モノリス町のおじいさん
その町には昔からモノリスがあって、世界中から名所として有名だ。
一年に一回そのモノリスを中心としたお祭りがあって、名前はモノリス祭という。
一説には恋が叶うとか、受験に受かるとか、眉唾ものの噂もよく流れるらしい。
そんなお祭りに僕ははじめてやってきていた。お祭りを単純に楽しもうと思っていて、すごい期待していた。
まだ昼だ。
祭りは夜からだが、ぼちぼち人が集まってきている。
昼のうちにモノリスの見学でも行こうかなと思ったのだが、その途中で、突然声を掛けられた。
その方を見ると、おじいさんが一人腰掛けていた。
70代くらいかと思わしき、なんとなく小さく見えるそんなおじいさんだ。
「ちょっとそこの人、いいかね」
僕は立ち止まり、僕かどうかの確認をした。
「僕ですか?」
するとおじいさんは僕の瞳を見つめながら頷いた。
「そうそう。そこのあなた。ちょっといいかね」
「なんでしょう」
「お願いがあるのだけど、聞いてくれないかね」
「お願い、ですか」
あまりに突然のことなので戸惑ったが、子供と老人には優しくするものだ。
モノリスの見学に行こうかとも思っていたが、それも別段必ずしなくてはいけないものではないし、そう考えれば今の僕はまだ昼なので暇だ。暇人としては、他人の願いくらい叶えてもいいかもしれない。
そういうわけで、僕はおじいさんの隣に腰掛けて、詳しい話を聞いた。
「実はわしには孫がいてな、その孫を祭りに連れ出したいのだけど、実は喧嘩をしてしまってのう。わし自身から誘うのが難しいのじゃ。住所を教えるから、なんとかその孫をここまで引っ張り出してくれないかのう。わしの名前を両親に出せば、受け入れてくれるじゃろうから。孫には適当な理由をつけて引っ張り出してくれればいいからのう。もしもダメそうだったら、わしが呼んでると言ってくれて構わんよ」
「はあ、なるほど。お孫さんとお祭り楽しみたいんですね。わかりました。任せてください。家は、こっから近いんですか」
「すぐじゃよ」
おじいさんから道を教えてもらい、僕はその家へと向かった。
そして呼び鈴を押すと、母親と思わしき人が出てきた。
僕が事情を話すと、その母親は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに事情を理解したらしく、
「どうぞ、こちらに」
と迎えてくれた。
そして僕を家の中に案内すると、そのまま2階へと連れていかれた。
そこがそのお孫さんの部屋なのだという。
「実は、あの子はひきこもりでして……もう一年になります」
「ひきこもり、ですか」
「あることがあってから、ずっと引きこもっているのです。嫌なことは積み重なるもので、いろいろあって、あの子はもう一歩も外には出ないようになってしまったんです。でも、おじいさんが呼んでるとなれば、話も変わるかもしれません」
「そうなんですか」
「あの子は、おじいさん子ですから」
「喧嘩しても、好きなんですね」
「……ええ、そういう、ことですね」
母親は少しにごった言い方をした。その理由はわからなかったが、僕は部屋の中にいるのであろうお孫さんに声を掛けてみた。
「今日はモノリス祭だよ。たくさんの人がいるけど、一人じゃなければ大丈夫さ。僕もついていくから、一緒に外に出てみないかい。モノリス、見に行こうよ」
しばらく沈黙が走った。
おじいさんのことは彼には隠したままだが、おじいさんのことを出せば外に出てくるかもしれない。
どうしようかと迷っていると、声が聞こえた。おそらくお孫さんの声だ。
「僕は、もういいんだ。こんな世界、うんざりだよ。死にたい、消えたい。モノリスなんてみたくない。帰ってよ」
「違うんだ。本当は、君には言っていなかったが、おじいさんが呼んでいるんだ。君と喧嘩した、おじいさんだよ」
「……え?」
それからまた沈黙が走った。
「そんなはずないだろ。ふざけんなよ!!」
彼の怒声だった。
何かがおかしいような気がした。
何かを、勘違いしているような。
「本当なんだ。さっきそこでおじいさんと出会って、君を呼んできて欲しいと言われた。喧嘩したから恥ずかしくて代わりに君を呼んできてくれと、君と祭りを楽しみたいと」
「そんなはずない!」
「本当さ」
「なら、ここにおじいさんを呼んできてくれよ」
「君から出向けばいい。外に出るんだ。おじいさんと一緒に、外に行こう」
「僕はひきこもりだぞ。できるわけないだろ!」
「できるさ」
今日はモノリス祭だ。特別な力が、彼に新たな扉を開かせるような気がする。だから、強気な言葉を発してしまったが、僕にはよくよく考えてみればひきこもりを引っ張り出すような力はないのではないか。あのおじいさんめ、ひきこもりだなんて一言も言ってなかった。だがここまで来たら彼を引っ張りだしてやりたい。だから、僕はドアノブをひねった。
「おじいさんが、待ってるぞ」
こうしてお孫さんは、外に出た。
その後おじいさんがいたところに戻ったが、もうおじいさんはいなかった。
僕はお孫さんと一緒にモノリスを見にいった。
そこで祈るように目を閉じて両手を合わせ、お眠りくださいと祈った。
おじいさんはきっと心配だったのだろう。
そして自分にできることをやろうということで、僕に声を掛けたのだろう。
今日はモノリス祭だ。そういう不思議な現象が起きる可能性は、十分過ぎるほどにある。
おじいさんは、一年前のモノリス祭の日に、死んだのだそうだ。
その日に、一緒にモノリス祭に行く予定だったお孫さんは、今年はお祭りになんか行きたくないと思っていたらしい。だが、おじいさんに呼び出されたのなら、いかない訳にもいかなかったのだろう。
夜になると、人も増えてきた。
立ち並ぶ屋台。打ち上げられる花火。お祭りの優しさ。お祭りの激しさ。お祭りの力。
そんなものが蔓延する空間で、僕らは歩いていた。
おじいさんの姿を、探すようにして。