十三話
ポッキーの日!
そして、納涼節当日である。深莉は既に会場である後宮にいた。正確には、野外会場付近にいた。かなり早めに準備して面倒くさがりながらもちゃんとやってきた深莉なのだが、思わぬ障害に直面していた。
「お姉さん。こちらは招待客用の入り口ですよー」
簡単に言うとこういうことだ。入り口を警備する禁軍武官に止められたのである。どうやら、出し物などをする演者だと思われたらしい。踊り子などは背の高い女性が多いので、無理からぬ話ではあるが、刑部侍郎を示す佩玉もつけているのに、理不尽である。まあ、暗いのでよく見えないだけかもしれないけど。
強行突破していくか、それともおとなしく裏手に回ってそちらから入ろうか。入れなくはないし、などと深莉が考えていると背後から声がかかった。
「まあ、どうしたの、周侍郎」
「これは欧陽尚書」
珍しい二文字の姓を持つ、やはり珍しい女性の尚書。欧陽暁だ。女性官吏の中で、唯一深莉よりも高官にあたる女性だ。
小柄な暁は深莉を見上げて微笑み、小首をかしげる。当たり前だが、彼女も女性の正装だった。深莉よりも宝飾品が豪奢である。
「中に入らないの?」
「……まあ、そろそろ入ろうかなとは思っていますが」
無駄に足止めされてしまったのだ。暁はくすくす笑うと深莉と腕を組んだ。
「どうせなら、一緒に行きましょう。わたくしたちが一緒にいれば、誰にも声をかけられなくてすむもの」
「なるほど。では、お言葉に甘えてご一緒させていただきます」
先ほど深莉を止めた武官たちは顔をひきつらせていた。深莉と目が合うとさーと顔色が蒼ざめた。まあ、まだ若い武官なので、深莉の顔を覚えていなかったのは仕方がないだろうと思う。
「お疲れ様」
一言声をかけると、武官は震えあがった。深莉は目をしばたたかせたが、暁に腕を引っ張られてそれについていった。
「皓月、あなた、とどめを刺してどうするの」
「……気にするなと言いたかったんですけど」
「脅しているようにしか見えないわ。あなた、たまに抜けてるわよねぇ」
優しそうな顔をして結構毒舌なのが暁である。根は面倒見の良い母親、と言った感じなので、深莉もつい甘えてしまう。
「まあ、若い子たちだったし、無理もないわね。あなた、背が高いし、いつも男装してるもの」
「男装しているつもりはないのですが」
「すらっとしてるから、似合うんでしょうねぇ」
そして微妙に話を聞いていない。別にいいけど。
「さてと。それじゃあ、わたくしはこちらだから」
「はい。ありがとうございました」
少なくとも穏便に入ってこられたのは暁のおかげなので、素直に礼を言っておく。彼女は上品に手を振ると、より上座に向かっていった。人事をつかさどる吏部は、他の六部の部署よりも地位が高いのである。
それにしてもすごい人である。いや、一応前回も出席しているが、人酔いを起こしそうだ。
「皓月、ここだ」
聞き覚えのある声にいざなわれ、深莉は段を上り宴会場の席にたどり着いた。声をかけてきたのは卯侍郎である。
「こんばんは、卯侍郎」
「おう。ちゃんと来たな。似合ってるぞー。まあ、背が高いからすぐわかったけど」
「余計なお世話だ」
女物を着ていても、背が高いのは隠せないから仕方がないだろう。深莉は卯侍郎の隣に座る。
「やっぱり華やぐよな、女性がいると」
お前赤似合うな、と卯侍郎は深莉を眺めて言う。普段着ない派手な襦裙を着た深莉は、確かに見なれないだろう。正装だから当たり前と言えば当たり前なのだが、後宮にでもいそうな格好だ。髪も結い上げ、かんざしを挿している。うちわでも持てば完璧なのだが、深莉は相変わらず扇子を持っていた。
「そういえば、尚書は?」
「まだ来てない」
このままでないつもりかもしれない、うちの尚書は。と思ったが、着たら来たで寝ているような気もするので結局一緒か。
「さて。滞りなく終わるといいが」
会場の宴席が埋まってきているのを見て、卯侍郎はつぶやいた。深莉はそうはうまくいかないだろう、と感じながらも口には出さなかった。
宰相……は今いないので、中書令の合図で納涼節の宴は始まった。まあ、それほど官位が高くない深莉たちは、料理に舌鼓を打ち、出し物を見るだけだ。毒殺などは多少気にするが、わざわざ彼女たちを狙うようなことはないだろう。
