勇者と魔王の追いかけっこ~俺は諦めないからな!~
目が覚めると俺を中心とした半径二メートルを残して、何もない荒野になっていた。
俺がもたれ掛かって寝ていた木も、二メートルの幹を残して上が無かった。
俺を中心点に結界を張って寝ていたからだ。
寝てる間に何があった?
寝る前は森だった。
深く生い茂った森の木々は背が高く 空を覆い、闇を深くしていた。
夜行性の鳥や獣の鳴き声が時折聞こえ、川の水が流れる音も聞こえていた。
ーーなのに今は何も無い。
草1本生えてない。
どれだけぼ~と立っていたのか、俺の腹がぐぅぅと存在を主張した事で此処に居ても仕方ない事に気付いた。
荷物の中から簡易竈と鍋と野菜スープを取りだし、生活魔法で火を点けるとスープを温めてから、パンを取りだし朝御飯にした。
腹が満たされると、荷物を纏めて俺は目的地に向かう事にした。
目的を果たす為、魔力の回復をしたくて目的地の直前で休んでいたのだ。
目と鼻の先に目的地があったはず何だが……遠くに山が見えるだけになっている。
てくてくと道すら無くなった道を歩く。
暫くして俺は足を止めた。
其処から先は、地面すら無くなっていた。
いや、あるんだが……半円球状?に抉れていた。
二年前に行った王都が簡単に収まる大きさで、抉れていた。
本当に何があった?
ーこの抉れた場所が俺の目的地だったー
ちょうど二年前。
ブリケスタ王国の都 「トリジェスタ」で三年に1度の闘技大会が開かれていた。
俺も参加して、見事にベスト3に入った。
良い結果を残して御偉いさん方へ覚えてもらい、ベスト3迄に入れれば厚待遇で騎士団入り出来る。
其れを目標に剣技を磨いてきた。
俺は目標だったベスト3入りを果たしたのだが、その後が悪かった。
いや、悪いとかじゃないんだが……イベントと化していた「岩に突き刺さった聖剣を抜く」=「抜いた者は勇者」
聖剣は何の抵抗も無くするりと抜けた。
…………俺の手で
国は諸手を上げて俺を勇者として扱い、国中に「聖剣に選ばれし勇者現る」と触れをだし、街中でお祭り騒ぎになった。
俺だって、ちやほやされて悪い気はしなかった。
流されるまま、俺の仲間として選ばれた3人と供に旅に出た。
途中迄は良かった。
4人の中で1番未熟者だった俺だけど、剣技も魔法もぐんぐんと上達していった。
パーティーのリーダーとして遜色無く立てていると自信もついてきていた。
だが……旅が進むにつれ、当然魔物は強くなっていった。
最初の頃は一騎当千の如く戦っていた。
和気藹々と進む事が出来た。
仲間内でふざけあったり、泣いた事も、笑った事も楽しい思い出だ。
其れが変わったのは魔族領に入ってから、魔物のレベルが一気に上がったのだ。
一騎当千の戦いからパーティー戦へ
怪我を負う回数も増え、魔物の街には入れない為 野宿が当たり前になり……其れでも、俺達は励まし合い進んだ。
限界だったんだ。
魔王の居城がある街の手前
魔王の側近と言う魔物が治める砦で、三日三晩戦い、満身創痍の俺が振り返った時には誰も居なかった。
壁にナイフで貼られた手紙を残して、3人は消えていた。
『これ以上は戦えません。悪いとは思いますが、足手纏いにしかならないので王都へ戻ります。御武運を』
聖剣を杖がわりにやっと立っていた俺は、その場に泣き崩れた。
泣いて、泣いて、そのまま一夜を明かした。
結界も張らずに
魔物に喰われるならそれでも構わないと本気で思っていた。
何も無いまま朝を迎えた。
回復した魔力で傷を癒し、進む。
勇者の俺が戻る事は許されていないんだと気付いた。
盛大に送り出された時の、街の皆の期待に満ちた目が……「魔王を倒せ」と無言の圧力となってのし掛かってきた。
行きたくないとごねる足を無理矢理前へ出す。
そして、何も無い今に至る。
…………良く見ると、抉れた円の中心に黒い点が見える。
遠すぎて其れが何なのかは分からない。
分からないからこそ行くしかない。
……行くしか道がないとも言うな、何か今の状況が分かるものなら良いんだけど、何も分からんかったら帰っても良いのかな?行ったら魔王の街全て無くなってました~。あはは。じゃ許されないかな?例え許されても、俺の扱いに困る、か。
なんか、もう、どうでも良くなってきた……気がする。
俺は半ば滑るように下り坂となった地を、中心に向かって下りていった。
黒い点は遠い為、再びてくてくと歩いて行く。
少しずつ点が大きくなっていく。
てくてく、てくてく、何か四角い物?
