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月の異名  作者: 雲居瑞香
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二十三話








 昼前、深莉シェンリーは自分の邸宅にいるはずの兄に手紙を送った。もちろん、手紙を折り、鳥の形を作って術で飛ばしたのだ。このやり方が一番速い。

 返事も同じ方法で届いた。とにかく、禁城に来てほしい、という旨の手紙を送ったのだが、その返事はよくわからないけどわかった、と言うものだった。つまり、来てくれるのだろう。


 昼になると、深莉は兄・貴新グイシンを迎えに禁城の正面門に向かった。一般人である貴新はひとりで禁城に入れない。誰か、身分を証明する人物の手引きがいる。そのために、深莉は迎えに行ったのだ。

「兄上」

「ん? ああ、深莉。突然呼び出されたけど、何事かな」

 貴新は微笑んだまま言った。一応、彼もちゃんと正装をしている。どちらかと言うと深莉の方が砕けた格好をしているくらいだった。

「それと、昨日は突然外泊するとか言うからびっくりしたよ」

「ああ、それは、ごめん。一応、それに関連して」

 と、深莉はざっくり連続殺人事件があったこと、それに、深莉自身が遭遇したことを話す。そして、その際に経験したことも。

「……なるほど。今まで目撃証言がなかったのは、幽世に取り込まれていたから、と言うことか」

「ああ。連続殺人犯は捕らえた男の方ではなく、魔剣の方であろうな。かなり強力な魔剣で、私の手にはおえん。今は仮封じをしているが……」

 深莉が正直に言うと、貴新が苦笑を浮かべた。


「君自身も強い力を持っているけど、術を極めているわけではないからね。まあ、私も大した役には立てないかもしれないけど」


 力なら貸すよ、と貴新。深莉は少しほっとして、彼を宝物庫の方へ案内する。

「すまない、待たせた」

「いや、よろしくお願いします、貴新さん」

 再び宝物庫にやってきた深莉は、先に集まっていたみんなに謝ったのだが、その一人である恩豪は貴新を見て微笑んだ。まあ、この中では彼が一番人当たりがいいだろう。


「まあ、私で役に立てるようなことがあればいいんですが」


 と貴新も大人の対応である。榮河、子俊と目のあった深莉は肩を竦め、魔剣の方に目をやった。そして違和感を覚える。

「ん?」

「どうしたジョウ侍郎」

 声をかけてきたのはやはりいる王中丞である。深莉は答えず、魔剣を手に取って少し引き抜いた。ばっと子俊が榮河と王中丞をかばうように深莉から距離をとった。

「お前何してんだ!」

 責める子俊に、深莉は答える。

「違う。これじゃない。中身がすり替わっている!」

「は? どういうことだ?」

 子俊が落ち着いて尋ねた。深莉は注意深く剣を引き抜く。


「鞘は本物だが、中身は偽物だ。誰かが中身をすり替えた……?」


 深莉は自分でつぶやき、はっとして榮河と目を見合わせた。彼女はその剣をもったまま子俊に向かって身振りをする。


「子俊!」

「お、おう!」


 訳が分からないだろうが、子俊は深莉について走り出す。恩豪でもよかったのだが、正規の将軍である彼にはやってもらいたいことがある。


「恩豪、武官を数えて全員いるか照会しろ。王中丞は宝物庫に出入りした管理を調べ上げてくれ」

「あ、ああうん。わかった」

「こちらも了解した」


 背後で榮河が指示を出す声が聞こえていた。子俊も気づいていたらしく、背後を振り返りながら走る。


「なあ。どこ向かってんの? どういうこと?」


 本当に全く分かっていないのに、ついてきてくれた子俊には感謝である。深莉が渡り廊下の欄干を乗り越える。深莉は手をついたが、子俊は普通に飛び越えていた。

「この剣、中身がただの剣になっていた」

「それは聞いた。誰かがすり替えたってこったろ」

「そうだ。その誰かとは、宝物庫に出入りできる武官か官吏に限られる」

「……まあ、そりゃそうだな」

 ここで一息。走りながらの説明なので、深莉は少し息が乱れていた。涼しい顔の子俊が憎らしい。

「んじゃあ、本物はどこ行ったんだ?」

「あの魔剣は、禁城の中に入る機会をうかがっていたんだ。人斬り騒動を起こせば、官吏が出てくる可能性が高い。犯人は捕らえられ、衛府の屯所に連れて行かれる。そこで剣が魔剣だとわかれば、最も強力な術の保護がある禁城内に持ってこられる」

