一話
新連載であります。
相変わらず緩い設定ですが、よろしくお願いします。
晶皇国は大陸の東側に位置する大国である。春の除目が過ぎ、科挙を及第した新人官吏たちが増えて新体制で動き出したところだ。姚梓宸は今年、十八歳で官吏となった少年である。ひと月の試用期間を終えて、正式に刑部に配属されたところだった。彼は、二人いる刑部の副官、周皓月の直属の配下となった。この皓月が結構謎な人である。
男物の襦裙の上に、女物の長そでの褙子を羽織り、たいてい腕を組んでいる。かなりの美人であるのだが、かなりの変人でもあった。
「もう一度見直せ。計算が間違っている。それと、誤字が多い」
「す、すみません」
「すまないがそれを府庫にかえしてきてくれ」
「あ、じゃあ、俺が行ってきます」
まだ下っ端である梓宸が名乗り出て、巻物や書物を抱える。刑部の執務室から出ようとしたところに、声がかかった。
「君、ちょっとすまない。中に周侍郎はいるか?」
「え? あ、はい。いますけど」
長身の優男だった。どこかで見たことがある……って、礼部尚書じゃないか。柳榮河。どおりで見たことがあるはずである。
「すまんな、ありがとう」
梓宸は一度中に戻り、周侍郎に声をかけた。
「周侍郎、柳尚書が呼んでますけど」
「ん? ああ……」
よいせ、とばかりに周侍郎が立ち上がる。その時に自分の長い上着の裾を踏みつけて転びそうになった。机に手をついて耐えていたけど。優秀な執政官であるのだが、こういうところがある人である。
「どうかしたのか?」
刑部の執務室から出て柳尚書に声をかける周侍郎を横目に、梓宸は府庫に向かった。近道をした、その途中。
梓宸は出会った。長い黒髪をなびかせた少女、寂しげにゆれる琥珀色の瞳が印象的だった。その様子に、梓宸は心を奪われた。後から考えれば、梓宸はこの時、この少女に恋をしたのだろう。
「官吏の方?」
彼女は声も可憐だった。梓宸は頬が熱くなるのを自覚しながらも、答えた。
「刑部に所属している、姚梓宸です。あの、あなたは?」
後宮の宮女だろうか。外朝は官吏以外は入れないのだが、この府庫のあたりは、後宮である掖庭宮との境となるので宮女がいても不思議ではない。名を聞かれた少女は、明らかに動揺した様子でしばらく考えた後、言った。
「シ、深莉です」
明らかに偽名だな……と思った。
△
部下の梓宸が運命の出会いをしているころ、皓月は昔なじみの柳尚書を見上げて「は?」という声をあげた。
「どういうことだ」
「どうもこうも、主上が失踪した」
「それはわかった。何故私に聞くのだ」
柳尚書、まあ、皓月は榮河と呼んでいるが、彼は腕を組んだ皓月を見下ろして言った。
「いや、お前なら知っているかなぁ、と」
「知らんわ」
きっぱりと皓月は言った。榮河は笑って「だよなぁ」という。わかっていたのなら聞くな、と言いたい。
「みな探しているんだろう? 心配せずとも、すぐに見つかるだろう。主上は責任感の強い方だ。少し休憩したら戻ってくる」
「休憩ね……」
榮河はため息をつくと、壁に寄りかかった。皓月は目元だけ動かし、彼を見る。
「私たちが主上と仰ぐお方は、まだ十七歳の女の子だ。私たちは、あの方につらい立場を押し付けている……って、何だ」
「……いや、お前の口から『女の子』という単語が出てきたことに驚いただけだ」
「どういう意味だ。失礼な」
つっこみを入れてから榮河がため息をついた。
「誰か……同い年くらいの友人がいればいいのかもしれんが。お前や子俊のような」
「……友人ねぇ」
皓月はつぶやくように言うと、一度目を閉じ、開いた。
「それも善し悪しだと思うが……まあ、少し考えてみるか」
「……お前、何たくらんでるんだ」
引き気味に榮河が言った。皓月は眉をひそめる。
「人聞きの悪いことを言うな。まあ、主上のことは私も探してみよう。案外、すぐに見つかるような気がするが」
「誰しもお前みたいに直感が鋭いわけじゃないんだよ……」
