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12 フェネオンの十二の魔本

【第十二話 物語の終わり】


 1


 鏡子が全霊を込めて伸ばした侵食の杖。

 その先端が魔神に触れた瞬間に膨大な量の魔力を吸収し、杖は魔力の限界飽和量を超えて塵と消えた。

 だが、である。

 たしかに杖は魔神の魔力を吸い込んだのだ。

 それはほんの僅かではあるが、魔神の意識を削ぐことに成功する。

 生まれたのは限りないほどの一瞬、それこそミクロほどの隙。

 けれど、究極ともいえる者同士の戦いでその隙は、あまりにも大きく致命的なものといえた。


「オオオオオオオオォォォォッッッ!!!!」


 突如、荒々しく吼えながら始まった三太郎の猛攻。

 まるで堰を切った激流が大地を呑み込むように、圧倒的な暴力が魔神を襲った。

 三太郎は、満身の力を鏡子が作り出した一分の隙にかけたのである。

 そしてそれは功を奏し、瞬く間に魔神は大地にその身を投げ出した。

 されど三太郎の怒涛の攻撃は止まらない。

 床に叩きつけてからの連打に次ぐ連打。

 三太郎は魔神の五体を再生しようとする箇所から、その拳でもって消し飛ばしていった。

 その凄まじさたるや、地形を変え、地震のごとく大地を揺らすほどである。


 さて、この光景の殊勲者ともいえる鏡子はというと――。


「はあっ、はあっ、やってやったわ……っ!」


 林の際、林と広場の境にて、大地に体を横たわらせながら、自身の成果を誇っていた。

 もう一欠片の魔力もない、指を動かすことすら難しく、意識を繋ぎ留めておくだけで精一杯。

 それでも鏡子は戦いの結末だけは見届けようと、目を見開きことの行く末を見守っていたのである。

 そして、その瞳は喜色から絶望の色へと染まった。


「あぁ……そんな……っ」


 鏡子の悲鳴の理由――。

 魔神は、潰された肉を地に潜り込ませ、地中から別の場所へと移動した。

 そこには綻びのない万全の体をもった魔神が立っていたのである。

 魔神が目に角をたてて三太郎を見つめ、三太郎もまた立ち上がり、射抜くように魔神をねめつける。

 仕切り直しであった。

 互いに隙を窺う両者。

 そして――魔神の顔面に亀裂が入った。


「ここまでのようじゃのう。よい実験じゃったわ」


 突如、鏡子がいる側とは別の方の林からローブの男が現れて言う。


「器が貧弱すぎたわい。やはり心だけではいかんのう」


 すると亀裂は魔神の全身に広がり、その亀裂から体を内側から破るようにまばゆい光が噴き出して、魔神は倒れた。

 三太郎は無言で辺りに放出されている光へと拳を振るう。

 魔神の内側から出たものなれば、黒い霧のように、また光が集まって悪魔となるのではないかと考えたからだ。


「心配いらんよ、自然に還るだけじゃ」


 ローブの男の言葉通り、光はやがて粉となって雨のように大地に降り注いだ。


「……こ、これは、魔力が回復してる?」


 あまりにも濃縮した魔力の塊。

 それゆえに空気に溶け込むことなく地に落ち、それを身に受けた鏡子は魔力が回復していくのがわかった。

 そんな様子を見て、光が脅威ではないことを知った三太郎。

 ならば次に敵とすべきは――。


「おお怖い。しかしここにあるのは分身体よ」


 三太郎に睨まれたローブの男がおどけたように言った。

 されど三太郎は、そんな言葉を信じようともせずにローブの男の眼前へ瞬時に移動すると、その体を手刀でもって二つに切り裂いた。

 しかし、あとに残ったのは泥ばかりである。

 またしても擬態であったのだ。


「うぅ……」


 三太郎の後方からうめく声がした。

 ひび割れた魔神の体、その中から姿を現した四堂のものだ。


「早くとどめを!」


 鏡子が木の裏という絶対安全位置を維持したまま三太郎に指示を出す。

 魔力を回復させた鏡子であったが、自分が四堂にとどめをさすのは怖いので三太郎にやらせようという腹積もりなのだ。

 三太郎は、言われるまでもないという風に四堂へと近寄った。


「ぐっ、くぅ……っ!」


 半死半生の体を、なんとかうつ伏せから仰向けの状態にする四堂。


「……やれ。君にはその権利がある」


 四堂の目は三太郎ではなく、空高くを見つめていた。

 それは死を悟った顔であった。


「復讐とはなんだ」


 その三太郎の言葉に目をわずかに大きくさせ、漸く四堂は黒い瞳を三太郎へ向けた。


「……そうだな、僕はもう死ぬ。なにもできずに。

 誰かに知ってもらうのも悪くはない」


 四堂は己の過去を話し始める。

 それは復讐の記憶。

 そして、「油断を誘うつもりよ! さっさと殺しなさい!」という鏡子の叫びが、夜の林中にむなしく響いた。


 2


 山中に大きな屋敷を構える四堂家、四堂明はその家の長男として生まれた。

