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8 フェネオンの十二の魔本

【第八話 純白の魔法使い 後編】


 1


 月が陰り、辺りはいっそうと薄暗さを増している。

 寄せては返すさざ波の音が響く浜辺。

 そこでは鏡子・三太郎とエルネスティーネ・茜の二組が互いに距離をとって向き合っていた。


「では始めましょうか」


 そう言ったのはエルネスティーネ。

 同時に鈴原茜が術符を取り出す。

 この姉妹のような関係の二人は、魔本争奪戦において共に戦い抜くことを誓っており、その数的優位をもって鏡子に当たらんとしていた。


「ふん、望むところよ」


 鏡子の口から卑怯という言葉が出ることはない。

 魔法使いにとって勝利こそが最優先とすべきこと、それを鏡子も重々承知しているのである。

 とはいえ、二対一ではやはり分が悪い。

 そこで鏡子はある一手を打つ。


「私はエルネスティーネと戦うわ。あなたは鈴原さん……あの小さい方をお願い」

「俺は戦わんぞ」

「え?」


 しかめっ面を崩さずに腕を組んだまま、その場から離れる三太郎。

 戦うのが当然であるかのような流れにもっていき、対魔法使い最終兵器である三太郎を巻き込むのが鏡子の作戦であったが、それは敢えなく失敗した。

 まあ、これは鏡子としても予想の範疇であったが。


「ホーリーアーマーッ!」


 掛け声と共にエルネスティーネの全身を、真っ白いゴツゴツとした魔力の鎧が包み込んだ。

 その後ろでは茜が札へ魔力を通し十羽の炎の鳥を喚び出している。


「こっちもとっておきを使わせてもらうわ!

 我を喰らえ侵食の杖!」


 鏡子が小さな木の枝にしか見えない杖を取り出し、魔力を注ぎこむ。

 すると杖は突然何本にも枝分かれし、太く大きく成長しながら鏡子を覆っていく。

 侵食の杖とは、使用者の魔力を餌に絶大的な身体能力と防御力を与える樹木の鎧。

 鏡子にとって諸刃の剣ともいうべき、まさに奥の手であった。


「いきますわよ!」

「来なさいっ!」


 砂煙を巻き上げて疾風のように駆けるエルネスティーネと、それを迎え撃つ鏡子。

 互いに格闘を旨とする魔法使い。重厚な音が途切れることなく響き、また炎の鳥が鏡子の樹木の鎧を焦がす。

 やがて数十もの打ち合いの後、明かに分が悪いと判断したエルネスティーネは、茜の援護を受けながら防御に徹することにした。

 彼女は鏡子の弱点を見抜いていたのだ。

 侵食の杖による驚異的なブースト。

 しかし、それは瞬発力があっても持久力が足りない。

 ただ耐えるだけで、鏡子は自滅し、勝利は自ずと手の内に転がってくるのである。

 だが、もちろんそんなことは鏡子も百も承知。

 それ故に、隙を見ては格下である茜を狙った。

 そして――。


「はぁっ、はぁっ、もう勝負はつきました」


 荒い息を吐き出す、全身ボロボロといった様子のエルネスティーネ。

 しかし、立っていたのはそのエルネスティーネであり、膝をついているのは魔力が枯渇し鎧が解かれた鏡子であった。


「さあ魔本をお渡しなさい」

「くっ……」


 もはや打つ手はない。

 鏡子は観念したように三冊の魔本を取りだし、地面に置いた。

 それをエルネスティーネから指示を受けた茜が拾い上げ――彼女は大きく笑った。


「ケヒッ! ケヒヒヒッ!」


 口角を大きく釣り上げて肩を震わせる茜。

 それは、あまりにも不気味な笑い方であった。


「あ、茜……?」


 普段の茜からは考えられない奇々怪々とした様子に、エルネスティーネはギョッとした。

 すると茜は、コートのポケットから新たに二冊の魔本を取り出し、計五冊の魔本を空に放って叫ぶ。


「出でよ、封印されし我が同胞!」

「な!?」


 エルネスティーネは茜の行動に驚きつつも、これは尋常ではない事態であると判断し、一瞬でその場から距離をとった。


「うわわわわわわ!」


 一方、痛む身体を押して恥も外聞もなく大地を這いずるのは鏡子である。

 彼女は滑稽ともいえる動きで、見事に三太郎の後ろをポジショニングすることに成功した。


 そんな中、茜を囲むように宙に浮かぶ三冊の魔本と、力無く地に落ちる二冊。

 そのうち三冊の方からは真っ黒い霧が噴き出し、それが悪魔の肉体を形作った。

 三匹の悪魔がここに顕現したのである。


「んんんー? ヒュドラに加えてイフリートも倒されちゃってるんですかー?

