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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
将軍の息子、甘える。
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 どう陥落してやろうかしら、と舌なめずりでもしそうな顔で、ダラティエはキーエンスを残して支度部屋を出ていく。


「そう簡単にできる相手じゃないぞ」




 キーエンスの呟きは届かず、ダラティエは席につき入室する王を迎えるべく茶を入れ始めた。


 侍女に案内されてきた大柄な男と、対照的に純白の衣に身を包んだ青年を迎え、ダラティエは極上の作り笑いを刻む。


「ようこそヤマ王。お会いできて光栄ですわ」


 ヤマは軽く頷き、愛想笑いを口に刻む。


「我も、稀に見る占者であらせるラティー殿にお会いでき、嬉しく思う」


 低く良く通る声でそう言われ、ダラティエは笑みが引きつるのを必死で押さえた。


 なぜその事を知っているのか!


「噂とはたいがい大げさなものですわよ、ヤマ王」


 額飾りに吊された水晶に意識を集中する。


 動揺していた心が凪いだ泉のように静まるのを感じた。そんなダラティエをヤマは楽しげに観察している。


 動揺させて、どんな人間か見定めるのね。武士らしいこと。


「お茶でもいかが?」


 ダラティエの誘いにヤマは頷くと、背後に佇む青年へ目配せした。


「イズニーク、なにか弾いてくれぬか」


 銀糸の見事な刺繍を施された布を目に巻いた青年は、まるで見えているかのように顔をダラティエへと向ける。


「お願いするわ」


 案内してきた侍女に目配せし、イズニークに椅子をすすめる。


 イズニークは軽く頷くと、背負っていた楽器を降ろし、組んだ足に乗せた。そして始まりはとても繊細な、優しい音色の音楽を奏で始める。


 久しぶりにきちんとした作法でお茶を入れることに集中していたダラティエは、いつのまにか手を止め、イズニークの奏でる音楽に聴き入っていた。


 心の奥にある、懐かしく温かな思い出をつい回想してしまうような、音色だった。


 扉の向こうより流れてくる音楽をとらえ、支度を終えたキーエンスは立ち上がり、扉の前にたった。


 キダータの王宮やアニアの舞踏会でも聞いたことがないような、リュートの弾き手だと気づいた。


 自らを取り巻く祝福の精霊がざわめくのを感じ、息をのむ。

 姫の称号を得るほどの歌い手や舞い手は、すべて精霊の祝福を受ける。もしかすると、稀な程の楽器の弾き手にもまた、精霊は祝福を施すのかもしれない。


 この弾き手は、ただの吟遊詩人とは思えない…。


 たっぷりと余韻を引きながら、最後の弦がつま弾かれた。侍女達やダラティエが同時にうっとりとついたため息が室内に響く。


「なんと素晴らしい音色。よい吟遊詩人をお連れですわね」


 演技を忘れてヤマに笑いかけると、思いがけず冷ややかな視線を返された。


「イズニークは我の親友である。たとえその腕がなくとも、心を分けた大切な友だ」


 燃え上がるような怒気を孕んだヤマの気配で、ダラティエは鳥肌が立つのを感じた。


「…お許しを、失礼な物言いをしてしまいましたわね」


 すがるように額の水晶へ意識を集めつつ、どうにか震えずに言うことが出来た。


「お気になさらず。ヤマは少し、我が儘なのです」


 柔らかく波打つ銀の髪を軽く払い、穏やかに笑むと、何か言いかけるヤマを制するかのように弦を弾く。


「力のある石を、身につけていらっしゃいますね、ラティー殿」


 なにやら無言で怒っているヤマを無視して、イズニークはのんびりと話す。


 ぎくりとしながら、ダラティエはそれでも笑顔を保った。


「身につける宝石は、すべて代々引き継がれて来たものです。お祖母様達の思いが籠もっているのかもしれませんわね」


 はぐらかすように冷めたお茶を捨て、いれなおしたお茶をヤマへと差し出す。


「イズニークは探している楽器があるのだ。とてもよい音色で謳うという楽器である」


 怒りを抑えたヤマは、大人しくお茶へ手を伸ばす。


「楽器、ですか」


 さて、と宝物庫にある品物を思い浮かべる。


「アニュス=ディという楽器ですが、お心当たりは?」


 イズニークに問われ、ダラティエは首を傾げる。


「ワタクシの知る限り、ありませんわ。けれど、母上やお祖母様なら知っているかもしれませんわね」


 イズニークはただ笑み、応えなかった。


 かちり、と音をたててカップを置いたヤマは、つまらなそうにダラティエを一瞥した。


「すでに確認した。そうか、占石を引き継ぐ者でさえ知らぬのなら、この国にはないな」


 用は済んだ、とばかりにヤマは立ち上がる。


「弟達にも、その素晴らしい音色をお聴かせくださいませんか」


 引き留めるべく立ち上がるダラティエは、すっかり音色に魅了されてしまっていた。


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