入学
父、一馬の提案から一週間余り経過した今日春休みも明けて優花は晴れて高校生になった。新しい制服に袖を通してみたが、まだ中学生の面影は拭えず、少し恥ずかしくなる。
一馬の提案については、まだ保留中だ。足の療養のためここ一週間は陰陽師としての活動できなかったし、何より監督役を付けないと陰陽師をやってはいけないと一馬に厳命されていた。
一馬は景に頼んだらどうだと言っていたが別に他の人でもいいらしい。でも、白峯神社の人はダメだという条件が付けられた。
一馬は、これを機に他人とうまくコミュニケーションできるようにと思っているのだ。
そんな訳でなんとか監督役を見つけないといけなくなったわけだが、何しろ優花には白峯神社以外の陰陽師との繋がりが全くない。
景も、たまたま助けてもらっただけで、どこに住んでいるかもわからないし、完全に詰んでいる。
そのため優花は今日陰陽師としてではなく高校生として過ごすことにした。先ずは目先のイベントを片付けようという魂胆である。
高校生になったことで、優花は友達ができるんじゃないかと期待している。中学生の頃はちょっと仲のいい人が数人いただけで、友達という存在はいなかったように思う。だから高校では友達が欲しいと思っているのだ。
朝の支度を終えた優花は、朝食を作り始めた。優花はいつも、一馬と住み込みで働いている麻耶の分の朝食を作っている。
3人分の朝食を作り終えると、一馬と麻耶が食卓にやってきた。
「おはよう、優花」
「優花ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
一馬は、いつも通りのきっちりした格好で優花に挨拶する。
麻耶の方は朝に弱いので、まだ眠そうにしている。寝ぼけ眼をこすりながら、麻耶が口を開く。
「なんかいつもと服が違うような……あっそうか! 優花ちゃん今日から高校生だもん
ね。いいなー、私も高校生に戻りたいよ」
「麻耶君、そんな現実逃避をする前に君は朝起きれるようになりなさい」
「だ、旦那様、冗談ですよ、冗談」
一馬も麻耶も目が笑っていない。これには優花も苦笑いだ。
朝はいつもこのような和やかな空気に包まれている。それも全て麻耶のおかげだ。彼女の無駄な明るさにはいつも感謝している。
そんなこんなで3人は朝食を食べ始めた。優花は小食なので、いつも朝食は少なめだ。そのため、いつも2人よりも一足先に朝食を食べ終える。
いつも通り朝食を食べ終えた優花は、椅子の横に置いてあった鞄に手をかける。
「じゃあ私、学校に行ってきます。麻耶さん食器洗いお願いしますね」
「任された! 頑張って!優花ちゃん」
麻耶は自信満々に胸を叩き、優花に笑いかける。優花もそれに応えるように破顔した。
「じゃあ優花、いってらっしゃい」
「行ってきます」
そう言って、優花は家を出た。学校への希望を胸に抱いて。
そして優花は、これから3年間自分が通う学校の校門をくぐった。私立多々良高校、近所でも評判の進学校だ。優花はここの入試を難なく通過できるほどの頭脳を持っていた。まあ優花がここを選んだ理由は、家から近かったから、なのだが。
学校の敷地内に入ると、周囲には満開の桜が広がり、まさに新たな季節という感じだ。
手入れが行き届きピカピカの校舎は多数の高校生でごった返しており、自分のクラスに行くのにも一苦労だ。因みに優花のクラスは1年6組。1年生の教室がある中棟でも一番端っこで、到着するまで10分ほどかかった。
その後入学式も滞りなく終わり、優花は自分の席で、話しかけられるのを待っていた。ホントは自分から話しかけに行くべきなんだろうが、優花にはその勇気がなかった。
しかし優花の願いは叶わず、周りで楽しそうに話しているクラスメイト達を見つめ続けるという、拷問のような時間を味わった。
優花が苦痛を感じていると、教室に大人が入ってきた。歳は麻耶より少し若いくらいの女性で、黒ぶちの眼鏡が印象的だ。いかにも理知的な感じで、パンツスーツが良く似合っている。
「皆さん、おはようございます。本日から皆さんの担任になります、岡原夏樹です。教師はまだ2年目なので至らぬ点等あると思いますが、どうかよろしくお願いします。あ、担当教科は物理です」
夏樹はそう言ってぺこりとお辞儀した。びっくりするぐらい堅苦しい。麻耶に慣れている優花は、この先生と上手くやれるか不安になってきた。
「それでは、今度は皆さんのことを教えてください」
……きた!
優花は、この時を待っていた。自己紹介を制するものは友達作りを制す、とどこかの偉い人が言ってたような気がする。優花はこの時のために、3日前から自己紹介の内容を考えていた。昨日は緊張で4時間しか寝れなかった。
優花はそれぐらい、この自己紹介にかけていた。着実に近づいてくる優香の番。優香の出席番号は40人中25番だが、気づいた時にはもう前の人が自己紹介を終えていた。
「じゃあ次は、盾宮優花さん」
「は、はい!」
夏樹の言葉が脳内で反響する。優花は極限まで追い詰められていた。そのため、
「は、初めましてっ! わ、私の名前は盾宮ゆうきゃっ……優花ですよろしくお願いしますっ!」
盛大に噛んでしまった。
真っ赤になった優花は、3日間で考えたセリフを全て忘れてしまい、伝えられた情報は名前のみ……
終わった、私の高校生活……
優花のネガティブ度も極限まで高まり、自己紹介が終わって下校時間になると、放心状態のまま一人で帰ろうとしていた。すると、誰がこのことを予想しただろうか。優花の背後から、確かに優花に向けて、声を発した人物がいた。
「あなた、盾宮優花さん……よね?」