第七十五話 Uターン
火星鎮守府前旗艦、太陽系金地火宙域連合艦隊旗艦、『アキダリア・フューリー』(激おこ☆プンプン丸)は、数日前のダイモスの造反事件の時と同じく、ダンテの門前で、停止した。
長さ5キロメートルある横倒しのオベリスクに、カタツムリの甲羅のように、底部一辺の長さが1キロメートルあるピラミッドが二つ、中央からやや後ろ辺りで、大地にあるピラミッドで言うところの 底の部分を内側にしてオベリスクを挟んでいる。
『アキダリア・フューリー』を迎えるためダンテの門までやって来た、地球鎮守府新旗艦『あいぜんがるど』は、全長250メートル程(塔の部分が100メートル、木の根部分が150メートル)。
まるでクジラにすり寄る小判鮫のように、アキダリアに近付き、ピラミッド部分に空いた穴に、突き刺さるように繋がった。
ピラミッドから木の根が生えているような、奇妙な光景になった。
「うーん広い! そんなに気にはならなかったけど、こっちに比べると狭かったのね、うちの船」
ピラミッドの中の格納庫。
桟橋から『あいぜんがるど』へ渡されたギャングウェイを歩きながら、天音は背伸びをした。
「「えっりどぅさまーーぁ❤」」
「ん?」
エリドゥが後から続いて渡っていると、桟橋の方から黄色い声援が飛ぶ。
見ると、メイド服姿の二人の少女と白衣赤髪の男が、あいぜんがるど一行を待ち構えていた。
「ようこそ!『アキダリア・フューリー』へ♥ 地球鎮守府の皆様!」
ミール人の二人は、前掛けの胸のところに数字が入っていて、一人は『4392』もう一人は『4399』となっている。
『あいぜんがるど』から桟橋に降り立った一行は、全て一見地球人に見えるが、全裸のモレヤだけ異彩を放っている。
ラガシュと『817』はあいぜんがるどに残っているので、桟橋に降り立ったのは、浩平、天音、ジンカン、バンジィ、ガウマァ、モレヤ、そしてエリドゥだった。
「視たところ、生身の地球人がお二人、義体をお使いなのがお三方、シリウス星系人がお一人、もう一人は……、体内に72個の超新星を宿す御仁。
エリドゥ・アギラ様を於いておりますまい」
人間型ロボットの頭の上に乗っかり、操作をしている蛸型宇宙人、九頭龍のダリオス。
ロボットは硬直し、頭の上の蛸が、恭しく礼をする。
「天音。指輪を外してくれ」
エリドゥは天音に言う。
「へ?」
「その指にしている指輪を外してくれ。今はそちらに権限があるのだ」
「?? う、うん」
天音が指輪を外す。突然白煙が吹き出し、辺りを覆う。
白い視界の中、慌ただしく服を着る音と、それを手伝うジンカンとバンジィの「大将、これをお履き下さい」とか、「ほれ、こっから手を出して」とか、声がする。
煙が晴れる頃、桟橋にはトナカイ人間エリドゥの巨大な姿があった。
学生服姿である。
「みゆー! みゃうきゅきゅりゃっりゃ! りゅー、りょりー!」
エリドゥはのびーっと体を伸ばし、屈伸運動を始める。
「いいなぁ親分ばっかり。オイラなんかもう暫く自分の体に帰っていないのに……」
ガウマァは羨ましげに言う。
「あぎゃー! ヴードゥーがヴードゥーになった! 人のときのヴードゥーは、まあまあふつうだったが、ヴードゥーがヴードゥーになったら大変だぞ!」
トナカイ姿のエリドゥを見て、モレヤが叫び声をあげ、浩平の後ろにか隠れる。
「どうしたの?」
天音が訊くとモレヤはうなり声をあげながら天音に告げる。
「我は子供の頃から、ヴードゥーに会う度に、あのモッジャモジャの懐に何時間も入れられたり、パンやら甘菓子やら無理くり口に突っ込まれたり、ベロンベロン舐められたりするのだ!! ヤツのモジャモジャは暑苦しいのじゃ!! 我は羊羮もアンコも嫌いなのじゃ!! 舐められると、顔やプリケッツの皮が持って行かれそうになるし、よだれ臭いのじゃ!! あやつは我を懐で温ませて、お菓子で肥えさせて、ホカホカになったら喰うつもりなのじゃー!!」
