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第74話 お正月

作者: 山中幸盛

 昨年の暮れに、

「座ぶとんを押し入れから出しといてぇー」

と、わが家の階段が急勾配のせいもあって一年ほど前から二階に上がることをしなくなった、本年で九十歳になる母が勅命を下した。

「メンドクセーなー」

 舌打ちしながらも、長男で忠実な下僕である幸盛は、二階の押し入れの上段から三枚の座ぶとんと、それらしき直方体の布団袋を二つ引っ張り出す。座ぶとんは布団袋に五枚入っているので合計十三枚を一階まで運んで積み上げるが、極厚で立派すぎて崩れてしまうので二山に分ける。

 毎年元旦には、女帝たる母の三人の子と、その家族どもが集まって来て全員そろえば二十人になるが、幸盛の三男と甥一人が仕事のために欠席するとのこと。家が手狭なこともあって幸盛と年嵩女衆は台所に陣取るし、二歳未満の幼児が三人いるので、十三枚もあれば、まあ、足りるだろう。

 ということで、「北斗」の平成二十六年四月号で書いた築五十年になる『老朽家屋』の一階和室二間の床はまだ抜けずに頑張っていて、(幸盛が床下に潜って応急処置した甲斐あって)二年が経過した現在もまだどうにかトランポリン状態からは免れているという次第。


 全員が揃うのは夕刻になるが、幸盛の長男夫婦と一歳九カ月になる初孫の忠佐ただすけが、ちょうど昼飯時に第一陣として到着した。昼飯はまだ食べていないというので、そんなこともあろうかと朝に余分目に作っておいた特製オリジナル汁の中に、切り餅六個と白菜とモチ菜を大量にぶっ込んで二人に振る舞い好評を博したが、さて、問題は忠佐だ。

 両手を差し出すと、しがみついてくるので可愛いったらありゃしない。すると以前のように玄関の方を指差し、あっち、と外出を強要する。まだ歩けないときは、車が頻繁に通る道路まで出て行けば車を一台一台顔で追って飽きることがなかったのに、この日は違った。立ち止まるとさらに、あっち、と先に進むことをご所望なされる。

 体重は標準より軽くて九キロというが、それでも抱っこして歩いていると両腕から肩・腰にくるので作戦変更を余儀なくされた。一旦家に戻り、忠佐に靴を履かせ、幸盛はコルセットでしっかり武装してから近所の児童公園を目指す。

 徒歩五分で到着して地面に下ろすと、忠佐はトコトコと歩いてすべり台に向かう。しかしそこには先客がいて、孫とおじいちゃんといった二人組が鬼ごっこをしていて昇ったり降りたりを繰り返している。ヒーヒー喘ぎながら小学校低学年らしき孫を追いかけているおじいちゃんに声を掛けた。

「お互い、正月から大変ですなあ」

「まったく、体力がもちませんわ」

 その言葉通りで、まもなく、音を上げたおじいちゃんに孫が同情したようで、その二人組は公園から出て行った。

 さあ、忠佐の番が来た。ハシゴを使って上に昇るのはまだ無理なので、幸盛が忠佐を持ち上げてすべり台の途中に乗せてやると、こわごわと下まで降りてくる。すると、もう一度、と、忠佐は黙って両手を幸盛に差し出す。これを十回以上繰り返し幸盛の両腕が痙攣し始めた頃に救世主が現れた。遠慮してブランコに乗っているが、明らかにすべり台で遊びたがっている小学校低学年とおぼしき男女五人組だ。

「あの子達と交替してあげようよ。おじいちゃん疲れたで、もう帰ろう」

 忠佐を抱き上げ、すたすたと公園の出入り口に向かうと案の定、五人組はただちにすべり台に移動してキャッキャと騒ぎながら上り下りを繰り返し始める。

 納得しないのは忠佐だ。身体をすべり台の方にねじ曲げて戻れとゴネる。仕方ないので、すべり台の終着点のあたりの地面に降ろし、じゃまにならないようにその都度忠佐を抱き上げながら携帯から長男に電話する。

「限界だあ、助けてくれぇー」

 迎えに来てくれた長男に、忠佐を持ち上げてフェンス越しに差し出すと、忠佐はすんなり父親に抱きついた。やれやれ、役立たずを問答無用で切り捨てる冷酷非情な初孫だ。


 全員が揃ったところで恒例の新年宴会が始まった。十年以上前からカニ鍋が定番になっているが、本年は『聞く耳を持たぬ』幼児が三人もいて危険なので、鍋を一つ減らして二つの卓上コンロを囲んだ。幸盛にとっての二人目の孫であるのぞみちゃんはまだ十カ月の女の子だから抱くとふにゃふにゃで、忠佐とはまたちがった可愛らしさがある。そして誰も火傷することなく一大イベントは無事終了した。


 それはいいが、翌日から幸盛の両肩が上がらなくなったので、低周波治療器の世話になり続けた。物を握る力も損なわれ、新品のペットボトルの蓋を回すにも、長袖シャツを着るにもままならぬ身体になってしもうた。そんなこんなで一階の和室に積まれた座ぶとんを見ないようにしていたが、一週間が過ぎた今日、痺れを切らした女帝がついに勅を発した。

「天気が良い日にベランダで干したいで、座ぶとんを二階に上げといてぇー」


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