十四話
深莉は仮面をつけているが、子俊も仮面をつけていた。剣舞も音楽に合わせて行うものだ。深莉が知っている旋律と少し違ったが、問題はない。
わざと裳をはためかせながら回転しつつすれ違う。一瞬子俊と目が合うと、彼はニヤッと笑った。
「!?」
流れにはない方向からうちこまれ、深莉は何とか剣舞っぽく受け流す。かなり大胆な動きだったが、音楽にあっているのはさすがと言えるだろう。
これをきっかけに動きが変わった。剣舞は剣舞なのだが、演目に沿っていない。成り行き任せの、熾烈でだからこそ美しい剣舞。二人の技量がなせる業だ。
当たり前であるが、深莉がいつまでも子俊の動きについていけるわけがない。すぐに限界が来る。
即興ではあるが、音楽に合わせた剣舞である。気を抜くと怪我をしそうだし、刺せそうだ。子俊の剣を受け流して距離をとった時、ひときわ大きく琵琶の音が聞こえた。
「っ」
仮面の奥で、深莉は目を見開いた。一瞬、見えた。ここではない景色が。向かい合っている子俊が、そこにいる景色が。
子俊が深莉の動きが止まったことに気付いたようだったが、すでに剣戟を止められないところまで来ていた。彼の唇が「避けろ!」と形作る。深莉はずっと片手で持っていた剣を両手で握った。避けきれないと思い、受け止めることにしたのだ。
金属同士がぶつかり合う音が響いた。腕力の関係と、力の方向の関係で深莉がその場に膝をついた。何とか受け流した子俊の剣は深莉の肩をかすめて舞台の床に突き刺さった。余韻を残し、琵琶や竜笛の音がやんだ。ぱらぱらと拍手が起こった。
「……行くぞ。立てるか?」
向き合った状態で止まっていた深莉に、子俊がささやいた。深莉はわずかに顎を引く。すっと立ち上がり、子俊とそろって一礼して舞台裏にさがった。
「突然動きを変えるな。本気で斬られるかと思ったわ」
「お前なら大丈夫だって思ったんだよ。実際、大丈夫だったじゃねーか」
「……まあ、そうなんだが」
それは結果論にすぎない。もしかしたら、本当に子俊に斬られていた可能性だって皆無ではない。
「……お前ら、お疲れ様くらい言わせろよ」
つっこみを入れたのは榮河だ。仮面をとった二人はそちらを見る。
「まあ、急にだったからこんなもんだろ」
「急に決まった代役に無茶ぶりをしたものだな」
深莉は心もち榮河と子俊を睨んだ。めったに怒ることのない深莉が不穏な雰囲気を醸し出しているのを見て、恩豪が口を開いた。
「大丈夫。見世物にしては激しかったけど、音は取れてたと思うし。どちらかと言うと敵役だった皓月の功績だよね」
「んだとこら」
子俊が怒って見せたが、本気で怒っているわけではないだろう。次の、今度は優雅な演舞が始まったようだ。先ほどよりもゆったりした音楽が流れ始める。場所を空けるために少し移動する。仮面と剣を榮河の部下が預かっていった。
「ところで深莉、お前」
子俊が深莉を呼び止め、尋ねた。
「何を『視た』?」
「……」
榮河と恩豪も深莉を見た。やはり、子俊は一瞬深莉の動きが止まったのに気付いたらしい。
「……子俊」
「は? 俺?」
子俊が自分を指さした。深莉は両手を合わせて指を組んだ。その手に力を込める。
「……戦場だった。駆け抜ける旋風、鉄と血の匂い、赤い視界、そして、」
深莉は目を閉じ、指を組んだ両手を額に当てた。ゆっくりと息を吐く。
「……子俊が、地に伏していた」
その手は、最後まで剣を手放さなかったように見えた。彼は最後まで戦いを放棄しなかったと言うことだ。そう言う人だ。わかっている。
「深莉。お前の予言がすべてあたるわけではないと言ったのはお前だ。本当に、起こるとは限らないんだろ?」
いつもよりやや優しげな、言い聞かせるような口調で榮河が言った。深莉は「そうだが」と震える声でつぶやいた。
わかっている。術者である深莉は、占も行うし今回のように唐突に未来と思われるものを見ることもある。そのどれもが必ず当たるとは限らない。予知と言うのは、術者の心情によってもかなり左右されるからだ。
