二十一話
なんだこれ。この話ってこんな感じの話だったっけ…?
連続殺人犯は衛府の武官たちに回収してもらい、深莉と子俊は榮河の邸宅に向かった。理由は簡単で、榮河の邸宅が一番近かったのである。もう、外食をする気にはなれない。
客人を連れて帰ってきた主に、家人たちは嫌な顔せず、むしろ嬉しそうに出迎えてくれた。たぶん、深莉と子俊を知っているから、と言うのもあるだろう。
どうしても有り合わせになるが、夕食を出してもらった。せめて、と酒を提供されたが、さすがの深莉も飲む気にはなれなかった。
「大丈夫か? 落ち着いたか?」
榮河が心もち優しい声音で深莉に問いかける。いや、彼はいつも落ち着いた声音だけど。深莉はこくりとうなずく。
「どうもありがとう」
「いや、私は到着が遅れたからな……」
と、榮河は苦笑気味に言う。たぶん、子俊と一緒に出てきたのだろうが、身体能力の問題で遅れたのだろう。というか。
「何故私の居場所がわかったんだ?」
「お前、雷落としたじゃん。何年の付き合いだと思ってんの? さすがにわかるっつの」
しれっと言った子俊に、深莉はなるほど、とうなずいた。深莉がなかなか来ないのでどうしたのだろうと思っていたところに、明らかに人為的な雷が落ちたのでこれは何かあったのかもしれない、と言うことで急遽駆けつけたらしい。
ちなみに、現世から幽世に子俊が干渉できた理由も気にならなくはないが、墓穴を掘りそうなので黙っていることにした。
「つーかお前、今、家にお兄さん来てんじゃねーの? 心配してない?」
「そうなのか? 一応使いをやろうか」
子俊の言葉に、心配したのか榮河が提案する。深莉は首を左右に振った。
「いや、大丈夫だ。こちらで送っておく」
今日は外泊する、という文を書き、紙を折って術で飛ばすだけだ。深莉もいい大人なのだし、詳しく説明せずとも大丈夫だろう。
「でもあれじゃね。雷については説明しなきゃいけないだろ」
「……」
確かに。子俊に指摘されて、初めて気が付いた。貴新や嗣悠はあれが深莉が落としたものだと気付いているだろうし、説明が必要だろう。だがまあ、それも明日以降だ。
おやすみ、と言って案内された客室に一度入った深莉だが、眠る気になれず、窓を開けてそこから屋根に飛び乗った。人んちで何してんだ、と怒られそうな気もしたが、空を見たい気分だった。屋根に膝を抱えて座り、満天の空を見上げる。
昔、こうしてみんなで星空を見上げたことがあった。八年前、妖魔戦争がはじまったころだ。あのころはまだ公子だった叡香も生きていて、深莉も十九歳で科挙に及第したばかりだった。深莉にだって、新人のころはあったのだ。
「お前、何してんの」
声がして振り返ると、深莉が上ってきた方とは別の方向から子俊が顔を出していた。ひょいっと彼は屋根に上る。屋根の上を歩いて、深莉の側に座った。深莉は首を傾ける。
「ちょっと星を見たいなと思ってな」
「ふうん。まあいいや。ちょっと付き合え」
と、子俊が差し出してきたのは酒杯である。こいつは深莉が夕食時に飲まなかったのを見ていなかったのだろうか。しかし、せっかくなので受け取る。ちびりと酒を口にした。
「……昔も、こうやって星を見たことがあったな」
「……そうだな」
子俊も同じことを考えたらしい。深莉はうなずく。懐かしい、と思えるのは、それが思い出だからだ。
「……なあ、深莉」
「なんだ」
言いにくそうに子俊は言った。
「お前、叡香に望まれたら、どうしてた?」
「……さてなあ」
深莉は少し考える。もう絶対にありえない事態なので、想像しかできないが。
「わからない。叡香の手を取ったかもしれん。だが、叡香はそんなことはしなかっただろうな」
叡香だけではなく、子俊も榮河も、深莉に甘い節がある。彼女が紅一点だからとか、最年少だからとかいろいろ理由はあるだろうが、叡香と子俊の場合はその理由がはっきりしていた。
「子俊、お前、私のことが好きだろう?」
「好きだろう? じゃねーよ、何言ってんだよお前! お前だって俺が好きだろ!」
「うむ」
つまりそう言うこと。相関図としては、叡香と子俊からの矢印が深莉に向いているし、深莉からの矢印が子俊に向いている。普通に考えれば叡香に可能性はないが、彼が公子であったことが微妙に事態をややこしくしていた。
「お前……ちょっとは恥じらいとかねぇの」
「私が恥じらってもきもいだけだな」
「誰かに言われたのか?」
「貴様だ馬鹿者」
さばさばとして割と一日経てばどうでもよくなる深莉であるが、覚えていることは覚えている。
「え、本当に?」
「本当だ」
まあ、ここで言った言わないの言い合いをしても仕方がないのだが。
「叡香は、私が子俊を好きであることを知っていたし、子俊が私に気があることも知っていた。だから、きっと、言わなかったと思う」
「まあ、そりゃあ、確かにな……」
そう言う人だったのだ。先帝・叡香は。権力を行使して深莉を後宮にあげることだってできただろう。だが、彼はそうしなかった。
一方の子俊と深莉も、叡香が深莉のことを好いていることを知っていたので、はばかって何も行動を起こさなかった。それが叡香が亡くなってからも続き、現在に至る。
「……ずるい人だ、叡香は」
「そうだな……」
何も言わずに、彼女らの前からいなくなった。その存在を、消すことなど絶対に出来ないようにして。
「だが……私は卑怯だ」
今度は何も言わずに、子俊はすっと深莉に視線だけをくれた。深莉は膝に額を押し付ける。
「何も言わない叡香に甘えて、何もしなかった。本当なら、彼が生きている間に何かしらの答えを出しておくべきだった……」
後悔ばかりだ。今でも確かに子俊を愛しているのに、一歩が踏み出せない。何も言わなかった叡香のことが心でくすぶっているからだ。
「それは俺もだ」
子俊が深莉の肩を抱き寄せて言った。
「俺は、お前が俺を好きでいてくれることを知っていて、何もしなかった。俺がお前を好きだと知っている叡香が、お前に手を出すことはないとわかっていたからだ」
つまり、お互いがお互いを好きであることをわかっていて、そして、最高の権力を持っていた叡香も何もしなかった。そして出来上がったのがこの状況である。もちろん、深莉と子俊が二人とも素直でないことも関係しているだろう。
深莉は子俊の肩に顔を伏せた。子俊がその頭を撫でる。
ここまで来ても、叡香のことが引っかかり、二人はそこから進まない。亡くなったと言うことは、そこから変化がないと言うことなのだ。彼の思いも、考えも、何もわからない。
「お前が卑怯なら、俺も卑怯だ」
深莉の頭を抱き込み、子俊が言った。眼を閉じた深莉だが、ふと気配を感じて眼をあげた。
「深莉、どうした?」
「今……」
あたりを見渡すが、何も眼に入らない。不審なものはなかった。屋根の上にいて視界が高いので、見落とすことはないと思うのだが。
「いや、なんでもない」
「なんだよ。気になるだろ」
子俊が不審げに深莉を見てくるが、答えられないものは仕方がないだろう。
代わりにと言うように、深莉は子俊の腕にしがみつくように抱き着いた。子俊がびくっとする。
「何、お前ほんとにどうしたの」
「いや、少し……」
甘えたいと思っただけ。はぐらかそうと思ったわけではない。断じて、ない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
なんか甘かった気がしますが、それもここまでです。たぶん!




