十話
深莉視点に戻ります。
皓月改め深莉は、茶房の入り口から外をのぞいた。そして「ふむ」とうなずく。
「妙だな。本当に妖魔だ」
「手前ここまで来て疑ってたのかよ」
「そうではない。なんだかんだで、お前は下らん嘘はつかんからな」
外では異形のものたちが人間を襲い、建物を壊していた。動物のようなものから、人形に近いものまで様々だ。とにかく数が尋常ではない。
「妖魔戦争のときみたいだな」
そう言って子俊はたっと外に駆けだした。帯剣しているのは、正式な武官である彼だけだったのだ。
「それで、何故お前たちまでここにいるんだ」
深莉は自分の後ろを見てツッコミを入れた。ツッコミ放棄している深莉だが、それどころではないのだ。榮河はともかく、姪の静花、部下の梓宸、医者の王宇、そして何より皇帝の美蘭がいる。
街を見に行った美蘭を護衛するのが深莉たちの仕事だったはずだが、なぜこうなったのだろうか。目の前で子俊が妖魔をなぎ倒している。
妖魔は異形のものだ。人ならざるもの。人を襲う魔物。西の方に、妖魔が大量出現する森がある。
「ね、ねえ、あたしも行った方がいい?」
明らかに引いている様子の静花が尋ねた。一応、武官志望であるので言い出したのだろうが。
「やめておけ。お前は美蘭様の側にいろ。梓宸、王宇もここを動くな。榮河、あとは頼む」
「って、お前も行くのか。武器は?」
「……ふむ」
本日女装である深莉は、当たり前だが丸腰であった。常備している扇子しかない。
深莉はざっと周囲を見渡した。後宮の女官長である翠凜が美蘭の外出の手引きをしている。つまり、禁軍の護衛がついているはずだ。深莉は一人の男に近寄った。
「悪い、借りるぞ」
「あっ! ちょ、周侍郎! その剣、妖魔は斬れない……っ!」
彼が腰に佩いた剣の柄を握り、勝手に剣を引き抜くと、深莉は茶房の外に駆け出た。背後から禁軍武官の男が叫んでいるのが聞こえるが、無視した。その男は、翠凜が派遣した美蘭の護衛である。
彼が言うとおりただの剣では妖魔は斬れない。妖魔が硬すぎるためだ。通常、妖魔を斬るときは専用の武器を使う。元将軍である子俊の剣は、妖魔を斬れる剣だ。
妖魔を倒し続ける子俊の助けに入るべく、深莉も剣を振るった。妖魔を斬れないはずのその剣は、しかし、すっぱりと大型の獣の姿をした妖魔の首を落とした。切り口はおそらく、子俊のものより綺麗だろう。
「お前まで出てきたのかよ」
背中合わせに剣を構えながら子俊が言った。深莉は「ふん」と鼻を鳴らす。
「貴様だけでは厳しかろうと思ってな」
「そうかよ。相変わらずのお人よしだな!」
子俊は叫びながら力任せに虎のような姿をした妖魔を斬った。深莉はそれを見て「窮寄まで入ってくるとは」と心の中で思った。しかし、すぐに切り替えて目の前の妖魔を倒すことに集中する。
妖魔の方から寄ってきてくれるので、非常に倒しやすい。子俊と二人で妖魔の死体の山を築いていくさまは、はたから見ると猟奇的であるに違いない。
悲鳴が上がった。深莉と子俊が振り返る。茶房にいる美蘭たちに猿のような妖魔が迫っていた。深莉は自分の背後に迫っていた妖魔を振り返らずに剣を突き立てて倒すと、そのまま地面を蹴った。猿のような妖魔に背中から剣を突き立てる。するりと剣を抜くと妖魔は倒れた。少し怯えた表情が見えた気がした。
「姐さん!」
静花が叫ぶ。深莉は羽織っていた肩掛けを振り返りざまに投げて妖魔の視界を奪う。その肩掛けごと切り捨ててから、これは後宮からの借り物であることを思い出した。まあいいか。
ひゅん、と顔の脇を剣が通り抜けた。子俊が投げたものだ。動揺すら見せなかった彼女の背後で、妖魔が倒れる。
「お前、避けるくらいしろよ!」
深莉は叫んだ子俊に答えず、彼が投げた剣の柄をつかんで振り返ると、両腕を一度交差させ、両手に持った剣を思いっきり左右に振り切った。妖魔の首が飛ぶ。
「えげつねー」
「うるさい。と言うか、重いわ」
重量のある子俊の剣を彼に向かって投げると、彼はそれをうまく受け取り、そのまま妖魔討伐に戻っていった。深莉もそれに倣う。
ばさっと羽の音が聞こえた気がして、深莉は空を見上げた。
「……鳥?」
ではなく、鳥の妖魔だった。まあ、妖魔の中には飛ぶやつもいるけど。
「深莉!」
子俊に名を呼ばれた彼女は一瞬で了解した。身を翻して子俊の方へ駆け寄る。彼が組んだ手の上に足を乗せ、彼が腕を跳ね上げると同時に深莉の体も宙に浮いた。眼前に迫った妖鳥に向かって剣を振り下ろした。
