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月の異名  作者: 雲居瑞香
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二十六話








 連続殺人事件が解決し、二日ほどたった。魔剣は折られ、深莉シェンリー貴新グイシン嗣悠スーヨウの手によって厳重に封じられた。

 禁軍にも衛府にも所属していなかった、宝物庫から魔剣を盗み出した謎の武官については、御史台が追っている。ワン中丞なら信頼できる。そのうち、真実がわかるだろう。

 犯人……というか、魔剣に操られていた犯人の処遇については、刑部の法に則り釈放されたのだが、ずいぶん怯えていた。大丈夫だろうか。

 これらのこと、必ず裏で糸を引いている人間がいるはずだが、その人物が見つかるかはわからない。かなり確率は低いだろう。


 そして、今の深莉にはそれどころではない問題があった。いまだ、彼女の邸に兄夫婦と弟嗣悠がいるのである。いや、いるのはいい。いいのだ。ただ、たまたま今日、深莉が休みなので何をしようか迷っているだけである。


「ねえ深莉。どうせなら、京師を少し案内してくれない?」


 にこっと笑って琅景ランジンが言った。深莉が何をしようか迷っていることに気付いたのだろうか。貴新がいるうちに、結界の支点も身に行きたいなぁと思っているのだが、まあ、まず京師の中を見回ってからでもいいだろう。

「ああ、そうだな。兄上もどうだ」

「なら、一緒に行こう」

 快く了承した貴新であるが、彼は加えてこう言った。

「深莉、とりあえずお前は、女装してきなさい」

「……何故だ」

「何故って、本来の恰好としてはそちらが正しいだろう?」

 まあそうだけど。そもそも深莉は女性なので、女装と言わないのでは? 別にツッコまないけど。

「そうね。私も女の子と一緒に歩きたいわね」

「もう女の子って年ではないが……」

 深莉はそう言いながらも一度着替えに私室に戻った。ちなみに、嗣悠は朝食の後にふらっと出て行った。

 裳裾をひらめかせた緑と白の襦裙を纏い、深莉は琅景、貴新とともに出かけた。髪をかんざしで結い上げ、紅い日傘を差す。


「あら、深窓のお姫様みたいでいいわね」


 琅景がほけほけと笑ってそんなことを言うが、そもそも深窓の姫君はこんな風に外を出歩かないだろう。まあ、口には出さないけど。


「さて、どこを案内してくれる?」


 貴新が深莉に尋ねた。深莉は逆に問い返す。


「むしろ、どういうところに行きたいんだ?」


 尋ねると、そうねぇ、と考えるのは琅景だった。彼女はぽん、と手を打つ。

「京師の土産が買えるようなところに行きたいわね。子供たちにお土産を見つくろいたいし」

 この二人はもうしばらくいるのだ、と言っていた気がするが、まあ、腐らないものであれば先に買っても問題ないだろう。京師には、様々な装飾品や布地、生活用具などがそろっている。

 貴新と琅景には、あと二人子供がいる。男の子と女の子だ。女の子の方はそろそろおしゃれに目覚めてくるだろうから、きれいな布地や装飾品がいいだろう。男の子の方は、実用的な短剣などを贈ると意外と喜ぶかもしれない。

 ちなみに、長姉にあたる静花ジンファは、きれいな布地よりも剣の方が喜んでいた。

 ひとしきり歩き回り、耀河での漁ものぞき、昼食は料亭でとる。これも、京師で流行りの料亭だ。少々お高めだが、それに見合う味である。以前、子俊ジジュン榮河ロンファと訪れたことがあるのだ。

