?」
嗣悠が深莉に尋ねたのは、彼女に軽い予知能力があると知っているからだ。深莉は答え方を少し考える。
「……京師を巻き込んだ何かが起こるだろうとは、思っている」
「……」
漠然としているのだ。そもそも深莉も天気予報が関の山であり、それ以上のことは読み取るのが難しいのである。
「予知と言うものには二種類ある」
貴新が静かに言った。茶でのどを潤した彼は静かな声のまま続ける。
「深莉のように未来を感じ取るもの、それと……未来をその方向に誘導するもの」
貴新は弟妹を見てにっこりと笑った。
「さて、その女はどちらにあたるんだろうね」
「……」
言いたいことはわかる。彼は、その女は後者にあたるだろうと言いたいのだ。
「深莉。京師にいるのは君だ。勝負を挑まれたのも君。だから君が何とかするしかないけど、何もかも一人でやる必要はない。君のまわりには助けてくれる人がたくさんいるんだからね」
「……兄上」
「私は華北州に帰るけどね」
「兄上」
すっぱりと切り捨てた貴新である。まあ、彼もいつまでも京師にいるわけにはいかない。子供もいるし、本家は父だけでは頼りない。
「大丈夫だって。僕がいるし」
「ふらりといなくなる人間に、どうやって頼れと……」
励ますように深莉の肩をたたいた嗣悠であるが、深莉が珍しくツッコミを入れてしまうくらいには信用できなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
たぶん、前半終了くらいです。




