二十四話
再開します。
さて。空間干渉能力のある人間の空間に捕まってしまえば、もうほぼほぼ勝ち目はないと考えていいだろう。その空間では、その能力者が最強だからだ。
しかし、捕らえた相手が空間干渉能力者よりも強い力を持っていればどうだろうか。内側から破られる可能性が高い。深莉が初めに襲撃された時は、まさにその状況だった。深莉の精神状態に余裕がなかったため、荒っぽくはなったが。
現在、深莉、子俊、美蘭、静花、翠凜の五人は異空間にとらわれている。武官の恰好をした青年の持つ魔剣に、だ。
「ねえちょっと、深莉さん。ここ、いわゆる異空間ってやつ? なんか気持ち悪いんだけど」
などと言う子俊に、逆に感心する深莉だ。
「その通りだ。それにしても、お前の感覚は野生動物並みだな」
「それ、ほめてないよな、貶してるよな」
いつも通りのやり取りをしつつ、深莉と子俊は剣を構えて青年、というか、魔剣の様子をうかがう。この面子だと、やはり深莉が異空間を破る必要がありそうだ。
小刻みに震える剣をもつ右手を、深莉は強くつかむ。落ち着け、自分。
深莉が怯えているのがわかったのだろうか。青年はまずこちら側に向かってきた。背後で美蘭が悲鳴を上げる。そう。深莉の背後には美蘭たちが控えている。引くわけにはいかないのだ。
何とか魔剣を受け止めるが、やはり腕がしびれた。上段に振りぬかれる剣を避け、自らしゃがみ、青年の足を蹴る。よろめいたところに子俊が乱入してきたので、安心して彼に任せる。やはり、禁軍の武官が相手だと、深莉には少々分が悪い。
子俊が戦っている間に深莉は空間の境目を探す。そこから現世に向かって空間を開くつもりなのだ。
「深莉! すまん!」
子俊の声に、深莉ははっと振り返る。すぐそばまで、青年が迫っていた。だが、その魔剣が深莉を貫くようなことはなかった。代わりに貫かれたのは、青年の利き腕である。
「あああああああっ!」
叫び声をあげて青年が剣を取り落す。青年の手首を貫いたのは、矢であった。明らかに術式が乗せられており、現世から貴新が放ったものだろうと思われた。
深莉は再び青年を蹴倒すと、剣を地面に突き立てて即座に印を組んだ。今、矢が通り抜けてきた穴があるはずだ。そこから、空間を広げる。目の前に、兄の貴新が立っていた。
「……素早い解決」
つぶやいたのは誰だろう。たぶん、静花だ。
「主上! ご無事ですか!」
真っ先に美蘭の無事を確認したのは、もちろん恩豪である。美蘭は静花に抱き着いてはいたが、無傷だ。静花も、翠凜も。深莉はほっと息をつくと、貴新を見上げた。
「兄上、ありがとう」
「どういたしまして。無事で何よりだ」
と、彼は鷹揚に微笑んだ。こういうところを見習った方がいいのだろうな、と思う。
「異空間に人を取り込む魔剣は結構あるけど、なんだか中途半端な感じだね。中途半端に、破ることができる」
貴新はそう意見した。確かに、と深莉もうなずく。そもそも、やや半狂乱の未熟な術者が召喚した雷撃で破られると言うのは、魔剣にしては不完全であると思う。いや、内包する霊力自体は強いのだが。
「確かに。鞘も雑だしな」
確かに、封じが不完全だ。魔剣は壊れにくいのだが、これなら簡単に折れる気もする。
「お父様ぁ!」
嬉しそうな声をあげたのは静花である。美蘭が「お父様なの?」と驚いた表情をしている。まあ、静花はどちらかと言うと母親の琅景に似ているので、あまり貴新には似ていないのだ。
深莉は落ちた魔剣を拾い上げる。様々な角度から見るが、うん。改めて見ると、確かに中途半端な出来栄え……。
どくん、と体が脈打った気がした。右腕が深莉の意思に反して動いた。魔剣を持っている方の手だ。
「静花! 避けろ!」
「へ? ひゃあっ!」
深莉の忠告が間に合ったのかは不明だが、静花は優れた反射神経で飛びのき、その凶刃から逃れた。
