十一話
しれっと花街に足を踏み入れ、高級妓楼に足を踏み入れたのは深莉だった。別に妓女を買いに来たわけではなく、妓楼と言うのは密談に適した場所なのだ。
「すまぬな。少し遅れたか」
用意された個室に最後に足を踏み入れたのは深莉だった。たまたま、仕事が長引いたのである。先にいた三人は男で、深莉は紅一点である。
「大丈夫だよ。やっぱり、女性がいると華やぐよね」
にこりと笑って言ったのは、京師に妖魔が出現した際に現場指揮を執っていた林将軍こと恩豪である。優しげな顔立ちの男だが、その剣の技量は高く、深莉では相手にならないだろう。ちなみに、榮河より年上で妻帯者である。
「思いっきり男装だけどな」
ちらっと横に座った深莉を見て言ったのは子俊だ。この場にいるのは深莉、恩豪、子俊、榮河の四人である。妓女は呼んでいない。
「別に私は男装しているわけではない」
ただ動きやすい恰好をしているだけなのだ。背が高く、無駄に端正な顔立ちをしているので男っぽく見えるだけである。
「でもお前、さらし巻いてなかったか?」
「戦時中の話だ」
さすがの深莉も榮河の足を円卓の下で蹴った。つっこみを放棄した深莉だが、そこは譲れない。恩豪も「今のは榮河が悪い」と言った。
「……まあ、全員そろったところで」
榮河の一声でたった四人の宴会である。まあ、普通の宴会ではなく情報交換の場でもある。
「で、あの時の妖魔は京師全域に現れたのか?」
口火を切ったのも榮河だ。うなずくのは恩豪。
「ああ。全域、と言っていいのかはわからないけど、局所的に多数出現した。……京師に妖魔は、めったに出ないだけど。妖魔戦争の時だって」
ちらっと視線が深莉に集まる。酒杯を干した彼女は唇をちろっと舐めて言った。
「京師はそもそも、妖魔除けの結界がある。禁城には、さらに強力な結界だ。この結界のおかげで妖魔戦争の時も京師は無事だったわけだが……越えてきたとなると、誰かが呼び寄せた可能性が高いな」
「誰かって……誰だよ」
子俊の問いかけに深莉は「さあなあ」と気のない返事をする。いや、だって、本当にわからないし。
「ただ、私と同じように術者であろうな」
「……つまり、深莉も京師に妖魔を引き入れられるってことか?」
深莉はちらっと子俊を見た。彼は勉学に関しては確かに深莉や榮河に劣るが、馬鹿ではない。よく、こうして核心をついてくる。
「……できないと言ったら、嘘になるな。だが、召喚系の術式は、私と相性が悪い。あの規模では不可能だろう」
「……よくわかんねぇけど、深莉と同じ術者だけど、使う術がちょっと違うってことか?」
「簡単に言うと、そう言うことだ」
深莉は手を伸ばして水差しをとると、子俊の酒杯に水を入れた。彼は「うお」と声を上げる。
「お前酒入れろよ」
「いや、お前は飲み過ぎない方がいいだろう」
深莉や榮河につられて飲んでいるととんでもない飲酒量となる。特に榮河。彼はもうざるどころの話の酒豪ではない。
ちなみに、恩豪はずっと白湯を飲んでいる。彼は下戸なのだ。たまに、榮河をうらやましそうに見ている。
「誰が、何のために妖魔を京師に引き入れたんだ?」
榮河の言葉に、深莉は冷静に「どこぞの術者が、京師を混乱に陥れるために、だろうな」と言った。
答えになっていないのはわかっているが、現状、何も手がかりがないのも事実なのだ。
「……妖魔戦争の時、京師は戦乱に巻き込まれなかったな」
深莉の言葉に、妖魔戦争を共に戦った男たち三人はうなずく。
「確かに、妖魔が攻め込んでくることはなかったね」
当時、京師の護りをしていたこともある恩豪が同意を示した。他の三人は、基本的に妖魔戦争総指揮官であった叡香の側にいたので、最前線にいることが多かった。
「二年前、叡香が死んだ時ですら、京師にはさほどの影響はなかった」
影響自体はあったが、京師内で何か事件が起こるようなことはなかった。叡香が殺されたのは、京師ではない。
「私には、次は京師・洛耀で何かが起こる、と言われているような気がしてならん」
