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「ソーヤー、ヤマ王はそれほど悪い方には見えなかったわよ?以前見合いを嫌がった姫が自害したというのも嘘らしいし、護衛を置くのは失礼じゃないかしら」
とんでもない、とソーヤーは整えられた髪が乱れるのも構わず首を振る。
「今すぐ、護衛にはフリアについてもらいます。よいな?」
睨み付けるような強い瞳でソーヤーに言われ、視界の端にフリアの俯く顔が見えたが、キーエンスは軽く頷いた。
「畏まりました」
「わたくし、部屋に下がるわ」
唇を引き結び、フリアは突然そう言うと、ダラティエから名残惜しげにしながらも離れた。
「お姉さまはソーヤーとお話しがあるのでしょう?お話しが済んだら、わたくしの所にいらしてね」
そう言い残し、部屋を下がるフリアと、影のように従うキーエンスを見送り、ダラティエは首を傾げる。
「フリアったら、どうしたのかしら。元気がないようだけれど…」
ふん、とソーヤーは鼻息荒く椅子に座る。
「恋人と別れたのですよ」
驚きのあまり、ダラティエはつい扇を閉じてしまった。お茶を入れかけていたソーヤーの侍女は、手早く煎れ終え部屋より下がる。
「相手は誰?」
「エビネ将軍のご子息、イオ殿です。何度も別れてはくっつき直していたんですが、半年ほど前、とうとうダメになったらしいのです」
ふぅ、と息を付きソーヤーは茶を口へ運ぶ。
「フリアも随分悩んでいたのです。降嫁せねばならぬ相手との付き合いを続けることに」
見ていて気の毒でした。とため息と共に言い、茶器を置く。
「今回護衛をお願いしたのは、イオ殿との事もあるからなのです。見合いの噂を聞きつけた彼が、よからぬ事を考えたとしても、フリアを守りたいのです」
将軍の息がかからぬ腕の立つ者を探すのは、難しかった。だから密かに連絡を取っていたダラティエに相談した。
なにより、長兄に相談せずにフリアの見合いを進める訳にはいかない。
「フリアにそんな相手がいたの…驚いたわ。見合いの事、フリアはきちんと考えて決めたの?別れた勢いなどではないの?」
「見合いをすすめたのは私です、姉上。…フリアの気性では、降嫁などしても上手くいくはずがない」
ダラティエは閉じていた扇を開き、ため息を押し殺した。
フリアの部屋は明るい日差しのよく入る、温かな場所にあった。中庭に面したテラスがあり、開いたガラス張りのドアから涼やかな風が吹いてきた。
「お帰りなさいませフリア様」
テラスに出されていたテーブルを拭いていた侍女が、笑顔で迎えてくれる。
「まあ、そちらが新しい侍女ですの?」
「ミア、わたくしこの方とお話しがあるの。飲み物をお願いするわ」
フリアと同じ年頃のミアは、フリアの性急な物言いにも慣れたもので、キーエンスに目礼すると下がった。
「お久しぶりね、キーエンス」
大きな瞳でキーエンスの姿をじっと見つめ、フリアは静かに言った。
キーエンスは微笑み、再び膝を折って礼をした。
「傭兵をしていると聞いていたけれど、本当だったのね」
テラスの椅子に座るよう促し、フリアは慣れた仕草でドレスの裾を捌きながら自らも席に着く。
「ええ。騎士団に女は入れませんから」
苦笑して、フリアはキーエンスを見上げた。
「同じ王族でありながら、随分と違う価値観を持っていること…。けれどきっと、あなたの方が、イオとは合っているのでしょうね」
寂しそうに微笑み、キーエンスの表情を見る。
「ああ、聞いていないのね。別れたのよ、わたくし達。もう半年以上も前に」
懐かしむように中庭へ目をやり、フリアは笑みを作る。
「悩む事に疲れてしまったの、わたくし。…降嫁など、できないわ」
「貴女が不安に思っていたというのに、イオは支えにならなかったのですか」
怒気に気づき、フリアは驚いてキーエンスを見上げる。
「わたくしのために、怒ってくれるの」
泣きそうな笑顔を浮かべ、フリアは震える声で言った。
「王族としての考え方も生き方もすべて変えなくてはならないのです。姫が不安に思うのは当たり前。…それを支える事のできないイオが悪いのです。彼の友として、申し訳なく思います」
頭を下げるキーエンスの肩に手を伸ばし、フリアは首を振る。
「もういいのよキーエンス。終わった事だもの。わたくし、覚悟はできているの。王族に産まれた女として、政治の駒となり嫁ぐ事を選んだのよ」
そう言い、陰りのない笑顔を見せた。
「ソーヤーが随分と心配してくれて、見合いをすすめてくれたの。よい機会だと、わたくしも思うわ」
顔を上げ、茶器を持ったミアの入室を許す視線を送った。茶を受け取るフリアを見ながら、キーエンスはそっと顔を伏せた。
イオ…、このままでいいのか。