呆れ気味の榮河の言葉に、皓月は肩をすくめた。別に、直感が鋭いとか、そう言う話ではないのだが。
「仕事がひと段落したら、探してみようか」
皓月はそう言って執務室に戻っていった。榮河は多少の不安を覚えたが、大丈夫だろうと無理やり思い込んで、自分も仕事に戻って行った。
△
さて。皓月は休憩時間を返上してこの国の皇帝、『主上』と呼ばれる人を探しに来ていた。刑部侍郎の佩玉をつけた人物がうろついているのはそれなりに目を引いたが、禁城の裏手にある桃林に足を踏み入れると、人気は一気に少なくなった。
ピー、と笛の音が聞こえた。高い音で、人が聞くための音ではない。その笛の音を頼りに足を進めた皓月は、一人の少女の背中を見つけた。そして、その少女にまっすぐ降りてくる鷹が一羽。
皓月は意識を鷹に集中した。すると、鷹はすいっと少女を通り過ぎ、皓月のそばまで来た。腕を差し出すと、その腕に停まる。爪がちょっと痛いが、耐えられないほどではない。
「……皓月」
振り返った少女が驚きの声を上げる。長い黒髪に冠をつけており、大きな瞳は琥珀色。あまり似ていないのに、あの人を思い出すその容貌。
晶皇国の女帝、李美蘭。若干十五歳でその玉座を継ぐことになった少女は、まだ十七歳。皓月よりも十歳年下である。榮河が言うように、つらい立場を押し付けている。
「こちらにいらっしゃいましたか、主上。みな探しておりましたよ」
「……うん」
鷹を片手に近づいてきた皓月から目をそらすようにうつむき、美蘭は返事をした。
「うん。わかってる。ちょっと、外の空気を吸いたくなっただけ……」
美蘭はそう言って空を見上げた。つられるように、皓月を顔を上げる。
「みんな、わたくしをお飾りの皇帝だとわかってる。実際に政をまわしているのは、官吏たちとお母様……わたくしは何もわからないし、それでいいのだと思う。でも……!」
顔をあげた美蘭は瞳を潤ませていた。
「苦しいの。誰も、わたくしを助けてくれないんだわって、思うの。誰にもわたくしのことは理解できない。皓月にだって。それに、みんなが、ここにいるのがお兄様だったらよかったのにって思ってること、わかるの……」
「……では、主上はまず、私を責めるべきですね」
皓月はまっすぐに美蘭の目を見て言った。彼女の兄、先の皇帝が亡くなることになった原因の一旦は皓月にある。美蘭は目を見開いた。
「そん……そんなことを言いたかったわけじゃないわ!」
あわてたように美蘭が首を左右に振った。皓月は小首を傾げて「わかっていますよ」と答える。
「からかっただけです」
「わかりにくい!」
少し元気の出てきた美蘭に、皓月はほっとする。顔には出ないけど。美蘭は唇をとがらせながら言った。
「わたくし、皓月がお義姉様になるのだと思って、楽しみにしていたの」
確かに、美蘭には懐かれていた自覚がある。皓月には兄弟が多いが、すべて男兄弟だし、そもそも下から二番目だ。妹のように、娘のようにかわいがった自覚は、ある。しかし。
「私は皇帝の妻になれるような人間ではありませんよ」
「確かに、後宮の奥で埋もれてるような人じゃないもんね……」
若干人の話を聞いていないような気がしたが、皓月もよく言われるので、つっこまないことにした。自分に跳ね返ってくるから。
「ねえ皓月」
「なんでしょう」
皓月は美蘭が差し出した腕に鷹を移しながら首をかしげた。この鷹は、美蘭が飼っているものだ。
「……ううん。何でもないわ」
そう言って寂しげに笑う美蘭に、皓月はやはり、彼女は無理をしているのだな、と思うのだ。言いたいことも言えない立場など、何の意味があるのだろうか。と、言いたい放題の皓月は思うのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
設定ゆるめです。
皓月は主人公・深莉のこと。皓月とは「明るく照り輝く月」のことだそうです。