 家族は祖父母に父母、それから姉。

 いつも甘やかす祖父母。

 寡黙な父。

 厳しくも優しい母。

 共に遊んだり喧嘩したりする姉。

 どこにでもある幸せな家族。

 でも少し普通とは違うところもある。

 五歳のある日、父と共に庭に連れられて、それを教わった。


「これが魔法だ」


 一面の空には、太陽の光を浴びてキラキラと輝く氷の花びらが舞っていた。

 明はそれを見て「うわぁ」と感嘆の声を上げる。

 四堂家は魔法使いの一族であったのだ。


 それから明は、初めて手にいれた玩具のように飽きることなく魔法の練磨に努めた。

 寡黙だった父ともよく話すようになった。

 怒られるときは怖かったけど、そのぶん褒められる時は何よりも嬉しかった。

 幸せだった。

 新しい家族――弟もでき、四堂家にはいつも変わらぬ笑顔があった。

 ずっとこの日常が続くものとばかり思っていた。

 だが突然、そんな幸せな生活は終わりを告げる。


 現れたローブの男。

 まず父が殺された。

 次に祖父母が。

 母は明の前で拷問を受け絶命した。

 姉は明の前で犯されて殺された。

 まだ赤子の弟は、明の前でその肉をローブの男に食われた。

 目の前が真っ赤に染まる。

 何もできない。

 身体は動かなかった。

 地面に這いつくばり、ただまざまざと見せつけられた。


 やめろと心では叫んでいても喉から声が出ない。

 ただ涙だけは、こんな時であっても変わらずに流れ出た。

 家族が全員殺された中で、明は何故か生かされた。


 その後、ローブの男は暫しの間、四堂家の屋敷に逗留する。

 その間、明は隙あらばローブの男に挑み、その度に打ちのめされた。

 だが何度打ちのめされても、萎えることはない。

 男は言う。


「ワシを殺したいか。ならばまず力をつけよ。手解きをしてやるからのう」


 こうして明はローブの男の弟子になった。

 住居をローブの男の隠れ家へと移し、憎しみを糧に魔法を学んだ。

 殺すべき相手から学ぶことは癪ではあったが、ローブの男を殺せるならなんでもよかった。

 家族がされた以上に惨たらしく殺す。

 ただ師を殺すことだけを明は考えた。


 ある日、明は師のもう一人の弟子と出会った。

 名前をパティといい、歳は明とそう変わらない少女。

 師は明に言った。


「お前は殺された家族の復讐のために修行し、こいつは人質となった家族を救うために修行している」


 明とパティ、二人の目的は師を殺すこと。

 二人は互いに練磨した。

 共に暮らし、技を競い、師を殺すための謀略を練る。

 同じ志があったが故か、まるで兄妹のように明とパティは打ち解け合う。

 すさんだ日々の中でほんの少しだけ昔に戻ったような温かさがあった。

 そして師は告げる。


「殺し合え」


 命令は絶対。

 少なくとも人質がいる者に逆らう術はなく、戦えば負けた方は殺される。

 明は思った。

 己が死ねばパティの家族はいずれ助かるかもしれない、と。

 己が勝てばパティの家族は絶対に助からない、と。

 そして明自身は既に自分の命を捨てている。


 ――だというのに、戦いに勝ったのは明であった。

 パティとパティの家族を犠牲にしてでも、明は明自身の手で家族の仇を討ちたかったのである。


 その後も師を殺すために死ぬ気で明は努力した。

 しかし、力をつければつけるほど師がどれ程の規格外かがわかった。

 加えて、師以外にもセレスという才能の根本から違う相手に出会った。

 努力だけでは決してたどり着けない境地があることを、明は知ったのだ。

 明は師に尋ねる。


「お前を殺すにはどうすればいい」


 歯に着せぬ物言い。されど今さら取り繕うつもりもない。


「お前が唯一ワシより勝っている点、それはその復讐心よ。

 いにしえの魔導師が記した魔本。それを自らのものにして見せよ。悪魔をその身に宿せ。

 さすればワシの影を踏むくらいはできようぞ」


 師はカラカラと笑って言った。

 その笑顔を醜く歪ませるために明は――。


 そしてゲームと称し、師によって魔本は街にばらまかれた。


 3


 四堂の話が終わった。

 いつの間にか鏡子も、まるで最初からいたかのように、昔話の輪の中に加わっている。

 ポタリポタリと水滴が落ちる音が鳴った。

 雨ではない。

 三太郎が大粒の涙を流していたのである。


「泣いてくれるのかい? ……こんな僕のために」


 四堂が顔を動かして三太郎を見た。

 その横では鏡子が、鬼の目にも涙ね、と心の中で一人呟く。

 しかし、その心とは裏腹に、鏡子もまた表面上は、「うぅ……」と自身の涙を拭い鼻を啜っていた。

 三太郎は言う。


「俺がお前の復讐を引き継いでやる」


 すると四堂は力ない動作で首を横に振った。


「僕の復讐は僕だけのモノだ」


 そして四堂は目を閉じた。