 これは意外や意外!」


 これまでとはガラリと変わった調子で話す茜。

 それを聞いて、何が起きているのか察したエルネスティーネが睨み付けるように言う。


「貴女、茜じゃありませんね?」


 魔本は全部で六冊、されど今ある魔本は五冊。

 残りの一冊は茜のポケットの中。

 茜が何者に取り憑かれているかは明白であった。


「そうでーす! 私はインキュバス! 魔本の悪魔どぅえーす!」


 くるりと回って陽気に自己紹介する茜――の姿をしたインキュバス。

 突きつけられた事実に、エルネスティーネは眉をしかめる。


「一体、いつから茜の体にいたのですか」

「うんん、完全に支配したのは麻宮鏡子と合流する少し前ってところですかねぇ!

 最初に鈴原茜が本に触れた瞬間から、徐々に意識を奪っていったんですよぅ」

「今になって姿を見せたのは」

「だってこれで魔本は六冊。お姉様はもう学院にお戻りになるつもりでしょう?

 全体の半分を手に入れてるんだから、最悪でも同点。セレスさんと戦う危険性を考えたら、今帰るのがベストですもんねぇ」


 インキュバスは茜の記憶も支配している。

 だからこそ、セレスの何者も寄せ付けない強さを理解していた。


「どうです、当たってるでしょう? お・ね・え・さ・ま!」


 からかうように、自分の考えを披露するインキュバス。


「茜の顔で私を姉と呼ぶな!

 さっさと茜の体から出ていきなさい!」

「それ、おとなしく聞くと思いますぅ?」


 あどけない顔をした茜には似合わない妖艶な笑みをインキュバスは浮かべた。

 顔に怒りを滲ませて構えるエルネスティーネと、余裕綽々といった様子のインキュバス。

 するとそこに、インキュバスの余裕の源である悪魔達が口を挟んだ。


「オイ、モウイイダロ」


 人の形をしているが、頭を除いた全ては蛇が連なって肉体をなしている蛇の王――ザッハーク。


「グルルゥ。腹ガ鳴ッテタマラン。サッサト飯ヲ食ワセテクレ」


 象の姿でありながらも、人間のように二足でしかと大地に立つのは、体長五メートルを超す怪獣――ベヒモス。


「ブフゥー。暴食ノベヒモスヨ、ゴ馳走ノ独リ占メハ許サンゾ」


 三メートルの巨躯に超絶の力を秘めたるは、大斧を振るう牛頭の巨人――ミノタウロス。

 顕現した悪魔達が上等な“餌”を前に黙っていられるわけもなく、早く食わせろと言わんばかりに前に躍り出たのである。


「でもでもぉ、あの魔力のない人間だけは気を付けてくださいねぇ?

