二十二話
12月ですねー。
翌朝。深莉はいつもの時間に目を覚ました。何となく習慣になっているので、どんなに早く寝ても、遅く寝ても、だいたい同じ時間に目が覚める。起き上がろうと身じろいで、頭の上から声がかかった。
「起きたか。おはよう」
「……」
深莉は沈黙を持って返した。声が出なかったのである。すぐそばに子俊の顔があったのである。と言うかむしろこれは抱き込まれている。
思考ははっきりしているのに、声も出ないし体も動かない。深莉は完全に固まっていた。それに気づいている子俊はその顔に似合わない優しい笑みを浮かべて深莉の頬を撫でた。それでも深莉は反応しない。
「……さすがにそろそろ何か反応してくんない?」
子俊がつっこみを入れた。だが、いつもの容赦のない感じではなく、むしろ優しい感じだ。そんなことをされると調子が狂うのだが……。
「……ええっと。おはよう……」
とりあえず挨拶をした。子俊はふっと笑うと、身を起こした深莉の髪を手に取っていじる。深莉は思わず肩をすくめる。
その時、激しく扉がたたかれた。
「おい! 子俊、起きて来い! というか、深莉知らないか、深莉!」
榮河だ。そもそもここは榮河の邸宅だった。深莉と子俊は泊めてもらった側で、おそらく、家人から客間に深莉がいない、と報告を受けたのだろう。
「おーう、起きてるぞー。それと、深莉もいる」
「何!?」
榮河が扉の外で吠えた。さすがに十年来の付き合いとはいえ、榮河も勝手に扉を開けたりしなかった。
「それならいいが……二人とも出て来いよ。昨日の件を話し合う必要があるからな」
と、榮河、どこまでも冷静である。深莉は昨日のことを思い出してびくりと体を震わせた。子俊になだめるように頭を撫でられる。
「りょうかーい」
子俊の返事を聞き、榮河の足音が扉の前から遠ざかって行く。それを確認した子俊が、深莉に自分の褙子を着せる。
「とりあえず、お前、部屋戻って着替えて来い。登城しなきゃならないんだからな」
「あ、ああ……」
少々会話に問題が起きているが、子俊的には問題ないようで、駄目押しなのか深莉の頭を乱暴になでた。
「おはようございます、深莉様。お召し替え、お手伝いいたします」
「ああ、ありがとう」
部屋に戻ると、榮河邸の家人が待ち構えていた。ニコニコしながら着替えを手伝い、深莉の髪を梳く。ちなみに、普段は自分でやっているのだが、好意は受けることにしている。それが彼女らの仕事でもあるし。
何度も言うが、女性にしては、どころか男性と比べても長身の部類に入る深莉は、女物では丈が合わない。そのため、どうしても男物を着ることになるが、髪はきれいに結われた。いわく、せっかくなんですから、髪の毛くらいは可愛くしたいじゃないですか、と言うことらしい。いつもそのまま降ろしているかくくるだけの深莉としては、どちらでもよい。
案内されて食堂に行くと、すでに榮河と子俊が待っていた。どうやら、深莉が来るまで待っていてくれたらしい。
「すまない。待たせたな」
「いや、こんなもんだろ」
と、子俊がいつも通りに言った。深莉は少しほっとする。また、先ほどのような柔らかい表情で言われたら、どう反応していいかわからなかったのだ。
「榮河も、世話になった」
「こういうのはお互い様だからな」
榮河はそう言って苦笑を浮かべる。こちらもいつも通り。むしろ、意識している深莉がいつも通りではないのだろう。
朝食の粥をいただき、三人一緒に榮河の邸宅を出る。今日は子俊も一緒に登城である。なぜなら、彼が連続殺人犯を捕らえた張本人だからだ。一応、学術院には深莉が伝令を送った。あちらには王宇がいるはずだし、ちゃんと受け取ってくれただろう。
一度、それぞれの部署に顔を出してから禁軍の詰所に向かった。そこで昨日捕まった連続殺人犯が拘束されているらしい。獄舎ではないのだな、と思った。いや、獄舎ではあるんだけど。
「俺じゃない! 俺は何も知らない! やってない!」
