7 フェネオンの十二の魔本
学生順位一位 セレス・ハシンタ・モレウス
学生順位二位 四堂 明
学生順位三位 エルネスティーネ・ローランス・ノワ
学生順位四位 麻宮 鏡子
学生順位五位 鈴原 茜
学生順位六位 ライン・イエフ
鏡子の学生順位について言及するのを忘れていましたので、貼っておきます
多分一話目あたりに追加すると思います
【第七話 純白の魔法使い 前編】
1
三太郎とヒュドラが壮絶な戦いを繰り広げる中、鏡子は新たな魔本を探して夜の街を駆けていた。
すると、その行く先からやってくる二つの影がある。
「あれは……」
鏡子はその二つの影に見覚えがあった。
一人は、黄金に輝くの髪をクルクルと縦にロールしたお嬢様然とした女性。
スレンダーな体躯に黒のドレスコートをたなびかせる、エルネスティーネ・ローランス・ノワ。
もう一人はエルネスティーネとお揃いの黒のドレスコートを着込む、小柄だけれど胸は大きい茶色いショートヘアーの少女、鈴原茜。
エルネスティーネは鏡子、セレス、ラインと同じく三年生。一方の茜は二年生。
茜はエルネスティーネをお姉様と呼び慕っており、またエルネスティーネも実の妹のように茜を可愛がり、この二人はいつも共にいる姉妹のような間柄であった。
そして何よりも重要視すべきことは、エルネスティーネは学生順位三位、茜は学生順位五位であり、彼女らが選ばれた六人の魔法使いのうちの二人であるということである。
つまり、ヒュドラに食われた三人は、選ばれた六人とは別の魔法使いということになるのだ。
学校の魔法使いには現在謹慎令が出ているはずである。
おそらくはそれを破り、街に出てきた生徒がいたのだろうと鏡子は当たりをつけた。
「あら?」
屋根の上で立ち止まる鏡子にエルネスティーネも気づき、互いに目配せしたのち、路上にて三者が邂逅する。
「ちょうどいいところにいらっしゃいましたわ。
今、私達は顕現した悪魔を封じに行くところです。
麻宮さんもご同行していただけませんこと?」
姿のみならず、その口調も良家の令嬢のように品があるエルネスティーネ。
「と、とんでもない、私は絶対に行かないわよ!」
鏡子は焦りをまじえて全力で、エルネスティーネの提案を拒否した。
その様子は、学校での毅然とした鏡子からは想像もつかない痴態である。
しかし、そんなことは気にもせず、エルネスティーネはさらに言う。
「このままでは無辜の人々に多くの被害が出ますわ。
残念ながら私と茜だけではあの悪魔には及びません。
ですが、三人ならばなんとかなるかもしれません。
だからお願いします。私達と共に来てください!」
それは街の人々を思いやっての真摯な願い。
鏡子は『こいつがあの男と出会っていれば、こんな混沌とした事態にはならなかったのでは』と思った。
「あそこにいるのはヒュドラ、不死の蛇よ。奴は魔法使いを何人も食べて、その魔力は満ち満ちているわ。
私達の勝てる相手じゃない、逃げるが吉よ」
「そうですか……ならばなおさら退くわけにはなりません」
鏡子からその無謀さを説かれても、あくまでもヒュドラと戦うと言うエルネスティーネ。
正直なところ、自分を含めた三人に三太郎が加われば、ヒュドラにも勝てるだろうと鏡子は考えていた。
三太郎という肉壁の後ろ、魔法使い三人でのんびりと封印術を施せばいいのだから。
するとその刹那――。
「え、これは……」
エルネスティーネは驚愕した。
みるみるうちに、悪魔の魔力が萎んでいくのが感じられたのである。
対して鏡子はこれが誰によるものかわかった。
そして恐怖した。
魔法すら使わず不死の悪魔を殺す、その力に。
魔の理を完全に凌駕している、その強さに。
魔法使いの歴史が、近いうちにあの男の手によって閉じられてしまうのではないかという漠然とした不安が、鏡子の心の奥底から湧き上がったのである。
「先に行くわよ、エルネスティーネ! 鈴原さん!」
「え?」
今、鏡子が考えるべきは自身の命。下手な疑いを持たれないためにも、一刻も早く三太郎の下へ駆けつけることだ。