などと言う深莉であるが、彼女は一度、実際に毒を盛られたことがある。この手のものは深莉には効かないので問題なかったが、まだ叡香が生きていて、深莉が彼の妃候補と言われていたころの話だ。
このために雇われた楽師や詩人、踊り子たちを見ていると、背後から声がかかった。
「失礼、周侍郎」
「……貴様何をやっている」
驚きのあまり逆に平坦な声が出た。奏でられる音楽に合わせて踊る宮女たちから目をそらし、深莉は声をかけてきた男を見た。恩豪である。ちなみに、深莉の上司、刑部尚書は開始直後にふらっとやってきたのだが、またふらっとどこかに行ってしまった。
「ご挨拶だね。ちょっと問題発生。卯侍郎。少々皓月を借りるよ」
「おう。あと、うちの尚書見つけたら連行してきてくれ」
「承知した」
何気に同期である恩豪と卯侍郎の間で取引が成立している。深莉は文句も言わずに立ち上がると、恩豪に続いて宴会場の裏手に回った。
「何かあったのか?」
裏手には礼部の官吏と禁軍の武官が集まっていた。何だろう、この面子は。
「ちょっとね……今、あ、来た来た」
恩豪がこちらに向かってくる人物に向かって手をあげた。榮河である。彼も正装で、動きづらそうだ。
「皓月、すまんな」
「いや、それは構わんが」
むしろちょっと飽きてきていたくらいだ。普段、榮河は深莉を『深莉』と呼ぶことも多いが、仕事中は必ず『皓月』と呼ぶ。公私をはっきり分けた人だ。
「実は、剣舞に出る演者が一人、怪我をしてしまってなぁ」
「治療すればいいのか?」
禁城には医官がいるのだから、任せればいいような気もするが、けがの程度によっては深莉が治せばすぐに完治する場合もある。
「いや、捻挫だから怪我は治るだろうが、熱もあるからそもそも出させたくない」
榮河が上の判断を下したらしい。つまり、演者の一人が剣舞に出られないと言うことで。
「代役は用意していないのか?」
「子俊の敵役だ。本命が無理ならお前に頼もうと思ってた」
「……まあ確かにできなくはないんだが」
それは別に恩豪でもいいのではないだろうか。警備責任者だけど。少し抜けるくらいならできそうだ。しかし、本命の彼は深莉と体格が近いらしい。というか。
「榮河、貴様、それを狙っただろう」
「あ、わかるか? やはり、敵役は女性の方が花があるからな」
「……」
なんか似たようなことを言われてばかりだ。というか、そんなせこいまで値をしなくてもいいのではないだろうか。
たぶん、本来の演者が何事もなければ深莉に話が回ってくることもなかったし、榮河たちもそのままやらせただろう。もし、仮に起こった場合の考えとして、深莉を代役にすることを考えたはずだ。
「時間がない、行け! 役どころとしては男装の麗人だ。ほぼ素のお前だろ!」
「私は男装しているわけではない」
とりあえず主張だけはしておく。代役に関しては、演目に穴をあけるよりは、自分が出たほうがいいだろうと言うことで了承した。
自分の正装を脱ぎ、髪飾りも外していく。恩豪が「せっかくきれいなのに、ごめんね」と謝った。どちらかと言うと、謝るべきは代役を用意していなかった榮河ではないだろうか、と思わないではなかったが、その彼は彼で、
「大丈夫だ。お前はどんな格好でも基本的に美人だ」
と、反応に困ることを言ってくれた。うれしいと言うよりも、困惑が先立つ。
衣装を着こむと、確かにちょうどだった。さすがにぴったりとはまではいかないが、だぼついてはいないし丈が足りないと言うこともない。
「周侍郎はこの役、やったことあるんですか?」
恩豪の部下に尋ねられ、深莉は「うむ」とうなずく。
「これは奉納舞の一つだからな」
「……いや、意味が分からないんですけど」
戸惑いの表情を浮かべた武官は答えを得ることなく深莉の姿を見送った。単純に、彼女が説明しなかっただけだけど。
周家は術師の一族だ。そのため、天に捧げる舞なども習う。これはその一つなのだ。
しかし……これも久々だ。深莉は手にした装飾剣を握り直し、仮面をかぶると、舞台に上がった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
刑部尚書というと五寸釘を思い出す私は、彩〇国〇語世代。