「え、姐さん、あたし、何かした!?」
静花が深莉を見て驚きの声を上げる。嬉しそうにしたり驚いたり、忙しい娘である。
「……ふむ。人々はこうして魔剣に操られるのだな……!」
「冷静に言ってる場合じゃねぇだろ!」
ツッコミを入れながら子俊が駆け寄ってくる。その彼を狙って、魔剣が水平に剣を振るう。駄目だ。深莉の身体能力では魔剣の動きについて行けない。体が振り回される感じがする。
子俊が魔剣を受け止めた。初めから力で負けている深莉の腕が痛む。先ほどから何度もしびれを感じているのでそろそろ危険かもしれない。意に反して手は剣を離さないが。
「深莉!」
貴新が叫ぶ。いっそ一思いに切り捨てるか撃ちぬいてほしいものである。
子俊が深莉の右腕をつかむ。当たり前だが抑え込まれる。魔剣が深莉の手の中で反転した。逆手に柄をつかむ。子俊の拘束を振り切って、彼にその刃が突き刺さった。
「っ!!」
悲鳴が上げられなかった。もともと、恐怖で悲鳴を上げることができない人間であるが、のどの奥で引きつった悲鳴が上がった気はした。
その場で子俊が膝をつく。一歩足を後ろに引いた深莉の手から魔剣がこぼれ落ちる。その魔剣を、すかさず貴新が回収した。きっちり封じの札を張っている。たぶん、深莉のものよりも貴新の呪符の方が強力だろう。
「子俊!」
深莉は自分の体の制御を取り戻すと、膝をついた子俊の肩に手をかけた。顔を覗き込むと、目があった。
「深莉……実はな」
子俊はそう言うと、羽織を開いて見せた。
「実はかすっただけだ」
確かに、衣装は切れているが血はほとんど出ていなかった。深莉は立ち上がると子俊を蹴った。
「なんなのだ貴様! ふざけておるのか!」
「いてえ! 結果的によかっただろ!」
もう一度子俊を蹴ると、深莉は彼にしがみついた。泣きついた深莉の背中を子俊が軽くたたく。
「君らはもうそうしてなよ。貴新さん、その魔剣は?」
「魔剣……と言うほどのものではないのかもしれないが、折って封じてしまうのがいいだろう」
背後で話している言葉に、深莉は子俊から離れて顔をあげた。封じるのはいいが、そもそも、この魔剣はどこから来たのだろうか。
宝物庫にあるようなものではない。宝物庫にあるものにしては、作りが弱い。
「……お前、突然思考に入るのやめてくれない」
子俊はそう言うと、立ち上がって深莉のことも立たせる。ここにきてやっと事態を飲みこめたらしい美蘭が口を開いた。
「今のが、報告にあった魔剣?」
一応、誰かが……たぶん恩豪が、美蘭に魔剣のことを報告したらしい。と言うことは、皇太后の耳にも入っているだろう。これは禁城の護りを揺るがす事態だ。
「今のって、皓月が操られていたという解釈でいいの? 魔剣ってそんなに危険ってこと?」
美蘭が尋ねてくる。深莉が基準にされている。深莉を基準に危険度を計らないでほしいのだが……。
「魔剣はすべからく危険なものですが、これはちょっと違うと言いますか」
「……えっと、貴新さん……でしたっけ。静花のお父様っていうより、皓月のお兄様って感じね」
「え、それ、どういうことですか美蘭様」
静花が美蘭の袖をつんつんと引っ張りながら言った。そのままの意味である。やはり美蘭は、観察眼が鋭い。
「まあ私は静花の父で深莉の兄で間違いはありませんが。申し遅れました。周貴新と申します」
「あ、こんにちは。一応皇帝の李美蘭です」
美蘭が貴新の挨拶に答えて名乗り返す。
「ちょっと違うってどういうこと? そもそも、この魔剣ってどこから出てきたんだろう」
「……」
いきなり核心をついてきた美蘭に、深莉は貴新を目を見合わせるのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ひさびさでどこまで投稿したか忘れるという…。