てくてく、てくてく、えっ いや、まさか……ね?
てくてく、てくてく、…………何で、天蓋付きのベッド?
あ~、そうか俺はまだ寝てるんだ。
此れは夢、夢の世界だったんだな!
うんうん、と一人で納得し自分の右頬をつねった。
……痛い。
……地味に痛い。
「あ~!やっと来やがった!待ちくたびれたぞ~。勇者!」
「!?」
誰も居ないと思っていた所に声をかけられ、驚きで心臓がバクバクと煩い。
天蓋付きのベッドから「よっ!」と起き上がり出てきた男は、俺に向かって軽く手をひらひらさせニヤッと笑って見せた。
未だに心臓は煩い。
何せ男の頭には2本の立派な赤い角が生えており、立ち上がった瞬間、男の背中から大きな黒い翼が広がった。
服は、パジャマだけど。
男から溢れでる魔力が何者なのかを嫌でも知らせてくる。
ーーーー魔王
俺の頬を冷や汗が流れ落ちる。
パジャマ姿だけど。
俺はゴクンッと唾を飲み込み、魔王に話しかけた。
「な、んで俺が勇者だと、知ってる?」
俺の言葉に魔王がきょとんとした顔をする。
「何でって、お前が持ってる剣、聖剣だろ?バンバン聖気飛ばしてて主張激しすぎ~。嫌でも分かるって。」
ひらひらと手を振り、嫌そうに顔をしかめて言う。
何か……軽い。
俺の想像していた魔王と違い過ぎる。
白い(多分、シルク)パジャマだし!
俺は気を取り直す為、深呼吸をし質問した。
この男が本当に魔王なら、答えられるはずだ。
「教えてくれ、この場所には街も城もあった筈だ。何故、何も(ベッド以外)無いんだ。」
魔王はあからさまに目を反らすと、頭の後ろで腕を組み更に下手くそな口笛を吹き始めた。
何があってこうなったのかは分からないが、明らかに原因は魔王だ。
「犯人はお前だ!」
と、指を突きつけて言ってやりたい。
「…………。」
無言で、ジト目で、見つめ続けた。
魔王は大きな溜め息をつくとベッドの縁に腰掛けると、自分の隣をポンポンと叩き、手招きする。
…………俺に隣に座れ、だと!?
俺は近づくだけに留めて、話すように促した。
何時でも聖剣は抜けるよう警戒は怠らない。
あ~、本当に心臓が煩い。
俺がベッドに座らなかったのが気に入らなかったのか、魔王は眉間に皺を寄せた。
「いきなり襲ったりしないっての~。な~んか、毛を逆立てた子猫っぽい!可愛いなぁ、勇者!」
…………何、言ってんだ。こいつ。
目も頭も可笑しいのか?
未だパジャマだし!
魔王の威厳とか0%だ。
いつの間にか、背中の翼が消えていた。
……邪魔だったのか?なら、最初から出すなよ。
「で、この状況の説明は?」
魔王は後ろ手にベッドに手をつくと、体重を掛け足を組んだ。
……偉そうだな。偉いんだろうけど……。
「君が聖剣抜いた時から、その存在はずっと感じてたわけ。楽しみにしてたんだ~。勇者と戦うの。」
「……はぁ、」
「段々と近付いて来るだろ?で、昨日とうとう街に入るか!ってなったけど、残念ながら君は結界張って街の外で一夜を明かした。」
「……それで?何でこうなる?」
魔王はチラッと俺の顔を見て視線を反らした。
凄く言いづらそうに……。
「俺にも多分、そうなんだろうなとしか言えない。無意識だったし……。その、なんだ……。」
「はっきり言ったらどうだ。」
「……本当に楽しみにし過ぎたんだ!で、夢に見た!勇者と俺が派手にバトルする夢を!」
「…………。」
「結果!魔力が暴走!目覚めたら街消滅!以上!!」
ふんっ!と握り拳で言ってやったぜ、みたいな魔王。
有り得ない。
夢でバトッて魔力暴走って、魔法習いたての子供じゃないんだからさ……魔法に長けた魔族の王が……やるか?魔力暴走……。
憐れだ。
下らん理由で街ごと滅ぼされた魔族が……。
はぁぁぁ~。
俺は大きな溜め息をつくと聖剣を鞘ごと外した。
本当にどうでも良くなった。
…………辞めよう。
今日で、勇者を辞めよう。
それが1番良い様に思えた。
この魔王を相手にするのは、物理よりも精神的にキツイ気がする。
何か問題が有れば国が動くだろう。