「あ」
刀身が砕けた。もともと妖魔を斬るための剣ではないので、当たり前か。深莉が無理やり術で強化していたので、早々にがたが来たらしい。深莉は柄から手を放すと、代わりに妖鳥の首元をつかみ、身をひねる。さらに胴体を蹴って近くの屋根に飛び移った。
深莉はぱん、と大きく柏手を打ち、印を切った。
「斬!」
手刀を振り下ろす。斬撃と化した霊術が妖鳥に直撃した。落下していく。
「む、まずかったか」
下に人が居れば押しつぶされてしまう。幸い、誰もいない場所に落下したが。
あと二体、鳥の妖魔がいる。地上は子俊に任せ、深莉はこちらを相手取ることにした。印を組み、術を放つ。
「破!」
衝撃波で妖魔が落下した。さらに術を放ち、最後の一体の足を止める。
「斬破!」
最後の一体を撃破して下を見ると、子俊の方も終わったらしい。つまり、ここいら一帯にいた妖魔をこの二人ですべて狩ってしまったわけだ。
深莉は屋根から一度低めの屋根を経由して地面に着地した。とん、と音もなく着地した彼女の元に子俊が近づいてきた。
「大丈夫か?」
「ああ。お前こそ……いや、返り血だな、うん」
「勝手に納得してんじゃねぇよ。返り血だけど」
子俊は所々服に血がついていたが、彼自身のものではなく妖魔の血だろう。青っぽいのもあるし。
「魏将軍! 周侍郎!」
「俺、将軍じゃねーけど」
つっこみながらも子俊が振り返る。深莉も彼の影から顔をだし、駆け寄ってきた美蘭の護衛に謝った。
「剣を折ってしまった。すまんな」
「いや、それはいいんですけど!」
全力で叫ぶ禁軍の武官を押しのけ、静花が声をあげた。
「姐さんも先生も本当に強いんだ! さっき柳尚書が『二人は妖魔戦争を最前線で生き残った』とか言ってたけど、あながちウソじゃないのね」
「私はともかく、子俊に関しては本当だな」
「そうなのっ!?」
深莉が冷静に情報提供すると、静花が興奮気味に言った。あの猟奇的な現場を見てここまで興奮できるのはすごい。
「お前たち、相変わらずだな」
半分呆れて、半分感心して榮河が言った。そう言いながら、彼は自分が着ていた褙子を深莉の肩にかける。そう言えば、彼女も結構暴れまわったので衣装がぼろぼろだった。借り物なのに。
「ちょ、ちょぉぉおおっ! 何ですかこれ!」
騒ぎながらやってきたのは、美蘭の護衛ではなく妖魔対策のために派遣されてきたであろう禁軍の武官だった。その武官は子俊を見て「あ、将軍」と言う。本人も言っていたが、子俊は元将軍であって現在は違う。
「これ、将軍ですか」
「だから俺は将軍じゃないって。半分くらいはな。もう半分はこいつ」
武官は子俊が示した深莉をじっと見つめた。腕を組んだ深莉は思わず視線を逸らした。
「……あ、周侍郎?」
「うむ」
ひとまずうなずいて解決したところで、子俊が「指揮官誰?」と尋ねた。
「林将軍ですけど」
「恩豪か。なら大丈夫だな」
子俊がうなずいた。恩豪は禁軍将軍で、深莉たちとも古馴染みである。
「というか、恩豪が指揮官なら、私たちがここにいることを知っておろうよ。と言うことは、あの男はここには来ない。つまり、私たちに後始末を押し付けているわけだ」
「いや、おめーそれ、冷静に解説してる場合じゃなくね?」
深莉の言葉に子俊がつっこんだ。榮河も「確かに、恩豪なら来ないだろうなぁ」と暢気に笑っている。この状況で笑っているられる榮河も心が強い。
「うむ。しかし、私たちの本来の仕事は美蘭様の護衛だ。と言うわけで私は禁城に戻るから、あとはよろしく」
「あ、お前、自分だけ逃げようとしてんじゃねぇ!」
子俊が声をあげた。深莉は落ちてきた褙子を肩に戻しながら言った。
「仕事中の私を無理やり連れだしたのは貴様らだろう。榮河もいるし、まあ頑張れ」
「ちょぉ待て! 深莉ィィイイ!」
叫ぶ子俊の肩を榮河がぽん、とたたいた。
「まあまあ、子俊。皓月……深莉の言うことも尤もだ。私たちは後始末を請け負おう」
「まじめか……」
子俊は肩を落としたが、残ることに決めたようだ。深莉は今度何か奢ってやろうと思いつつ、子供たちをせかした。
「ほら、何をしている。戻るぞ」
「ええ~。もう?」
「もう、ではない。また妖魔が出たら、守り切れるとは限らんのだぞ」
禁城にはこの国で最も強力な加護がある。むくれる美蘭と静花の背中を押しつつ、深莉は禁城に戻ったのだった。
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