「しばらく来ないうちに、京師も様変わりしたものだね」

「兄上が最後に京師に来たのはいつだ?」

「十年前だ」

「……そう」

 十年前、深莉が科挙を受ける時にふらっとやってきて以来、来ていないらしい。まあ、あの時はただやってきただけではなく、ちゃんと用事があってきたのだが。


「私は京師に来るのは初めてだけれど、さすがは帝国の中心ね。りょうりもおいしいし、流行の最先端なんでしょうねぇ」


 もう四十路近い彼女だが、そう言うところはとてもかわいらしいと思う。深莉などとは違って。

「まあ、深莉が流行を追えているとは思えないけどね」

 と、兄貴新は余計なひと言。いや、その通りなのだけど。

「すまないが、邸に戻る前に、一つ、私の行きたいところについてきてはもらえないだろうか」

 深莉が言うと、兄夫婦はすぐさま了承した。少し驚きつつも、深莉は辻馬車を拾って京師郊外に向かう。郊外と言っても、城下町の境目なのでそんなに遠くはない。


 目的地手前で馬車を降りると、深莉は歩いて目的地に向かった。京師を囲む結界の支点の一つに行きたかったのだ。全部で八個ある支点のうちの、西側にあるものである。

「うん、まあ、連れてこられるだろうなぁとは思ったんだよ」

 と、先を見通していたかのような貴新。琅景は目の前の、結界の支点である祠を見て首をかしげる。

「なぁに? これは」

「京師の結界の支点の一つ」

 深莉が簡潔に答えると、琅景は目をしばたたかせ「そうなの?」と尋ねる。

「なんだか……割と平凡なのね」

「目立つように作ると、破壊されやすいからな」

 世の中威厳や見栄も大切であるが、実用的であることはもっとも重要であると、深莉は思っている。そして、この祠は実用性をとったのだ。もちろん、深莉が設置したものではないので、偉そうには言えないが。

「前に妖魔が京師に侵入してきたと言う話をしただろう。それで、結界がどうなっているのか確認したいと思っていたんだ。私は専門ではないから、兄上が来たならちょうど良いと思ってな」

「兄を使うか、お前は。まあ、静花もいるし、気になるからちょっと見てみるか」

 と、貴新は祠に手を伸ばす。通常、人は触れられないであろうその扉に、貴新は手をかける。その際、何か結界のようなものをすり抜けて行くのは見えた。


 貴新がそっと扉を開く。中には神器が収まっており、深莉には正常に作動しているように見えた。

「……うん。異常はないね。少なくとも、私が確認できる範囲ではないよ」

「……そうか」

 深莉は息を吐く。もしかしたら、と期待したのだが、何も異常がないとすると、あの大量の妖魔の出現はなんだったのだろうか。

「まあ、この京師を守っているのは古い術だ。古典的だが、強力だ。私も紙面上での情報しか知らないから確かなことは言えないけど、全ての支点が相互に助け合っている、強力な術式が組み込まれているんだ」

「……まあ、それは何となくわかる」

 京師を守る結界の支点は全部で八点あるが、それらは相互に助け合っており、一つの支点に異常が生じても、他の支点が助けるようにできていると、深莉も聞いたことがあった。

「……誰かに操られていたのなら、妖魔が結界を突破してくるのは可能だろうか」

「……できる妖魔や術者がいても不思議じゃない、としか、私には答えようがないね」

 貴新に微妙にはぐらかされ、深莉はいよいよこの件は迷宮入りか、と思った。あの時の妖魔、妙に動きにキレがあり、誰かに操られていると考えたほうが自然だと思ったのだが。


「まあ、妖魔を操る術者は少なくないよ。でも、京師を襲ったと言うのなら穏やかじゃないね」

「……戦争でも始めようと言うのかしらね」


 琅景がわからないなりに意見する。彼女自身は術者ではないため、夫とその妹の会話があまり理解できなかっただろうが、さすがに聡い女性だ。深莉が思っていたことを言い当てている。

「それにしては、物価の上昇が見られなかったんだが……」

「……あなた、私たちを案内しながら、そんなところを見ていたの?」

 琅景が少し呆れた調子で言った。貴新は苦笑しながら祠の扉を閉じる。

「まあ、深莉だからな」

 どういう意味だろうか、それは。深莉が思わず眉をひそめた時、頭上で鳥の鳴き声が聞こえた。鷹だ。もしかして美蘭メイランが飼っている……って、違うか。


 鷹を見上げて、深莉ははっと息をのんだ。貴新も気づいたらしく、琅景をかばうように背中に押しやった。

「どうかした?」

 琅景が子首を傾けて尋ねる。深莉は傘を閉じ、貴新と同じ方向を見ていた。遠くに見える、小さな黒い粒。かすかに聞こえる笛の音。操られた妖魔たちだ。

「……あれ、こっちに向かってきてる?」

「来ているな」

「全部、妖魔?」

「どこかに術者がいるかもしれないけど、おおむね」

 琅景の質問にいちいち答えていると、彼女はおびえた様子で震えた。さすがに気丈な彼女も怖いか。

「深莉」

「わかっている。兄上は義姉上を」

「悪いけど、そうさせてもらうよ」

 深莉は傘の柄の部分をひっぱる。すると、するりと刃が現れた。

「それ、仕込み剣だったの」

 貴新のツッコミが聞こえてきた。いろいろあって深莉だって警戒しているのだ、一応。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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