そして、そんな風にいきなりやる気を出して走っていく鏡子に、エルネスティーネはやや尻込みした。
2
ところ変わって自然公園では、三太郎がヒュドラを滅せんとしているところであった。
既にヒュドラの身体は崩壊し、残すところは僅かに魔力が宿った小さな黒い蛇だけ。
そして、それすらも三太郎の手に掴まれて、その命は幾ばくもない状況であった。
「タ、助ケテクレェ」
三太郎の手の中でヒュドラは懇願する。
ヒュドラの目前にあるのは封印ではなく死。
不死の性質をもっているからこそ、ヒュドラは余計に死を恐怖した。
しかし、既に悪魔によって死人が出ているのだ。
三太郎に慈悲という言葉はない。
「グゲッ!」
三太郎はグジュリと蛇を握り潰した。
蛇は黒い霧となって霧散し、後にはもう何も残っていない。
すると、丁度そこにやって来たのは鏡子、エルネスティーネ、茜の三人である。
「……倒したのね」
鏡子の質問に三太郎は「ああ」と端的に答えると、そのままヒュドラが最初に現れた林の中へと足を進める。
三太郎の鼻は、血の臭いを嗅ぎ取っていたのだ。
その行動に合点がいった鏡子が後に続き、その後ろをエルネスティーネと茜が続く。
進むほどに濃くなる血と臓物の臭い。
そしてたどり着いた先には内臓を食われたがらんどうの三つの遺体と、一冊の本があった。
「むごい……」
そのあまりの惨状に口を押さえるエルネスティーネ。
その横では茜が呆けたように、亡骸を見つめている。
「こいつらは魔法使いか?」
三太郎は鏡子に尋ねた。
鏡子と共に来た二人が魔法使いであるならば、魔本を蒐集している六人という人数に合わないのだから、三太郎が不審に思うのも当然である。
「彼らは選ばれた六人ではないわ。ちょっと待って……」
鏡子はまずヒュドラの魔本を確保したのちに、遺体に寄った。
大きな傷もなく残っていた遺体の顔は、日本人の特徴のものが二つと、西洋人の特徴のものが一つ。
腰を落として、死体の持ち物を漁る鏡子。
彼女は、大地に横たわる彼らが魔法使いだと確信していたが、あえてなお調べる振りをしたのである。
そして遺体から出てくるのは、魔法使いに縁のある品々。
「……魔法使いよ」
ポトリと赤い水溜まりの中に透明なものが音をたてた。
――それは一粒の涙。
「おそらく、いてもたってもいられず魔本を探しに来たのね。
そして、あの凶悪な悪魔を相手に必死に戦ったんだわ……人々を守るために……ッ!」
ブワッと鏡子の目から熱いものが溢れた。
「私は……いえ、私達魔法使いはあなた達を誇りに思う……!」
鏡子は死体の腕をとってギュッと握った。
「麻宮さん……ッ!! ううっ……ッ!!」
それを後ろで見ていたエルネスティーネも感涙している。
すると、鏡子はチラリと三太郎の方を盗み見た。
「……」
三太郎は無感動に遺体を見つめているだけである。
鏡子は、まだ浅いかと内心で舌打ちした。
「取り敢えず認識阻害の術をかけて、上の者に連絡するわ。
私達にはまだやり残したことがある。彼らを弔うのは全てが終わってからにしましょう」
「ぐすっ、そうですね。全てが終わったら必ず弔いましょう……」
鼻水まで垂らしそうな勢いで泣いているエルネスティーネ。
それを横目で見ながら鏡子は『あの男もこれくらいちょろかったら楽なのにな』と思った。
そして鏡子が学校長へと連絡し、その後、四人は林の外へ出た。
「それで貴方は誰ですの? 見たところ魔力も感じませんし、“一般の方”とお見受けしますが」
林の外の草場にて、さてこれからどうしようか、というところで、エルネスティーネがずっと気になっていたことを口にした。
これに三太郎は、ピクリと本来眉がある場所の肉を動かした。
これまで這いつくばらされて靴を舐めさせられたり、劣等種と呼ばれたり、魔法使いからはろくな扱いを受けていないのだ。
だからこそ、エルネスティーネの口から出た“一般の方”という呼び名からは、人として当たり前の敬意を感じたのである。
三太郎がエルネスティーネの方を見れば、その視線には嫌悪や侮蔑といった負の感情は見られない。
「こ、この人は私の協力者よ!