だが、深莉の中で唐突に啓示される未来は、当たる確率が高い。叡香の時は、深莉の占による先見だった。そのため、変更があっても不思議ではない。だが、今回は違う。現在深莉が動揺しているのは確かだが、これは啓示を見たためであって、それによって結果が左右されることはないだろう。
深莉の手に誰かの手が触れた。深莉がすっと顔を上げる。子俊と目があった。
「お前の先見が優れているのは知ってる。だが、未来はまだ来てねぇから未来なんだろ。そんなに不安なら、お前が俺を見張ってりゃいい」
深莉は顔をゆがめると再び組んだ手に額をつけた。少し落ち着いた気がした。
「……こいつらこれで付き合ってないんだぜ」
「びっくりだよね」
榮河と恩豪が何か言っているが、それどころではない深莉である。一度深呼吸して顔をあげた。
「落ち着いたか」
動揺が落ち着いてくると無性に恥ずかしがってくる。顔を逸らした深莉の頭を榮河が軽くたたいた。
「よし、大丈夫そうならお前、席戻れ。……戻れるか?」
深莉は目をそらしたままだった。面倒くさいし、あわよくばこのまま帰りたい。
「……お前、このまま帰ろうとか思ってるだろ」
「……駄目だろうか」
「駄目だろ!」
駄目か。まあ、仕方がないので戻ることにする。また元の衣装を着こむのは大変なので、深莉は装飾の少ない衣装をまとう。
一応正装だがかなり質素な装いになった。
「深莉」
「……何?」
子俊が深莉を手招く。後ろを向け、と言うので、後ろを向くと束ねた髪をほどかれた。違う形に髪を結われていく。かなり手際が良い。最後にかんざしを刺された感触があった。
「これで多少ましだろ」
手で触れると、きれいに結われている。深莉なら面倒で絶対にやらない髪型だ。
「うまいものだな」
昔から子俊は器用だ。深莉が髪結いをさぼっていると昔からたまに結ってくれたりしていた。
「ん? このかんざし……」
「おい引き抜くな! 髪型崩れるだろ!」
覚えのないかんざしの感触に深莉が戸惑っていると、後ろから子俊がその手首をつかんだ。深莉がびくっと体を震わせる。
「あ、ああ、そうか。すまん」
子俊がそっと手を離す。深莉は手を離された体勢のままかたまっていた。
「おーい、皓月。準備良かったら席まで送るけど……何やってんの、二人とも」
身を固くしている二人に、様子を見に来た恩豪が不審げな顔をした。深莉はゆっくりと腕を降ろす。
「……準備いいよね? 送っていくよ」
恩豪が手招くが、深莉は動かなかった。恩豪はため息をつくと、子俊に視線を向けた。
「じゃあ、子俊が送って行ってあげてね。あと、皓月、髪型似合ってるよー」
「あ、ありがとう……」
一応礼を言って、結局深莉は子俊に連れられて席に戻った。卯侍郎が気づいて「おう」と声をかける。深莉は一度深呼吸をして子俊に「ありがとう」と礼を言った。彼は深莉が席に着くのを見届けると自分に与えられた席に戻って行った。
「さっき出てただろ」
「良く気付いたな」
卯侍郎の言葉に、深莉は少し驚く。仮面をしていて、顔は見えなかったはずなのだが。
「や、見ればわかるでしょ」
「……ふーん」
深莉は首をかしげたが、とりあえず納得することにした。少し神経質になっているのかもしれない。普段なら「出ていたな」の一言で終わらせる場面だ。
「……と言うか、うちの尚書は? 恩豪は見つけてこなかったのか」
「いんや。お前の剣舞を見届けた後に、『腹が痛い』とか言ってとんずらした」
「……そうか」
「そうだ」
いつも通り過ぎて何も言うことがない。しばらく美女たちの舞を眺めていると、卯侍郎が思い出したように言った。
「そう言えば、その髪型、似合ってるぞ」
「……」
人間だからほめられるとうれしいが、これから子俊に髪を結ってもらうことにしようか、迷う案件であった。
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