俺はたまたま、剣を抜いちゃった一般市民だ。
姿を変えて、違う国にでも行って静かに暮らそう。
そうと決めた俺は、ベッドから少し離れた場所に思いっきり聖剣を突き刺した。
無造作に鞘も投げ捨てた。
それを見た魔王が慌てた。
「えっ、えっ?何しちゃってるの?聖剣無しで俺と戦うの?何か、投げ遣りになってない?怒ってる?ねぇ、怒ってるの!?」
俺はゆっくりと魔王の方へ向き直ると言ってやった。
「怒ってないし、お前とも戦わない。今を持って、勇者を辞めた!」
「ええええええええ!?」
魔王が驚き過ぎて、大きく口を開けた状態で固まってしまった。
「うん、宣言したらスッキリした。肩の荷が降りたって感じか?」
俺はその場で大きく伸びをした。
ついでに首もコキコキと動かした。
「そんなんで勇者辞められるわけ!?良いの?いろいろ背負ったものとかあんじゃないの!?」
「無いね!剣抜いただけだし!聖剣持ってる奴が勇者なら、聖剣捨てて持ってない俺は勇者じゃない!!」
「うわあぁ、それって屁理屈?」
ふんっと鼻を鳴らして俺はそっぽを向いた。
……俺も大概だな。
きっと、此処に来るまでにいろいろ溜まってたんだ。
もう、仲間も居ないぼっちなんだし。
文句言える奴は此処にはいない。
……俺は自由だ!!
此処に居続ける理由も無くなった。
今の俺の装備は国から貰った「ザッ勇者」といった一式を着ていた。
「魔法耐性」やら「状態異常無効」やら、色々とスキルが付きまくった金色の目立つ装備だ。
正直
「えっこれ着るの?嘘でしょ!だっさ!」
と思っていたから、脱ぐのに未練は無い。
その内、こっそり国の宝物庫に返しとけば良いだろう。
俺は左腕に着けていた腕輪を弄る。
登録しておいた服に瞬時に着替えられると言う便利グッズだ。
御高いんでしょう?でも今なら7着迄セット可能なんですよ?
の逸品。多分。
此れの凄い所は、実は髪だと思ってる。
長髪でセットして、その後 髪を切ったとする。でも、セットした服に着替えると長髪に戻ってる。
早速、セットしてあった服に着替える。
一瞬光に包まれた後には、何処から見てもそこら辺に居る街娘にしか見えないだろう。
短髪だった髪もポニーテールになって俺の後ろでゆらゆら揺れている。
ひとしきり姿を確認してから魔王の方を見たら、至近距離に魔王の顔があって無意識に一歩後ずさった。
いつの間に!?
「うんうん、やっぱり女の子だったんだね~。此処とか、ちょ~~俺好み!」
と、無造作に俺の左胸を!?
全力で叩き落としにいったが、軌道を変える事無く掴まれた!
モミモミ……。
「揉むな~~~!!」
両手で引き剥がしに掛かるが、ビクともしない。
くそっ!変態だったか!
「ごめんごめん、つい。」
ついで揉まれて堪るか!!
魔王が両手を上げて軽く謝ってきた。
俺は両腕で胸をガードしながら、魔王……いや、変態から距離を取った。
「いや~、会った時から良い匂いしてたから、女の子なのかなぁって思ってたんだよね?」
やっぱ変態!
「俺の好み過ぎてちょ~びっくり?」
胸が好みです。と言われて喜ぶ女はいない!
死ね!変態!
勇者辞めるの早まったか!?
「と、兎に角、俺はもう行く。此処に用は無くなったからな!この姿なら誰も俺が勇者だとは気付かないだろうし!じゃ!」
「あ~、待って、待って、元勇者!」
転移で何処ぞの港町にでも行こうとしていた俺を魔王が引き留めた。
……無視すれば良かったのに、素直に待ってしまった俺は阿呆だ。
「俺も魔王、辞めるわ!」
「はあぁ!?」
聞き間違えか?
マオウ、ヤメルワ…………うん、魔族語かな?魔族語だな。
「ちょっと待ってろ~。」
言うや、魔王が自分の角をむんずと掴んだ。
そのままポンッと角が……取れた。
呆然と魔王を見ていると、取れた角を俺が刺した聖剣の側に投げ捨てた。
「此れで良し!!」
「何がだ!?ってか、角取れるの!取れる物なの!?」
角も翼もない今の魔王は、只の青年にしか見えない。
パジャマ姿だけど!
