二十五話
実は禁城に族が忍び込むことはたまにある。たいてい、誰かが手引きしているので、ツッコまれない。ツッコむと、自分の足元がすくわれるからだ。それはつまり、後ろ暗いことがある、と言うことであるが。
「でも武官に化けてたってことはそれなりに地位のある人が手引きしたってことだよね」
「武官の任免は兵部だろ。……深莉」
「何故私に振る。と言うか、何故みんなうちに集まるんだ」
深莉はため息をついた。普段、深莉と範夫妻しかいない深莉邸に大勢が集まっていた。兄夫婦に弟、友人二人に同僚、さらに普段学術院にいる姪と、さらに部下。部下についてはなぜここにいるのだろう、という表情をしていた。彼については姪が連行してきたので、本当に何故ここにいるのだろうと言う感じだろう。
十人が集まっていた。つまり、深莉邸には現在、十三人がいることになる。それなりに広さのある邸宅であるが、十三人もいると結構狭い。家主である深莉と煙草を吸う榮河は窓際に追いやられていた。
「えー、だって、姐さん寂しいかなって」
姪の静花がにこにこして言う。彼女には酒は提供していないはずだが、雰囲気に酔っているのだろうか。
まあ、気がまぎれるのは確かだが、話題はどうしても魔剣に関してだった。ちなみに、美蘭も来たがったのだが、さすがに連れ出すことはできなかった。
「成り行きだねぇ。で、武官の統括は兵部だっけ?」
「なんで恩豪が聞くんだ」
自分の所属のことなのに、何故深莉に聞くのだろう。
「武官の統括は兵部だが、所属は吏部がかじることはある」
答える深莉の横で、榮河が紫煙をくゆらせている。深莉はその隣で酒杯を空ける。榮河が気づいて酒を継ぎ足してくれる。
「ってことは、兵部か吏部に手引きしたやつがいる可能性が高いのか」
子俊の言葉に王中丞が「かもな」と答える。
「そちらは私の領分だ。調べておこう」
「よろしく」
恩豪もひらひらと手を振ってこたえた。みんな、いい感じに出来上がってきている。
「なんだよ……兄上、禁城の中に行くなら、俺も誘ってよ……」
などと卓に突っ伏して管をまいているのは嗣悠だ。どれだけ禁城の中に入りたいんだ。
「しかも、主上にお目通りしてきたなんて!」
「ははは。深莉から伝令が来たとき、お前はいなかったからなぁ」
貴新が笑う。嗣悠はいじけて「だってぇ」などと言っている。
「主上、可愛いっていうし」
「本当にかわいいの、嗣悠兄さん!」
と、食いついてきたのは貴新と琅景の間に座っていた静花だ。久々に両親に可愛がられてご満悦である。
「しかも頭もいいし、とってもいい人! ね、梓宸!」
「え、僕に振るの?」
子俊の横でひたすら菜を食べていた梓宸が、話をふられてびくっとした。
「……まあ、かわいらしい方だけど」
と、梓宸は何とか答える。いつぞや、深莉がしたのと同じような回答だった。
「つーか、なんで嗣悠はそんなに禁城にこだわってんだよ」
と、そもそものところを突っ込んだのは子俊である。禁城は珍しくはあるが、そこまでして入りたい、と思うようなところだろうか。
「いや~、何となく気になるんだよね」
などと嗣悠は訳の分からない回答をする。子俊が窓際にいる深莉を振り返った。
「さすがはお前の弟だな。感覚なんだと」
「うるさい」
確かに直感のようだが、子俊に言われる筋合いはない。周家はみんな、霊力が強いのだから、嗣悠にだって直感くらいはあるだろう。
しかし、嗣悠がそこまで気にすると言うことは、いよいよ怪しくなってきた。やはり、京師に周家の兄弟が三人もそろったのは、何かが起こるからなのだろうか。
「なあ、深莉」
「何」
榮河に酒を注いでいると、手に持った煙草の火を消し、喫煙器を布にくるんで懐にしまった彼は、彼女がついだ酒を一口飲み、言った。
「お前と子俊がいつまでもくっつかないのって、叡香のことがあるからだろ」
「……」
「叡香はお前のことが好きだった」
「……ああ、そうだな」
突然何の話をしだすのだ、この男は。と思ったところで深莉は気づいた。
「榮河、お前、この前の話、聞いていたのか」
榮河の邸宅に泊まった時の話である。あの時の、深莉と子俊の会話を彼は聞いていたのだろうか。
「まあ、夜中にごそごそしていたら気づくよな。あそこは私の家だし、客人が怪しげな動きをしていたし」
で、様子を見ていたのか。榮河と、深莉、子俊の仲では『怪しいから』と言うだけで様子を見に行くのは理由として弱い。単純に、彼が気になっただけだろう。まあ、自分の邸宅で万が一のことがあっても困るだろうし。
と言うことで一応納得することにして、深莉は口を開いた。
「確かに、勝手に屋根に上ったのは私たちだからな」
「そう言うことだ。で、お前たち、叡香のことが引っかかってるんだろ」
「……だからなんだ」
どうしても、つっけんどんな口調になる。榮河が深莉の頭をぽんぽんとたたく。
「たぶん、今も生きていたとしても、叡香はお前を望まなかったよ」
苦笑を浮かべた榮河を見て、深莉は首をかしげた。
「つまり、私に自意識過剰だと言いたいのか」
「違う違う。お前、極論に走るなぁ」
酒豪の榮河とはいえ、酒が入ると少し口が軽くなるようだ。まあ、今まで粗相をしたことはないはずだが。
「叡香は確かに、お前のことが好きだったよ。でも、彼は、お前を手に入れることよりもお前が官吏であることを望んでた。お前の力は、妃となるよりも官吏であることでより発揮されるからな」
「……」
「お前もそうだけど、叡香もなかなかの現実主義者だった。自分の心のままに動くよりも、国の益となる方を選んだ。つまり、好きな相手をあきらめて、官吏でいてもらうことにしたってことだ。その方が、国にとって有益だから」
「……そう」
踏み込めなかった、あと一歩。榮河の話が本当なら、最後の一歩を踏み込んでもいいのだろうか、と思う。
「それに、いつまでもお前らがぐずぐずしてたら、あいつも怒ると思うぞ」
という榮河の言葉に、深莉はふっと笑った。
「いや、あいつはただ面白がって見ているだけだろうな」
「ありうるな、それ」
二人は同じように笑う。その時突然、嗣悠が三弦を弾きはじめた。どうやら静花に頼まれたらしい。まあ、彼も姪に甘いところがある。そこに琵琶の音が混じる。こちらは貴新だ。周家の人間は楽器を仕込まれるので、周家に生を受けたものは全員、それなりに楽器を演奏できるのだ。音楽には力がある、と言う思想の元である。
なので、静花も何かしら弾けるはずであるが、彼女は聞いているだけだった。それどころか、彼女は深莉の元に楽器を持ってきた。
「姐さんも」
「……」
差し出されたのは二胡だった。深莉はたまにはいいか、と思い、途中から曲に加わる。
しん、と全員が耳を傾ける中、兄弟三人の奏でる音色が響く。先ほども言ったが、音楽には力がある。特に、術者である彼女らが弾くのなら、余計に。
女が見えた。二十代前半から半ばくらいだろうか。黒髪の美しい女性。古代の巫女のような装束を着た彼女は、まっすぐに深莉を見て、その赤い唇を開く。唇は動いたが、声はなかった。何を言ったのだろう。何を、言われたのだろう。
やはり、京師で何かが起ころうとしている。深莉にそう感じられてならなかった。
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ひとまずここで一区切り。




