十九話
ここからしばらく殺人事件の話なので、苦手な方は回避してください。
嗣悠の不審者騒ぎと、兄夫婦の突撃訪問から二日。三人とも深莉の邸に滞在中なので、いつもより騒がしい。そんな中でも、深莉はちゃんと仕事に来ていた。
「殺人事件?」
「はい。すでに三件の被害が出ています」
「連続殺人事件ってこと」
深莉の言葉に兵部からやってきた官吏はうなずく。確かに、事件なら刑部が関わることもあるが。
「こちらに話を持ってくるのは犯人が捕まってからだろう」
「いや、そうなんですけど……実は、三人の被害者のうち一人は禁軍の武官でして……」
つまり御史台が出張っているのか。しかも、禁軍武官がやられたと言うことは、犯人はかなりの腕前である。
「つまり、私にも犯人捜しを手伝えと?」
「お願いします!」
勢いよく頭を下げられた。本来なら、刑部の領分ではないのだが。
「いいんじゃないかい。周侍郎、行ってきなよ」
「ちょ……まあいいか」
久々に席にいる尚書にそんなことを言われ、深莉はツッコもうかと思ったがあきらめた。
「まあ、よかろうて。梓宸、ちょっと社会見学に行ってこようではないか」
「ええ! 僕!?」
深莉は立ち上がって褙子を羽織ると、箱にしまってある剣を持ち出し、梓宸に声をかけた。彼は上ずった声を上げる。それを見た先輩官吏たちが声をあげて笑う。
「そりゃあ怖いわなぁ」
「平然としてんのは、卯侍郎や周侍郎だけですよ」
「でもまあ、これも刑部の通過儀礼だ。がんばれ」
皆行きたくないので、適当なことを言っているがあえてツッコまず、深莉は「行くぞ」とだけ告げた。かなり及び腰ながらも、梓宸はついてくる。
「殺人犯がいても、僕、何もできないですからね!」
「わかっている。安心しろ。大丈夫だ。たぶん」
「最後!」
梓宸に突っ込まれながら、三人分のご遺体が安置されている衛府へと向かった。そこには禁軍将軍恩豪と、御史台の王中丞がいた。
「お疲れ様」
「やあ、皓月。御足労いただき、どうもありがとう」
恩豪がにっこり笑って言った。三十代半ばの王中丞は難しい顔で布をかけられたご遺体を観察している。深莉は剣をもっていない方の手で布を少しめくった。
「うぎゃああああっ」
顔面から真っ二つにされているご遺体を眼にし、梓宸が悲鳴を上げる。深莉は一度振り返ったが、恩豪が彼を慰めていたので任せることにした。たぶん、深莉よりうまいだろう。
「ほら、皓月。これが正常な反応だよ」
「可愛げなくて悪かったな」
さすがにいらっときたので深莉は恩豪に言い返した。彼女の怒りに触れたと気付いた恩豪はすぐに「ごめん」と謝ったが。榮河いわく、妖魔戦争を最前線で生き残った女に可愛げを求めるのは間違っている。
すべての遺体を確認した深莉は、恩豪と王中丞と意見交換を始めた。
「これを人の手でしたのだとしたら、素晴らしい腕前だね」
恩豪がそんなことを言う。王中丞もうなずいた。
「いささか不自然だな。切り口がきれいすぎるし、人間の力であそこまで斬れるものか……?」
不可解そうに彼は言った。まあ、深莉の兄ならできるかもしれないが、普通は無理だ。術を使っても、深莉にはできないだろう。
「すべて切り口が同じだから、おそらく連続殺人で間違いなかろうが……」
「まああれだよね。ちょっと通り魔っぽいよね」
と言う恩豪に、王中丞は「と言うか、まるっきり通り魔だな」と返答した。恩豪が肩をすくめる。
「まあ、衛府もその線で追ってるみたいだけど……でも、禁軍武官を殺せる通り魔って……」
「危険しかないな」
多少剣の心得がある、くらいでは太刀打ちできないと言うことだ。とにかく、ご遺体からは相手がとても優れた剣の腕を持つことぐらいしかわからなかった。次に現場を見に行くことにする。
「……ちなみに、目撃者はいないんですか?」