「…………」
天音は言葉なく、ジト目でエリドゥを見る。
エリドゥは天を仰ぎ、口笛のつもりか、口から空気をぷーぷー発射している。
「……モレヤ。多分だけと、エリドゥ、モレヤのこと大好きなんだよ」
浩平が笑いながら言う。
「焼き芋や、ビーフジャーキー的な?」
「ははは、違うよ。親鳥がヒヨコを懐に入れとくみたいなヤツだよ!」
浩平の言葉を受け、彼の肩口から恐る恐る顔を出したモレヤは、エリドゥに訊く。
「……そうなのか? ヴードゥー?」
「びやーびゃびゃーにゃにゃー!! ぎゃるるるるー!!」
「んな訳あるか! 俺様お前丸齧り!!」
エリドゥの横に立つジンカンが通訳する。
タイミングバッチリにエリドゥはニッゴリ笑う。
「あぎゃー!! 主様ー! 謀ったな! あれは捕食者の笑顔じゃ!!」
モレヤは悲鳴をあげて浩平の後ろに引っ込んだ。
『やれやれ』と云った表情で浩平はエリドゥを見つめる。
桟橋のある小型船ドックと、船内区画を繋ぐ通路のドアから、エリドゥよりだいぶん横幅の広い、トナカイと言うより、大猪に近い姿のビロク人が、桟橋にやって来た。
「ビャビャービャ。りゃじゃりゃりゃ」
「…………」
「りゃびゃぴゃーりゃりゃりゃ……」
エリドゥと大猪みたいなビロク人は、何やら話始めた。
「なに話てんのかしら?」
天音は聞き耳をたてるが、エリドゥの話す銀河公語は理解できても、ビロク人の母国語ビロク語は、さっぱり解らなかった。
「あの恰幅のいい親父は、エリドゥ大将の弟分のフォボス提督。今、この船の指揮権について話し合っている。ああ、引き続きエレヒまでフォボスの旦那が指揮を執ることが決まった」
バンジィが通訳してくれた。
「ち、ちょっと! なんで二人とも取っ組み合いを始めたの?」
見ると、エリドゥとフォボス提督はがっぷり四つに組み、お互いの体勢を崩そうと、力を込めている。二人の足元には光に縁取られた輪が現れ、十二本の光の柱が立っていた。
「少し運動がしたいと大将が言って、フォボス提督が相手をすることに……。ああ、お可哀そうに、フォボス提督完全に涙目になってる」
数秒も経たぬうちに、フォボス提督の大きな体は拉げるように曲がり、頭の角が床に付きかける。
「おまいさん!!」
天音がエリドゥに一喝すると、背中をビクッとさせてエリドゥは止まった。
「こんなところに私達突っ立たせたままで、遊んでんじゃないよ!!」
「……正論ですな」
ダリオスが小声で言う。
床の光は消え、水を差されたエリドゥはトボトボと天音の元に帰ってきた。
「おまいさん、お舟の大将を凹ませて、腕自慢をしなくても、あんたが一番の大親分だって、みんな骨身に染みて判ってんだから、デーンと構えなさい!!」
天音はそう言ってエリドゥ尻を叩く。
「恐るべし地球人。まさか大将を尻に敷く。こんな女傑が現れようとは……」
ジンカンは天音に目を奪われながら呟いた。
「さあ、地球へ向けて加速を再開します。日本時間で現在15時。明日の早朝にはエレヒを望む場所まで辿り着くでしょう。それまで『アキダリア・フューリー』自慢の宿泊施設をご利用ください。なにせ地表の都市なら大きいのが二、三個入るほど大きな船ですから。レムル人向けのスパリゾートや運動場も完備しておりますぞ。きっと地球人のお二人も気に入っていただけるでしょう」
『あいぜんがるど』が突き刺さったまま、『アキダリア・フューリー』は加速を始める。
目指すは地球。
エレヒである。




