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6 フェネオンの十二の魔本

【第六話 蛇の悪魔】


 1


「――ええ、はい。ではよろしくお願いします」


 ピッ、と携帯電話の通話をきる鏡子。

 電話相手は学校長。

 その内容は火事の始末と、結界を張っている魔宝石の回収の依頼である。


「これで他の家に迷惑がかかることなく、この家の後始末がなされるはずよ。さあ、次の魔本を探しにいきましょう」


 鏡子があくまで平然をよそおって三太郎に言った。

 魔法使いの責任を言及されないように、極めて自然にやり過ごそうというのだ。

 すると三太郎が口を開く。


「……魔法使いってのは、あんな奴らばかりなのか?」

「そ、そんなわけないじゃない!」

「しかし、今まで会った三人は全員ろくでもない奴ばかりだったんだが」


 三太郎の言う、三人のろくでもない奴。

 はて、そんなにいたかな、と鏡子は考える。

 セレスにライン、後は……と考え、『あ、そうか私か』という結論に至った。

 そして自分がろくでもない奴の中に入っていることに、鏡子は狼狽した。

 それすなわち、魔本の件が終わったら自身は用済みとして消されかねない、ということであるからだ。

 何らかの功績をあげて、なんとしてでも己の立場の確保を成し遂げなければならない。

 そんな決意を鏡子は新たに誓った――その時のこと。


「――ッ! 悪魔が顕現したわ! こっちよ!」


 鏡子は身体にビリビリとした凄まじい魔力を感じた。

 結構な距離があるにもかかわらず心臓を鷲掴みにされているような感覚。

 イフリートの比ではない。

 これは、自分ならまず勝てないだろうことを鏡子はすぐさま悟った。

 本来ならば逃げなければならない相手。

 しかし、足は自然と駆ける。

 願わくば、もう一人の巨悪と同士討ちになりますようにと思って。

 やがて二人が辿り着いた場所は、環境保全を目的に作られた広い敷地を持つ自然公園だった。


「いるんでしょ、出てきなさい!」


 鏡子の呼び掛けに応じて木々の影から現れるその異形。


「ホウ、コレハマタ旨ソウナ魔力ダ」


 現れたのは、三太郎よりも一メートルは大きい巨人であった。

 体毛はなく、のっぺりとした顔に、真っ黒い眼球、穴が空いているだけの鼻と裂けるような口。

 また、何も身に付けていないその皮膚を鱗が覆っており、その姿は爬虫類を連想させる。

 しかし特筆すべきは異質な外見ではない。

 イフリートの倍はあろうかという膨大な魔力こそ、この悪魔の最も注目すべき点である。

 鏡子は、『なぜこれほどまでに魔力を?』と考えて、すぐにその答えに行き着いた。


「……何人食べたの?」

「グフフフ、三人ホドナ。旨イ腸ダッタゾ」


 その味を懐かしむように長い舌で口回りを舐めずる。

 すると二人の会話に割って入るように前に出る三太郎。

 その顔は修羅のごとき形相であった。


「待って、まだ話は終わってないわ」


 三太郎を止めて、鏡子は悪魔に語りかける。


「……あなたが食べた三人は魔法使いね?

 そうじゃなきゃ、今のあなたの強さの説明がつかないわ」


 魔法使いの内臓、特に心臓には魔力が詰まっている。

 そして精神体に比重を置く“魔にかかわるもの”は、他人の魔力を食べることで自身の魔力を増幅することができるのだ。

 いわずもがな、その増幅量には種族差が存在し、“魔にかかわるもの”であるからといって一概にその恩恵を受けられるわけではない。

 ※魔法使いの心臓……人は物質的である『肉体』と精神的である『心』の同一をもって動いている。魔力とは精神に強く関与するものであるが、人の肉体の根幹に引き摺られるように、体内の魔力を集約する場所も心臓と同じ位置にある