と言うのが、主な主張であった。格子越しに話を聞いたのだが、重たる主張がこれだ。ちなみに、名は張と言うらしい。
「何も知らないってのは引っかかるけど、確かに、見た限りうちの武官をやれるような腕ではないと思うんだよね。武芸はかじってるみたいだけど」
地下から地上の執務室に戻ってきて、部屋の主である恩豪は言った。ちらっと深莉を見る。
「君らの主張通り、あれ、魔剣なのかな?」
一般人には見分けがつかないだろう。だが、魔剣でないと説明がつかない。
「おそらく、かなり強力な魔剣だと思う。異空間を作り出していたからな」
その空間に入ってしまい、周囲には見えなかったのだろう。目撃者がこれまでいなかったのは、そのためだ。
術者が空間を作り出せば、そこはその術者の領域となる。他の術者の力が弱まることがあるのだ。それと同じで、あの幽世の中ではあの魔剣の都合のいいように力が振るわれていたのだろうと推測できる。深莉が雷を落とすなどと言う強硬手段に出たのは、そうしなければ空間を破れなかったからだ。
「そんな相手を、子俊は倒したと……」
恩豪が子俊を見る。確かに、人間離れしているかもしれないが、一応彼はまだ人間の範疇に入るだろう。
「恩豪お前……なんでそんなに疑い深そうに見るんだよ」
「いや、ちょっとね。こういうこと、めんどくさいって言って手伝ってくれないのにしれっと犯人捕まえてるし。やっぱり、襲われたのが皓月だから?」
「うるせぇよ。ほっとけ」
と、子俊は子供っぽく顔を逸らした。深莉はそんな彼をちらっと見る。恩豪が榮河に囁いた。
「え、ちょっとこれどうしたの」
「昨日からちょっといい感じなんだよなぁ。吊り橋効果ってやつ?」
「いや、それはちょっと違うんじゃないかな、榮河」
少し間の抜けた会話をしていた。深莉はやはりいる王中丞に尋ねる。
「その剣はどこにやったんです?」
どこかに保管しているはずだが、どこに保管しているのだろうか。王中丞は一言。
「宝物庫」
と言った。何故そんなところに、と思わなくもないのだが、禁城は古代の術式で護られていて、宝物庫も同様に結界が張られているはずだ。確かに安全である。いろんな意味で。特定の人しか入れないし、持ち出される心配も少ない。
そんなわけで、宝物庫に移動した。鍵を持っているのは王中丞である。地位的には榮河が一番高い地位にいるのだが、宝物庫を管理しているのは戸部。王中丞は事実上の御史台の長官なので、予備の鍵を持っているのだ。まあ、それでも開くには戸部の許可がいるのだが。
ぎい、と重い音を立てて宝物庫が開く。深莉も数えるほどしか入ったことのない、晶皇国の国宝等が納められた場所。中に入った深莉は、入り口付近に置いてある羽扇に目をとめた。
「ん? お、懐かしいな」
と言ったのは榮河だ。子俊も「それ、お前が持ってたやつじゃね?」と言う。そう。深莉が持っていたものだ。
妖魔対戦の折、深莉は一度、叡香から神器を貸与されたことがある。神器なのでおいそれと下賜することはできず、貸与と言う形になったのだ。その時の神器がこの羽扇である。
この羽扇は、術者を補助する力がある。深莉が大戦の折、気象を操れたのはこの神器があったからこそだ。
まあそれはともかく、魔剣である。方陣を描いた中央に置かれた魔剣を、深莉は手に取ってみる。
「どう? 皓月」
恩豪が尋ねる。昨日はまじまじと見なかったが、間違いない。これは魔剣である。しかも、相当古い。
「間違いなく魔剣だな。しかも、相当古くて強力だ」
「封じたりとか、できないのか?」
と、王中丞に尋ねられる。しかし、深莉は術者が本職ではないのでよくわからない。
「だから、専門家を呼んでも構わないか?」
「専門家?」
みんなが小首をかしげた。誰のことだろう、と思ったのだろう。深莉はいう。
「専門家は専門家だ」
余計意味が分からなかっただろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
深莉さん、驚くと声が出なくなるタイプ。




