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月の異名  作者: 雲居瑞香
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二話

本日二話目!











 酒杯を差し出されたので、皓月ハオユエはそれに酒を注いだ。注がれた酒を、榮河ロンファはグイッと飲み干した。いい飲みっぷりである。皓月も強い方だが、彼には負ける。


「結局、主上はお前が見つけたのか」

「むしろ、何故みんなが見つけられんのかがわからん」


 自分はちびちびと酒杯を傾けながら、りょうりをぱくつく。仕事帰り、皓月と榮河は歓楽街で酒を飲んでいた。歓楽街なので、もう少し奥に行けば花街があったりする。一応女性のくくりに入る皓月が行くにはちょっとどうか、という場所ではあるが、今更誰も気にしない。そもそも、男性の平均身長と同じ身長がある皓月は、男物を着ていると男に見える。別に男装しているわけではない。

「まあ、お前と主上は昔から仲が良かったしなぁ」

「周りに女性が少なかったからだろう」

 それに、たぶん、母親が美蘭に対して興味を示していなかった、ということもある。母親からの愛情を受けなかった彼女は、その愛情を最も近くにいた女性、つまり、皓月に求めた。


「たぶん、主上、お前に『主上』って呼ばれるようになってさみしいんじゃないのか」


 榮河に指摘されて、皓月は「ああ、それでか」と思った。別れ際の寂しげな表情。あれは、皓月が彼女を名で呼ばなくなったからだろうか。

 先ほどから主上主上と言っているが、ここは一応個室である。中央官吏である二人は、そこそこ高給取りなのである。


「……姉になるのだと思っていた、と言われた」

「は? ……ああ、主上にか。正直私も、お前は叡香ルイシャンと結婚するものだと」


 生真面目かつ天然のきらいのある榮河は、純粋にかつての皓月たちのことを見ていたらしい。本当は、そんな単純かつ純粋ではなかったのだけど。


 リー叡香ルイシャン。先代の皇帝、美蘭の同母の兄にあたる男だ。榮河は彼の家庭教師をしていて、同じころ榮河と同じく学術院にいた皓月は、彼に連れられて叡香と面識を得た。尤も、当時は公子と呼ばれる立場であったけど。

 叡香は皓月より一つ年上だった。しかしまあ、ほぼ同世代と言ってもいいだろう。榮河は、叡香に同世代の友人を持ってほしかったのだろう。


 同じことを、美蘭に対しても思っている。彼女は箱入り……深窓の姫君なので、同世代の友人などいないだろう。世話をする女官たちも、いくらか年上のものが多いし、対等に接してくれる者などいないだろう。

 彼女は皇帝だ。だから、仕方がない。そう言ってしまえばそれまでだけど。

「榮河が私を叡香と引き合わせたのは、私を彼の妻にするためではなかろう」

「まあそうだけど」

「実際に結婚していれば、今頃未亡人だ」

 自分で言って、思い出す。叡香が先の皇帝なのは、崩御したからだ。病で亡くなったとか、事故で亡くなったとか、そう言うことではない。殺されたのだ。今でも思い出す。叡香は、皓月の目の前で……


「おい皓月! お前んとこの娘、どうにかなんねーの!?」


 雰囲気をぶち壊す勢いで個室の扉を開けて入ってきたのは、武官の恰好をした男性だった。黒髪黒目で、背が高い。まあ、榮河の方が長身だが、体格が良いので榮河よりも大きく見えることもある。


 ウェイ子俊ジジュンは学術院で武術を教えている教官だ。皓月と榮河の昔なじみでもある。榮河が叡香に紹介した同世代の一人だ。ちなみに、皓月とは同期にあたるが、年は叡香と同じである。

 皓月や榮河がわかりやすく美形であるのに対し、子俊は精悍、という印象だ。いや、整った顔立ちではあるのだけど。ちなみに、今は亡き叡香も繊細な顔立ちをしていたので、子俊は仲間外れのようでさみしい、と言っていたこともある。