「アア、オ前ノヨウニ魔力ヲタップリ持ッテイタゾ」


 魔法使いを食べたのではないかという指摘を肯定した悪魔は、獲物を見るような目で鏡子を見る。

 すると鏡子が遠い目をして言った。


「亡くなった魔法使い達……彼らは自分の命を捨ててまで人々を守ろうとしたのね……」


 うぅっ……、と涙を流す鏡子。

 もちろん、毛ほどもそんなことは思っていない。

 これは楔。

 彼女は三太郎に対し、ここで魔法使いの立場を少しでもよくしておこうという腹積もりであったのだ。


「私が不甲斐ないばかりに……ぐすっ」


 鏡子は指の腹で涙をぬぐいながら、極めて自然な風を装い、ちらりと三太郎の方を覗き見る。


「……」


 しかし、三太郎は黙したまま鏡子を見ようともしていない。

 その様子に、鏡子は少しばかり落胆しながらも、まだまだこれからだと奮起する。

 そして三太郎が再び前進し、今度こそ悪魔と相対した。


「俺が相手だ、かかってこい」

「ハッ、魔力モモタナイ虫ケラガ、生意気ナ!」


 三太郎へと突進し、腕を振るう悪魔。

 それを掻い潜って組み付いた三太郎。

 三太郎も十分に巨躯であったが、悪魔の巨体と比べれば子供と大人の差である。

 しかれども、互いが組み合った後は押し引きすることなく、その力は均衡しているように見えた。

 悪魔からしてみれば、己よりも一回りも小さい体で、魔力すら感じられない矮小な生き物が三太郎である。

 それにもかかわらず三太郎の体がビクともしないことに、悪魔は釈然としないものを感じて、グルルと喉を鳴らす。


「何者ダ、貴様」


 しかし、その質問に三太郎は答えない。

 それどころか、三太郎のまっすぐ伸ばした右手の指先が悪魔のヘソ下を貫き、その中身をぐちゃぐちゃにかき回した。


「ムゥッ!」


 悪魔が低い声をあげる。

 それは痛みによるものではなく、三太郎の強さに対しての驚愕。

 だが驚くのはまだ早い。

 この時、三太郎は左腕を振りかぶっていた。

 そしてブンッという音が鳴り、その左腕は刃となって悪魔の体を横一文字に斬り裂いたのである。


「グァッ!」


 悪魔のうめき声。

 真っ赤な血と臓物が撒き散らし、上半身と下半身、別々に分かれた悪魔の体が大地に横たわった。


「うそ……」


 目の前で起きたことが信じられず、ポツリと呟いたのは鏡子である。

 三太郎の尋常ならざる強さを前に、鏡子は戦慄していた。

 魔力をふんだんに身に宿した完全体の悪魔。

 それを三太郎は虫を踏み潰すがごとく、労せずに倒したのだ。

 驚くなという方が無理であろう。

 だがそこで、鏡子はあることに気づいた。


「――ッ! 魔力が減ってない、まだ生きてるわよ!」


 すると下半身や血、臓物が突然無数の蛇に変じて、上半身に集まっていく。

 そして二つに分かれたはずの悪魔の体は、傷一つない元の肉体へと戻り、悪魔は何事もなかったかのように立ち上がった。


「グフフフ、残念残念。ヤラレタ振リヲシテ、隙ヲ窺ッテイタンダガナ」


 余裕の表情を浮かべる悪魔。

 三太郎を全く脅威とも思っていない笑みであった。


「……ヒュドラね」

「ホウ」


 鏡子が悪魔の正体に見当をつける。

 己の正体を言い当てられて、悪魔はどこか称賛するように鏡子へ目を向けた。


「蛇とその不死性、ヒュドラで間違いないわ。神話にならって毒もあるのかしら」

「フフフ、残念ナガラ毒ハナイヨ。デハ、戦イノ続キトイコウカ」


 顔を三太郎へと戻し、前傾の姿勢をとるヒュドラ。

 それは全力での突進の構え。

 見上げるほどであったヒュドラの頭の位置は、今では三太郎と同じ高さにあった。


「おい、お前は他の魔本を封印しに行け」


 三太郎はヒュドラから目を離さぬまま鏡子に命令した。

 言われずとも次に三太郎とヒュドラの二者が組み合えば、その隙に鏡子は逃げる算段であった。

 なぜならば、魔法の魔の字も知らない三太郎が不死性をもつヒュドラに勝てるわけがない、と彼女は考えていたからである。

 あれ(ヒュドラ)は物理的な攻撃でどうにかするものではなく、魔法によって封印すべきものなのだ。


「で、でもっ、あなた一人じゃ!」


 だから、これは演技である。

 確かに三太郎は勝てないだろうが、もし万が一勝ってしまうなんてことがあるかもしれない。

 鏡子は、その時の保険として三太郎を案じる振りをしたのである。


「いいから行け。先に殺されたという三人を合わせたら魔法使いは五人死んでることになる。残りはお前しかいない」


 その内の二人を殺したのはあなたなんですけどね。

 なんていう突っ込みが喉元にまで出かかったが、鏡子はそれを全力で押し止めた。


「ぐっ……、確かにそれしか手はないようね」


 悔しそうに顔を歪ませ、拳を強く握る鏡子。

 やむを得ずこの場を離れる……という風に見えるよう彼女は必死に演じた。


「ならここは頼んだわ。……死なないでね」


 鏡子は三太郎に背を向け、ニヘラと笑う。