魔力はないけど、一人で悪魔を倒すくらい凄いんだから!」
話をこじれさせて争いに発展させる事態は避けねばならない。
そんな考えの下、主導権を握るために話に割って入った鏡子。
「ふむ……未知の科学兵器かしら? でも何も持っているようには見えませんし……」
エルネスティーネは顎にてを当ててぶつぶつと呟く。
魔力を持たぬ者が素手で悪魔を倒すなんてことは、空に投げた石が落ちてこないくらいにあり得ないこと。
そのために、三太郎が素手で悪魔を倒したなんて可能性を一切考慮せずに、エルネスティーネは頭を働かせた。
「……まあ、いいですわ。それで麻宮さん、貴女は何冊集めましたか」
「ヒュドラので三冊目よ」
「私達も三冊集めました。茜、地図をお願いしますわ」
「……はい、お姉様」
ぼそりと呟いた茜が、地図を取り出して広げる。
鏡子はその態度を怪しく思った。
鏡子の記憶にある茜は『お姉様! お姉様!』とエルネスティーネを慕う、とても明るい少女であったはずだ。
とはいえ、ゆくゆくは魔本を争う敵になる相手であるから、心配などはしない。
「私が捜索したのはここからここまで。この範囲には魔本はないでしょう」
「私はここからここまでね」
茜が広げている地図に指を差すエルネスティーネ。
鏡子もそれに倣って、自身が索敵した場所を示す。
「ならば、後は南のC地区とD地区だけですわね。他の誰かが既に向かっていると思いますが、憶測での行動は危険です。
ここはC地区とD地区を共に見回った後に、互いの本を賭けて勝負するというのはどうでしょうか」
「それでいいわ」
鏡子が三太郎に目をやると、三太郎は何も言わなかった。それすなわち、勝手にやれということである。
おそらくは、エルネスティーネのやり方を今はまだ観察しようというのだ。
そしてもし一般人に害を及ぼすようなら――。
そこまで考えて鏡子はゴクリと喉を鳴らした。
「どうかなさいまして?」
神妙な顔をする鏡子を不審に思ってエルネスティーネが尋ねる。
鏡子は「何でもないわ、ほほほほほ」と誤魔化しながら、余計なことをしてあの男を怒らせるのだけはやめてくれ、と心の中でエルネスティーネに願った。
「それでは行きましょうか……えっと、そちらの方は……」
「俺のことは気にするな。後ろからついていく」
「そうですか。では……」
三人の魔法使いが先行し、その後ろを三太郎がついていく。
遅れずについてくる三太郎に、エルネスティーネはズボンの下が怪しいと睨んだが、今は考えることでもないとしてその思考を打ち切った。
そして一行はまずC地区を、次にD地区を探索するも、そのどちらにも魔本の反応はなかった。
「こうなると魔本は全て集まったと考えるべきでしょう。セレスさんや四堂君の実力ならば、それも当然といったところですが」
「そ、そうね」
セレスは三太郎の手によって既に亡き者となっている。
それを鏡子がこの場で言うのは憚られた。
エルネスティーネが三太郎を魔法使いにとっての敵性存在と認めて、争いになることを避けたかっためである。
「では、場所を変えましょうか。誰にも迷惑のかからないところで勝負といきましょう」
「……望むところよ」
生徒会長の席はただ一つ。
二人の持つ魔本が互いに三冊であるのならば、戦って決着をつけるしかないのだ。
四人は誰もいない夜の海岸へと向かった。