 ここまで一気に話すと、深莉は言葉をきった。そろそろ、後宮の入り口である。長く話し続けて息が上がってきた。


「それで、魔剣は宝物庫を出入りしていた武官か官吏の体を乗っ取って、後宮に向かったって? なんで後宮……ああ!」


 子俊も気づいたらしい。後宮、もしくは内宮には、女帝・美蘭メイランがいる。

「私も榮河も、その可能性が高いと考えた」

「大丈夫なのか、主上は」

「だから向かっておるのだろう。まあ、今日は静花ジンファが来ているはずだが……」

 深莉の姪、静花は定期的に美蘭の元を訪れている。深莉の数え方が間違っていなければ、今日は訪ねてきているはずだが。

「しっかし、なんで主上を……」

「すまん、もうしゃべれん」

 子俊の問いかけをぶった切り、深莉は言った。息が苦しくてもう話せない。ついでに、今着ている服が非常に走りづらい。


 後宮の庭、東屋が見えてきた。いつも、美蘭と静花があっている場所だ。そこに二人を抱きかかえた女官長・翠凜ツェイリンがいた。そして、彼女らに向かって剣を振り下ろさんばかりの禁軍武官の恰好をした青年。


「てめえ! こっちだ!」


 子俊が一気に加速した。追いつけない、間に合わない、と判断した深莉は、その場で立ち止まり、息を整える。そして、途中で武官から拝借してきた弓に矢をつがえ、弦を引く。ぎりぎりと引き絞る。

 印をきれないので詠唱だ。矢に術が乗るのを確認した深莉は叫んだ。

「子俊!」

「おう!」

 彼が青年から離れた瞬間を見計らい、深莉は矢を放つ。通常の速度ではありえない速度で飛んだ矢だったが、青年、というか、魔剣が無造作に払いのける。だが、注意はこちらに向いた。と思ったら、青年は深莉が放った矢と同じように、ありえない速さで深莉に迫った。


「姐さん!」


 静花の叫び声が聞こえた。深莉は弓を捨てて魔剣の鞘に代わりに納められていた剣を引き抜く。真正面から剣を受け止めた。


「……っ!」


 力ではどうしても深莉が不利だ。彼女は身をひねって魔剣を自分からそらすと、邪道であるが背後から斬ろうとした。だが反撃にあう。うちはじかれた剣に、深莉の腕がしびれた。


「深莉!」


 子俊に呼ばれ、深莉は後ろに手を差し出した。子俊はその手首を握り、背後に引っ張る。代わりのように自分が前に出た。くるりと身をひねって、美蘭たちの前に立ちふさがるようになった深莉と、その反対側にいる子俊に、青年は挟まれる形になる。


「おいおい。勝手にいなくなるんじゃねぇよ。心配するだろうが」


 子俊がうそぶいた。深莉はそれに乗っかるように言う。


「まったくだ。一声かけてから行くのが筋と言うものだろう」


 怒るなりなんなり、反応がないかなと思ったのだが、その前に翠凜に突っ込まれた。


「ばかやってないで、早く捕まえてくださいね!」


 ――――くくく。昨日斬り損ねたやつらか。


 不意に、そんな声が聞こえた気がした。深莉が目を見開くと同時に、異空間に取り込まれたのがわかった。見える景色は同じに見えるが、少し薄暗い気がする。黄昏時や夜が動きやすい時間なのかもしれない。

「皓月……これは」

 美蘭が不安げに尋ねてきたことで、深莉は彼女らも一緒に取り込まれてしまったことを悟った。対象者だけを引きずり込むのではなく、その空間で引きずり込んでいるのかもしれない。どちらにしろ、この三人は深莉と子俊にとっての人質になるだろう。

「三人とも、さがれ」

 深莉は手を伸ばして三人を後ろに押しやる。三人とも、おとなしく下がったが、静花は尋ねた。

「姐さん、あたしも手伝った方がいい?」

「いや、そこにいろ」

 深莉は短くそう言うと、引き笑いを続けている青年を見て、それから子俊と目を合わせた。


 さて。この状況をどうするか。










ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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