 完璧だ、と鏡子は思った。

 この演技、今年の主演女優賞も夢じゃない、と自分に酔っていた。

 そして、さっさとこの場からおさらばしようとした時のこと――。


「……逃げるなよ?」


 ゾッとするほど低く、押しこもった声が背後よりかけられた。

 鏡子は『あ、こいつ、私のこと全然信じてないわ』と思った。

 三太郎の言葉は続く。


「この悪魔の魔力の反応が消えたら、またここに来い。逃げたら地の果てまでも捜して必ず殺す」

「……はい」


 こうして鏡子は、心に未だ拭いきれない患いを抱えたまま、公園を発ったのである。


 2


「待たせたな」

「グフフフ、強キ者トノセッカクノ戦イダ。野暮ハシナイサ」

「そうか……いつでも来い」

「デハ、オ言葉二甘エテッ!」


 ドゥッという大地を蹴る音と共にヒュドラが駆けて、三太郎へと掴みかかる。

 先程とは違う恐ろしいほどの低空からのヒュドラの体当たり。

 それを、腰を落とし両足を前後に踏ん張った状態で真っ向から受け止めようとする三太郎。

 互いの顔面が間近に迫る。

 ――その瞬間。


「ギャッ!」


 およそ人の声ではない金切り声と共に、大きく開いたヒュドラの口より緑の液体が吐き出された。

 三太郎はそれを顔面に受ける。

 するとヒュドラは、その隙に体中から粘液をにじませて、三太郎の手をすり抜け、後方へと大きく跳んだ。


「ギャギャギャギャギャ!」


 顔を拭う三太郎の耳に届いたのは、今までとはまるで違うヒュドラの下品な笑い声。


「今、オ前ニブッカケタノハ、アラユルモノヲ死ニ至ラシメル猛毒ダヨーン!

 サッキ、毒ガナイナンテ言ッタノハ嘘デシタ!

 目二入ッタナ? クチ二入ッタナ?

 オ前ガドンナニ強カロウト、体内二入ッタラ、モウ死ヌシカナイノダ!」


 そしてまた、ギャギャギャギャギャと嘲るようにヒュドラは笑った。


「サア、早ク死ネ! 苦シミヌイテ死ネ!」


 死ね、死ねと連呼するヒュドラ。

 しかし三太郎は依然二本の足で立ち続け、自身の身体に異常がないか調べるように、手を握ったり開いたりしているだけである。


「ンンン?」


 すると、漸くヒュドラも状況がおかしいことに気がついた。

 三太郎に放ったのは象ですら一瞬で殺す毒。

 いや象だけではない。

 もし神なんてものが存在しているのなら、その神にすら効くであろうとヒュドラは自負していた。


「……オ前、身体ニナンノ異常モナイノカ?」

「そのようだな」


 三太郎は最後の確認といわんばかりに肩をぐるりと回し、ヒュドラに視線を向けた。


「……オ前、何者ダ」


 ヒュドラの顔にはもはや笑みなどなく、真剣そのもの。


「……どこにでもいる一般人さ」


 そう答えた三太郎の顔は、どこかつまらなさげであった。

 不死の蛇ヒュドラと一般人である三太郎。

 雲に隠れていた月が顔を出し、その月光の下、両者が駆け出した。


 夜の公園に豪音が鳴り響く。

 三太郎の攻撃はその全てが必殺と呼べるものであった。

 その腕を振るう度に、紙切れのようにヒュドラの身体は千切れていく。

 頭も首も胴体も腕も足も、ヒュドラの身体で無事であった場所はなかった。

 しかし、次の瞬間にはヒュドラの身体は無事になっていたというのは、なんとも異なことである。

 激烈ともいうべき攻撃と、倒されても倒されても甦る再生能力。

 果たしてこの攻防がいつまで続くのか。


 ところで話は変わるが、無から有が生まれたのは宇宙創成の時のみといわれている。

 いや、実際にはその創成時についても確認のしようがないため、ことの真相は定かではない。

 つまり何が言いたいかというと、この世の全ての現象についてはエネルギーが伴っていることである。

 それは宇宙の摂理。

 この摂理に従うように、ヒュドラが繰り返し行う再生にも、魔力というエネルギーが使われていた。

 そして、そのエネルギーは決して無限ではない。

 百、二百と死にゆくうちに、ヒュドラの魔力は少しずつ少しずつ失われていた。

 延々とした再生は所詮は延々であり、永遠とは程遠いものだったのである。


「ふーーっ」


 攻撃をやめて距離を取り、大きく息を吐いた三太郎。

 ヒュドラが少し危ないかと思った矢先のことであった。


「ドウシタ、モウオシマイカ?」


 ヒュドラは三太郎の体力にも限りが見えたかと判断し、大いににやついた。

 しかし、である。


「なに、漸く準備運動が……いや、準備運動ですらないな。

 たとえるなら、ちょうど朝目覚めてあくびを一つしたところだ」

「エ……?」

「ここからはペースを上げていくぞ。

 ちなみに俺の全体の力を百とするなら、今までのはその一パーセントにすら満たない」


 ハッタリだ、なんていうヒュドラの考えは、次の恐るべき攻撃で消し飛んだ。


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