「……ふと、思うことがある。もしあの男がいなかったら、僕はどうしていたのか……。

 今も家族で仲良く……そうだ、パティとも友達になって……」


 段々と弱々しくなっていく声。


「……目を閉じれば見えるんだ……みんなが笑っている姿が……僕も……そこに……」


 涙で頬を濡らしながら、四堂は静かに息を引き取った。

 三太郎の握りこまれた拳。

 爪が肉に食い込み、ポタポタと血が滴り落ちている。

 その心にはローブの男に対する怒りが、体から溢れんばかりに充満していた。

 するとそこに声が聞こえてくる。


「ほっほっほっ、遂に逝ったか、うむうむ」


 林の中から再び現れたローブの男であった。


「また!? いい加減に鬱陶しいのよ、空気読みなさい!」


 鏡子が手にナイフを三枚生み出して、ローブの男に投げつける。

 無論こんなことでローブの男が倒せるとは思っていない。

 これは三太郎に対するポイント稼ぎだ。

 そして、予想通りとも言うべきか、ナイフはローブの男の指にあっさりと止められた。


「まあ、そう急くな。そこの魔力を持たぬ男に興味を持っただけじゃ」


 ローブの男は鏡子に一言告げると、その視線を三太郎へと移した。


「のう、お主。その力、どのようなものかワシに教えてくれんかのう」

「……」


 ローブの男の質問に、三太郎は睨み付けるばかりで答えない。


「だんまりか。まあよかろう。

 今回は此方に無礼であったわけじゃしな。この場は引き下がるとしようか。

 また、いずれ相応のもてなしをさせて貰おうかの」


 ローブの男が黒い歪みを呼び出す。


「転移術……っ!? やっぱりこいつただ者じゃないわ!」


 転移術。

 起点と終点を結ぶ陣を前もって用意していれば難しい魔法でもないが、何もないところで空間と空間を繋げることは最高峰の魔法技術を要するといっていい。

 全世界の魔法使いを集めても、そんなことができるのは十人にも届かないだろう。

 それゆえに鏡子は、改めてこのローブの男がただ者ではないことを悟った。

 はっきりいってあまり関わりたくない相手である。

 三太郎はともかくも、鏡子は優秀の枠に収まっている魔法使いに過ぎないのだから。


「そうだ、最後に名前を教えてくれんか」


 どう考えても悪人でしかない相手に名前を尋ねられて、馬鹿正直に答える者はいないだろう。

 三太郎もまたその一人である。


「……滝嶋翔平」


 三太郎が口に出した名前、それは今をときめくスーパーアイドルの名前。

 似てもにつかぬその姿に、鏡子はボフっと噴き出した。


「ではこちらも自己紹介をさせてもらおう。

 ワシの名はフェネオン。いにしえの大魔法使いじゃよ。」


 これに鏡子は面食らった。


「ちょっ、フェネオンって千五百年以上も前に死んだはずでしょ!?」


 確かにフェネオン本人であるならば、十二の魔本の複製を持っていてもおかしくはない。

 だが、それにしたって千五百年である。

 不老長寿なんて真似ができるほど、魔法は万能ではない。


「では、滝嶋翔平に麻宮鏡子。いずれまた」

「え、何で私……?」


 名乗ってないのに名前を呼ばれて、将来にとてつもない不安を感じざるを得ない鏡子。

 黒い歪みは、フェネオンを飲み込むと、小さく閉じていく。


「ちなみに最後に現れたワシは本体じゃよ、ほーっほっほっほっ!」


 瞬間、三太郎が凄まじい勢いで飛び出した。

 しかし、その時には既に歪みは消えている。

 やり場のない怒りのぶつけ先を求めるように、三太郎は拳を握り締めながら立ち尽くした。


「終わったわね」


 東の空が白み始めていた。

 鏡子は、それを眺めながら、なんかもう物語のエピローグのような感じで呟いた。

 しかし、厳密にはまだ終わってはいない。

 三太郎がこれより自身に対してどんな凶行に及ぶのか、鏡子は戦々恐々としていたのだ。

 そのため、終わったような雰囲気を醸し出して、三太郎による審判の時を無かったことにしようとするのが鏡子の狙いである。

 すると、なんということか。

 三太郎がグラリとよろめき、その場に倒れこんだのであった。


「え? ちょっと、あんた!」


 鏡子は三太郎に駆け寄った。

 息はある。三太郎の状態は気を失っているだけだ。

 思えば、あれだけの死闘。

 緊張が解ければ、身体が休息を求めその意識を強制的に奪うのは道理である。

 鏡子の視線の先には、無防備な姿をさらす三太郎の背。

 そして鏡子は思った。

 今なら殺せる……、と。

 だが――。


「……仕方ないわね。全く」


 別に情が湧いたとかではない。変な刺激を与えて起きられては堪らないからだ。

 そんな言い訳をしながら、鏡子は三太郎を背にかつぐのであった。


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