ワンコ対策
今回は涼視点です。
なんか温いなぁ…と思いながら目が覚めた。
現在朝の5:00。もう起きる時間だ。
もそりと布団を押し上げて体を起こす。隣に眠っている佑を起こさないようにベットから降りた。
そこで少しの違和感。何だか指の感覚がおかしい気がする。
ふよふよと右手の指、特に人差し指。長いこと水に浸かりすぎてふやけたような皮膚になっている。
私はあまり長風呂が好きではないからこんな風に指がふやけることはない。それに今は起きたばかりだ。水中にいたわけでもない。そう考えると答えは一つ。
「 …食われた…。」
どうやら寝ている間に佑に指を食べられていたらしい。
私と佑が通う比々野高校は全日制普通科の高校だ。
部活動はそこそこ熱心。私の所属している弓道部は全国大会で三回戦敗退というそれなりの実力を持っている。
その為朝練などもある。朝練は自由参加なので人によっては一切参加しないという人もいる。
私は朝の静けさが好きだから朝練は必ず行く。だから佑とは起床時間が違うのだが。
指ふやけちゃったしなぁ…。どうしようかな。
どうにもふやけた指先が気になって仕方がない。私だけかもしれないが弓を引き矢をつがえるあの時、指先が大切だと思っている。指先であらゆることを把握し、感じとる。だから佑に指を噛むことを禁じているのだ。指の感覚が狂うと矢も狂う。私にとってそれは許されないことだ。
今日はもうやめにするか
さっさと道具を片付ける。たまには教室でのんびりするのもいいだろう。
教室に向かうにつれ聞こえてくるざわめきが大きくなっていく。
「あら。おはよう、涼。」
「おはよう小雪。」
教室に入り自分の席につくと隣の席の小雪にあいさつされた。
山村小雪。黒髪のポニーテールが美しい私の数少ない友人である。
可愛らしい姿をしているのでよく告白されているが彼氏がちゃんといる。そいつも私の友人だ。
「珍しいわね。いつもはまだ朝練している時間でしょうに。」
「ああ、今日は指の調子が悪いから。」
「………またかじられたの?。」
「ああ、まぁ。」
「…あなた少しは気をつけるとか彼にやめるように言うとか、そういった対策とってる?」
「一応佑には食べないようにとは言ってあるんだ。ねだられてもやめさせてる。」
「なのに?」
「朝起きたらいつの間にか食べられてた。」
「………。」
本当に仕方がない。まぁ許してしまう私も悪いのだろうけど。
「たまにはのんびり朝過ごしてもいいかなって思ったし。小雪と話せるからよかったとしよう。」
「全くもう。………まぁそうね。いつも忙しくてゆっくり話せないのだし。」
そう言って苦笑する小雪。私もひさしぶりな友人との話を楽しんでいると担任が丁度入ってきたので話しをやめて席についた。
昼休み。
四限目の片付けをして席に戻ったらすでに小雪と佑が座っていた。
佑とはクラスが違うからお昼の時はこちらのクラスにやって来る。
それに私のお弁当を佑が持っているから佑がこないとお昼が食べれない。
「涼。やっときた。」
にこにこと機嫌よく待っている佑。その反対側には疲れたような小雪の姿。
「ありがとう佑。小雪はどうした?」
「…何でもないわ。」
「そうか?」
佑から私の分の弁当を受け取り座る。
「待ってなくてよかったのに。」
「いやだよ。涼がいないなら意味がないもの。」
「友人を待つのは当たり前でしょう?」
「ありがとう。」
弁当を開けながらそんな会話をする。
弁当は毎日佑の手作りだ。佑いわく「涼に任せると二、三日は面倒くさがって食べないから」というので佑に任せている。
「別に毎日食べなくても平気なのに。」
「だめ。涼は言わないと食べないから。」
「そうよ。それで一度倒れたこと、忘れたとは言わせないわ。」
「一度だけじゃん。」
「一度だけでもだーめ。只でさえ涼軽いのに。」
「あなたは摂取カロリーと消費カロリーが釣り合ってないの。消費カロリーは多いのに食べないからよけいに痩せてくのよ。」
「最近はよくおやつを食べてるよ。」
「なんのおやつ?」
「蒟蒻ゼリー。」
「あれはほとんどおやつといえるほどカロリーはないわ。」
えー…。ちゃんと食べたのに…。
「あ、佑。私このあと図書室行くね。本返さなきゃ。」
「うん。いってらっしゃい。」
「今日は雪守が図書当番よ。」
「わかった。佑お昼ありがとう。おいしかったよ。」
「はい。お粗末様。」
「じゃあ行ってくる。」
空になった弁当箱を佑にわたし借りていた本を持って図書室に向かった。
「雪守。」
図書のカウンターに座っていた友人の姿を見て声をかける。
「ああ。鈴野か。」
月野雪守。黒髪の短髪。目付きの悪さとその高い背のせいでよく不良に思われやすい友人だ。
ちなみに小雪の彼氏でもある。
「借りていた本を返す。手続きを頼んだ。」
「ああ。」
寡黙な性格でもあり体もがっしりしているが本人は普通に本が好きな気のいいやつだ。
「………この本はどうだった。」
「これか。いや読んでいる途中で佑に襲われてなぁ…。実践編を読む前だったから手遅れだった。」
「………そうか。」
「また新しいのを借りられるだろうか。」
「………教える。……… ほら『上手な犬のしつけ方』だ。これは延長届けをしなくていいんだな?」
「ああ。かまわない。」
「じゃあ次か…。」
ごそごそと後ろの本の山をあさる雪守。
「………これはどうだ?」
「これにするよ。」
「じゃあ少し待ってろ。」
手早く貸出手続きをこなし判を押して本を差し出す雪守。
「ありがとう。」
「………仕事だ。」
そうして雪守から本を受け取り図書室を出る。
さて、この『噛みぐせのあるワンコのしつけ方』を読む前に襲われなければいいんだが。
涼は完全に佑のことを犬扱いです。