「勇者にとっての聖剣が、魔王にとっての角だったの!あの角着けた奴が魔王だってだけ。だから、此れで俺も魔王じゃない!!」
えっへん!と腰に手を当て胸を張る元?魔王。
あ、開いた口が塞がらない。
いや、さっきの俺の「勇者辞める」発言した時の魔王の行動と同じか……。
なんか嫌だな。
頭をブンブン振って気持ちを切り替える。
「お、俺が暫く経っても国に帰らなければ、この場所に人間が来るかも知れないんだぞ?角が人間の手に渡るかもなんだぞ!?」
元魔王もなんかスッキリした顔で、俺を見て頷いた。
「構わないさ。素質が無ければ着けた瞬間干からびて死ぬだけだから。」
「ほぼ呪いじゃないか!!」
俺の言葉に、元魔王は目をパチパチさせてから良い笑顔で笑った。
「あはは!その通りだ!魔王は呪われてる!言われてみればさぁ、此れ着けてから何をしても満足出来なくて、ずっとイライラムカムカしてたんだよね?そっかぁ、俺呪われてたんだなぁ。元勇者のお陰で俺もスッキリしたわ。」
そっか、魔王って呪われてたのか~。可哀想だな~。
なんて、思うか!
街消滅させた事実は消えない!
俺の胸揉んだ事実も消えない!!
そして、変態なのは呪いではない!!
「じゃ、もうこの場に勇者も魔王も居ないって事で……。」
「うん。そう言う事だから、てぇぇぇ!もう転移して居ねぇ!だが、甘いわ!元勇者ちゃん!!」
ストッと、木々が生い茂る森の中に俺は転移した。
結構な距離を移動した為、かなりの魔力を持っていかれたが仕方無いだろう。
なにしろさっきまで居た魔王の城が有る筈だった大陸と今居る大陸は別だから。
此処は俺が勇者になったブリケスタ王国が有る大陸。
そのブリケスタ王国の端っこにある港町の、直ぐ側の森の出入り口付近だ。
この港町から魔王の大陸とも違う大陸に船で渡ろうと考えている。
「先ずは、冒険者登録のやり直しからだな。うへぇ、面倒臭い!」
勇者時代のギルドカードをそのまま使ってしまえば、勇者は此処に居ますよ~と教える事になる。
魔王の街が無くなって、聖剣だけがその場に残ってるんだから、俺は魔王との戦いで亡くなったと考えられるだろう。
そう思ってもらわないと困る。
「でもなぁ、また薬草採取からとかめんどくせぇ~。」
「あはは、女の子なんだからもうちょっと言葉使い可愛くした方が良いんじゃない?」
「それは分かるんだが…………えっ?」
「あはは!捕まえた~!」
俺が振り返るより速く、後ろから抱き締められた。
「なぁぁぁ!?」
「言ったでしょ~。めっちゃ俺好みだって!逃がさないよ?」
「ななななんで!どうしてこの場所が!?」
「あれ?気付いてなかった?胸揉んだ時にちょっと俺の魔力をね……。動物のマーキング的な?」
何処にしてくれてんだ!!変態め!!
くっそ!
腕、離れろ~~~!!
「うん、やっぱ元勇者ちゃん良い匂いする~。」
髪の匂い嗅ぐな!変態!
大いに不本意だったが、前に逃げようとしていた身体を元魔王の身体に密着するように押し付けた。
「おっ!」
一瞬出来た腕の緩みに、すかさずしゃがむようにして元魔王の腕からの脱出に成功する。
そのまま、駆け出す!
走りながら、元魔王に付けられたマーキングも自分の魔力で上書きして消してしまう。
此れで後は転移すれば!!
「無駄だって~。もう、元勇者ちゃんの魔力覚えたからね?何処に飛んでも追い付くからね?」
走りながら振り返れば、笑いながら元魔王が追いかけて来ていた。
あ、パジャマじゃない!
嫌、もう服装とかどうでも良いし!!
「追いかけてくるなああああ!」
「いやいや、逃がさないって言ったじゃん!あと、逃げられれば追いかけるでしょ?習性として!」
そんな習性人には無い!!
犬か!?
変態元魔王犬か!?
「逃げられないんだから諦めて!二人旅……うん、新婚旅行と洒落込もう!!」
「い~~~や~~~だ~~~!?」
…………結論から言おう。
俺は元魔王に捕まった。
転移も試した。
本当に付いてきやがった……。
その後はもう、がむしゃらに走って走って走りまくって力尽きた所を捕獲された。
今は元魔王の言う新婚旅行の真っ最中。
結婚した事実は無い!!
無理強いしてこないのだけが救いだ……。
だが、俺は諦めないからな!
要は魔力と匂い(匂いでも追いかけられるとか抜かしてきた!)を遮断出来る様になれば良いんだ!!
なって見せる!絶対に!!