ご遺体が目の前からなくなり、少し復活した梓宸が尋ねた。これも恩豪がうなずいて答える。
「うん。いくら京師って言っても、この辺りは日が暮れると人通りも少ないからね」
「位置からすると、通りの方から追われてきたような感じもするが……」
王中丞が言った。深莉も大通りの方から視線を走らせる。
「まあ……武官の方は、応戦しようとしたとも考えられるしな……だがやはり、この場所で目撃者が全くいない、と言うのは不自然な気がする」
「確かに、暗くてもちらっと通りの方から見えそうなものだが」
王中丞が深莉の意見に同意した。いくら暗くても、人影くらいはわかるような気がする。まあ、気づかなかったと言われればそれまでなのだが……。
とはいえ、目撃者がいないのならそれ以上探しようがない。それこそ深莉の占いが生きてきそうな場面であるが、それどころではないのも事実である。
「うーん、後手後手に回るのが気持ち悪い」
恩豪がため息をついて言った。深莉は彼を見ると、つぶやいた。
「もしかしたら、これは人の問題ではなく、剣の問題なのかもしれない」
「剣の問題?」
「うむ」
先に口から出たので、理由を考えていなかった。恩豪と王中丞はしばらく待っていたが、深莉が続きを言わないのであきらめたようだ。深莉にはどうにもこのようなところがある。
「……とにかく、しばらく保留かなぁ。衛府武官には申し訳ないけど、京師内の見回りを強化して」
恩豪が算段を立てる。禁城に戻ってきた深莉はもう一度、三人のご遺体を確認した。やはり、切り口がただの剣にしては鋭すぎる。しゃがんだままご遺体を前に考え込み始めた深莉に、梓宸が控えめに声をかける。
「あのー、周侍郎……いくら涼しくなったとはいえ、日差しもありますし、ずっとそうしてると熱中症になりますよ」
「……うむ」
部下である梓宸に心配され、深莉はようやっと立ち上がった。まあ、梓宸は早くこの場を離れたいだけかもしれないが。
「っていうか、これ、無差別に狙われてたりしますか? 僕とかも危ないですか!?」
「狙われているのは武術に心得がある者だろう。武官以外の二人も、なかなか体を鍛えているようだ。お前より静花の方が危ないだろう」
「……それはそれで微妙な気持ちになります……」
当然だ。年下の少女である静花より弱い、と言われているのだから。しかし、文官なのだからそんなものだろう。同じく普通の文官である榮河だって、深莉より弱い。
「皓月。僕ら、もう撤収するけど」
「ん? ああ、では、私も行こう。梓宸、待たせたな」
「はい!」
今までで一番いい返事だった。どんだけ帰りたかったんだ。まあ、仕事も滞っているだろうし、慣れない現場は疲れるだろう。
「周侍郎。君も帰り道には気を付けたまえよ」
「ご忠告どうも、王中丞」
深莉は警告をくれた王中丞に軽く返事をして深莉は梓宸と共に刑部に戻った。剣をもって行ったが、使うことはなかった。一応護身用だったのだが。
この剣は刑部のものだ。深莉の所有物ではないため、持ち歩けない。このことがあとでとんでもない事態を引き起こすのだが、それは置いておく。
「周侍郎! もう僕行きませんからね! 行きませんからね!!」
「わかったから。何なら今日うちに泊まるか?」
「お前、若い男を誘うなよ」
「息子のようなものだ」
「お前結婚してないだろ」
刑部の前でのやり取りなので、卯侍郎からツッコミが入った。
「ホントに夢に出て来たらどーするんですか!」
「倒せ」
「周侍郎じゃないんですから、無理です!」
よほどに怖かったのか、梓宸はわめく。こういうところを見ると、十八歳で科挙を突破してきたとはいえ、まだまだ子供なのだなぁと思った。
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