 何か未知の“かがくへいき”を持ってるぽいですからぁー。

 ヒュドラもそれで――」

「ああ、もういいぞ」


 インキュバスの忠告が終わるより早く、砂塵が舞った。

 次いで空に上がるのは真っ赤な雨と二つの絶叫。

 一瞬のことであり、また夜の闇と砂煙はその場にいる者達の視界を十分に塞いでいたため、当事者を除いては何が起きたのかうかがい知ることはできない。

 しかし、“血”を吸った砂煙は粒と化してその身を大地に落とし、辺りはすぐにも晴れ渡る。

 そこにあったのは腹を引き裂かれ倒れ伏したミノタウロス。

 さらに両足を破壊され、大地に倒れるベヒモス。


「え……?」


 インキュバスが呆気にとられる中、三太郎がベヒモスの頭を蹴り飛ばし、それは風船のように破裂した。


「……キサマッ!」


 誰よりも早く我に返ったのはザッハーク。

 その全身から蛇が触手のように蠢き、三太郎へと襲いかかった。

 ただの蛇ではない。

 それは全て猛毒を持った毒蛇。

 加えて、蛇一匹で樫の木すら易々と砕くほどの締め付ける力を持っており、どんな魔法使いであろうとも幾重にも絡みつかれてはミンチになる他に道はないだろう。


「また蛇か。芸がないな」


 だが三太郎は違った。

 拳一閃。

 毒蛇に全身を巻かれながらも、三太郎は悪魔を地面に叩きつけ、その顔面を潰した。

 浜辺の砂が再び嵐のように巻き上がる。

 既に悪魔は死に、後はその肉体が魔素と化し空気に消えるのを待つだけであったが、相手が蛇であったため三太郎は執拗に攻撃を続けた。

 蛇が連なってできたザッハークの肉体を、余すことなくその拳にて潰していったのだ。

 それは、つい先程まで不死の蛇であるヒュドラと戦っていたが故の行動である。


「え? え?」


 何が起こっているのか、未だ状況を把握できないインキュバス。


「あ、悪魔……」


 鏡子は、ザッハークが死してもなお攻撃を続けるという三太郎の所業に恐れおののいた。

 呟いた悪魔という言葉は、ザッハークではなく三太郎を指したものである。


 やがてザッハークの肉体はその全てをペースト状にされ、黒い霧となって闇夜に消えた。

 三太郎は立ち上がり、次の獲物へと目を向ける。


「さあ、残るのはお前一人だ」

「ひっ、ひぃ……」


 茜に取りついているためか、それとも元々の性格ゆえか、この時のインキュバスは人間に近い感情をもっていた。

 圧倒的恐怖。

 彼女は尻餅をつき、涙と鼻水を垂らしながら無様に後退った。


「――死ね」


 死の宣告と共に、三太郎の腕が振り上げられる。

 そして――。


「待って!」


 突然の叫び声に三太郎はその動きを止めた。

 三太郎が横目でもって声の主を見る。

 そこには、真っ白い鎧の左前腕部を黒々とした砲身に変えて、三太郎へ標準を定めるエルネスティーネの姿があった。


「茜はまだ生きてます! だから殺さないで!」


 エルネスティーネは必死な面持ちで三太郎に哀願した。

 その願いを聞き入れて貰えない時には、三太郎へ攻撃を仕掛けるつもりであった。

 その様子を端から見ていた鏡子は思う。

 そんな願い、この悪魔(三太郎)が聞くわけないだろ、と。

 しかし、その予想は外れることになる。


「助けるにはどうすればいい?」


 三太郎は、未だ腰を抜かしているインキュバスから目を離すことなく、エルネスティーネに尋ねた。

 これに鏡子は耳を疑った。

 あまりの驚愕に「え……なんで……?」と思わず呟いたが、その疑問に答える者はいない。


「本です! 魔本さえあれば、悪魔の本体を茜と引き剥がせます! 茜のコートの左のポケットに本が!」


 すると三太郎は素早い動きでインキュバスを押さえ込み、ドレスコートのポケットをまさぐった。

 大の男が少女を暴行しているようにしか見えない絵図。

 うわあと思ったのは鏡子である。

 そして、三太郎の手に取り出された一冊の魔本。

 それはくるくると回転して、エルネスティーネに投げつけられる。


「ありがとうございます!」


 エルネスティーネは見事に魔本を捕まえて、魔力を注いだ。


「我、魔本の主なり! インキュバス! 我が身を贄とし、我の下に来い!」


 パラパラとめくれ上がり一ページが垂直に立つ。

 それこそが悪魔の化身たる一頁。


「あ、ああああああっ!」


 突如絶叫をあげるインキュバス。

 しかしここで鏡子はあることに気づいた。

 一度顕現した悪魔を再び呼び出すには、相応の代償がいる。

 それは魔法使い一人の魔力だけでは到底足りるものではない。

 ではどうするのか。

 先ほどエルネスティーネの、我が身を贄にするという誓約があった。

 その言葉通り、エルネスティーネは自身の肉体を犠牲に――つまりインキュバスを自身に乗り移らせるつもりであったのだ。


「エルネスティーネ! あなたが乗っ取られたら意味ないじゃない!」

「構いません! 私が倒れた時は私ごと悪魔を滅してください!

 さあ、インキュバスよ! 我が呼び掛けに答えよ!」


 エルネスティーネには覚悟があった。

 たとえ死しても、妹のように思っている茜を守ってみせるという覚悟が。


「オオオオオッッ!!」


 茜の口からは人間とは思えぬ声が吐き出される。

 さらに茜の体より黒い霧が噴出し、それがエルネスティーネの方へ向かい、その身中へと入っていく。


「ぐっ……」


 その身にインキュバスを宿したエルネスティーネは、魔本を取り落とし膝をついた。


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