「遅かったな、子俊。とりあえず、扉閉めて座れ」


 ちょいちょいと子俊を手招いたのは榮河だ。天然ボケのところもあるが、基本的に年上でしっかり者の彼は、三人の中でもまとめ役になることが多い。

 子俊は勢いをそがれていそいそと扉を閉めると、円卓の残った二つのうち一つの椅子に座った。皓月と榮河が向かい合っているので、それに挟まる形になる。

「遅かったな」

 榮河が言うと、子俊は「あー」と声を上げる。

「いや、皓月さんちの娘さんがね?」

「広義的には間違っていないが、私に娘はおらん。姪ならいるが」

「どっちでもいいじゃん! 後見人なんだろ!」

 冷静だが的外れな皓月の指摘に、子俊は思いっきり突っ込みを入れた。


 今、晶皇国の官吏・武官養成学校である学術院には、皓月の姪・静花ジンファがいる。女性武官を志している彼女が、子俊の教えを受けているはずだ。

 周家の実家は京師・洛耀ではなく、別の州にある。そのため、静花が家を出て学術院に入った時、官吏をしていた皓月が後見人となったのだ。


「それで、あのはねかえりは今度は何をしたんだ」


 静花が何か問題を起こせば、その苦情はすべて皓月の元へ来る。はねかえりかつじゃじゃ馬である静花が引き起こした問題で、皓月の方に何度も苦情が来ている。

「相変わらず他の学生と喧嘩三昧だよ。どうにかならねーのか、あいつ」

「ならん。というか、それを言うのなら子俊も似たようなものだろう」

 冷静な皓月の指摘に、子俊は「お前面白くねーな!」となぜか苦情を言われる。

「どうしてもというのなら放逐してくれても構わん」

「いや、さすがにそれは……」

 姪だろうが子供だろうが容赦ない皓月に、子俊は引き気味だ。皓月は唇の端を吊り上げると、「冗談だ」とのたまった。

「だがまあ、お前が後見だから強く出られないってこともあるんじゃないか?」

 榮河が苦笑気味に指摘する。そう言うものだろうか。

「だとしても、子俊は気にしないだろう」

「一回殴ったら怒られた。俺が」

「いや、それはお前が悪いだろ。相手は女の子だぞ」

 既に実行済みだった。皓月が言うように、子俊は静花が皓月の姪だろうが被後見人だろうが気にしないだろうし、実際そのように接しているのだろう。周囲の方がやきもきしているようだ。

「いや、まあ、そうなんだけど。じゃじゃ馬っつーか、正義感が強いっつーか。問題起こす時って、いつも誰かをかばってなんだよな」

「いい子じゃないか。叔母には似なかったんだな」

 指摘は鋭いが、言っていることは結構ひどい榮河である。面倒くさいので、皓月はツッコミを放棄していた。うん、鳥肉がおいしい。


「いや、でも、正直静花はこいつに似てるなーってたまに思うのよ、うん」


 子俊が酒杯を傾けている皓月を示して言った。まあ、叔母と姪の関係であるし、榮河の言うように似ていないところもあれば、子俊の言うように似ているところもあるだろう。


「周家は男系の家系だからな。気も強くなろうよ」


 ぽつっと皓月は言った。皓月は五人兄弟の紅一点であるし、静花も三人兄弟の一番上で、下二人は弟である。どうにも、男性率の高い周家であった。

「んで? そっちは何があったんだよ」

 子俊が尋ねた。学術院時代からの付き合いである三人は、そろってふらっと飲みに行ったりすることもあるが、子俊は急きょ集まった今日の会を、『何かあったためだ』と察したらしい。皓月は子俊に酌をしながら言った。

「今日、主上が失踪してな」

「大事じゃねーか。そんな軽い調子で言うことじゃないよな?」

「いや、すぐに見つかりはした。私が見つけたのだが」

「ああ、納得」

 何故か、『皓月だから』で納得されることが多い。彼女としては解せないの名が、話がそれるので続ける。


「静花を、主上と引き合わせてみようと思って」

「今、話し飛んだよな?」


 子俊がツッコミを入れてくる。要するに、と榮河が補足のために口をはさんだ。

「主上には同世代の友人がいたほうがいいんじゃないかって話だ」

「あー、榮河が俺たちを叡香に引き合わせたみたいにってことか」

「そう言うことだ」

 榮河がうなずく。皓月が再び口を開く。

「静花なら年も近いし、武科挙に及第すればどちらにしろ主上の近くに配属されるだろう。ちょうどいいと思ったんだ」

「あー、うん、まあ、性格合うかはわかんねぇけど……引き合わせるにしても、皇太后様たちが納得するかねぇ」

「そこが難しいところだ。特に、皇太后様は私を目の敵にしているからな」

 しれっと皓月は言ったが、榮河と子俊は複雑な表情になった。


 今の皇太后氏は、当たり前であるが美蘭の実母だ。そして、叡香の母親でもある。殺されるとき目の前にいながら、叡香を助けることができなかった皓月を、皇太后が嫌うのは当然だと思う。

 まあ、もともと、皇太后と皓月は仲が良かったわけではないが、皇太后としては、かわいい息子が取っていくかもしれない女、として皓月を警戒していたのだろう。かわいがっているといっても、彼女はその向こうにある権力を愛しているようにも見えるのだが。

「……そのあたりは、中書令に取り持ってもらおう。まだ話が分かるだろうし」

 榮河がため息交じりに言った。まあ確かに、榮河が皓月や子俊を連れてくることを許可したのも中書令だと言う。

「と言うわけで、許可が下りれば夕刻に静花を迎えに行く」

「……わかったよ」

 そう言って子俊は酒杯の中の酒を一気に飲みほし、皓月に向かって空の器を差し出した。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


スマホだとみんなの名前が出てこない……。

もう一方の主人公登場。

榮河は二人を見守るお兄ちゃん的存在。

叡香は先代皇帝で、皓月と子俊の仲がこじれた原因。


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