沈鬱な空気が漂った。自分の発言が原因であることはわかっているが、これは警告のようなものだ。ややあって、恩豪が苦笑いを浮かべた。
「いやあ、皓月に言われるとどきっとするね」
「そういやお前、前にも『嵐が来る』とか言ってたしな」
子俊が話しを戻すように言った。深莉は「うむ」とうなずく。
「来る、だろうな。特大のやつが。ちなみに、明日の天気は晴れ、風が少し強いな」
「しれっと明日の天気予報してるんじゃねぇよ……」
「結構需要があるんだぞ、天気予報。あと、失せもの探しと恋占い」
この三つは需要がある。身近なものや自分自身のものは占いにくいが、それでも意外とあたるものだ。
「本当に術者が妖魔をおびき寄せたのだとしたら、その術者も皓月と同じことができると考えるべきだね」
「そうだな。そもそも私が習得しているのは、一般的な術ばかりだからな」
彼女は本気で術者になるつもりはなかったので、極めてはいない。そのため、一般的な術は習得しているが、それまでなのだ。質問をした恩豪が笑う。
「そうだとしても、相手取るのは骨が折れそうだ」
「ああ、まあ、確かにこの二人で五十近い妖魔を斬ったからな」
榮河がうんうん、とうなずき恩豪に同意を示す。子俊は顔をしかめた。
「別にそんなもんだろ。一人二十と少しだ」
「いや、だが、大半は子俊が斬っただろうな」
深莉は途中参加であるし、剣も折れたからだ。それを思い出した深莉は、恩豪に尋ねた。
「私も帯剣してもいいものだろうか」
「禁城内で捕まりたいなら、好きにやりなよ」
と言われた。確かに。官吏である以上、深莉と榮河は帯剣できない。いや、榮河は剣をもったところでそもそも使えないけど。
「お前が剣なんか持って歩いてたら即牢獄に入れられるぞ」
「残念ながら、その牢獄を管理しているのは私なのだが」
実際には、刑部、御史台、禁軍がそれぞれ管理している牢獄があるが、刑部の性質上、最終的なとりまとめは刑部になるのだ。
「皓月。心配しなくても子俊が守ってくれるってさ」
「はあ? そんなこと言ってねぇから!」
笑う恩豪に子俊が全力でツッコミを入れた。まあまあ、と榮河は子俊の酒杯に酒を入れる。いや、そこは水を入れなければ、と思いながらも深莉は菜を箸でつまみ、口に入れた。うん、おいしい。
子俊たちが深莉を守ろうとすることはわかっている。だが、いつでも一緒なわけではないし……と言うことだ。言ってみたかっただけである。
「別に言わなくても、子俊なら深莉を守るだろ」
「まあ、それもそうだ」
「おいそこ二人。勝手に納得してんじゃねぇ」
男三人で騒ぎ出したのを横目に、深莉は菜をぱくつく。どれもおいしい。
「深莉、お前も一人だけ関係ないって顔してんじゃねぇよ」
子俊が深莉のことも巻き込みにかかった。酒に口をつけていた彼女は「ふむ」と一つうなずいた。
「子俊、明日、無くしたと思っていたものが見つかるぞ。大切に持っておけば、きっといいことがあるだろう」
「おめー、都合が悪くなるとすぐにそれな」
子俊が深莉の占いを聞いて呆れたように言った。だが、この状況であっても深莉が行った占いはよく当たる。子俊は無くしたと思ていたものってなんだ? と首をかしげている。
「深莉、もうすぐ初夏の宴なんだが、いい日取りはあるか?」
榮河が身を乗り出して尋ねてきた。そう言うのは、仕事中に聞いてほしい。それに。
「範囲が広すぎる。もう少し狭めてから出直してこい」
「皓月、容赦ないな」
恩豪がからからと笑っていた。水しか飲んでいないはずだが、こいつ酔ってないか、とちょっと思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
書いている私も、深莉だか皓月だかわからなくなるときがありますが、とりあえず、職場ではみんな皓月と呼んでいます。で、科挙に及第したあとに知り合った人は皓月、それ以前からの知り合いは深莉と読んでいる可能性が高いです。なので、榮河と子俊は深莉と呼んでいる……という感じで書いてます。




