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長身のダラティエは、見かけとは違い、礼儀正しく入室の礼をしてから、キーエンスの勧める卓に座った。椅子は一つしかないので、キーエンスは窓辺に寄りかかってダラティエの方へと身体を向ける。
「実は、あるお屋敷の女の子が、意に添わぬ見合いをしなくてはならないの。その相手が面倒なことに、腕に相当覚えのある男らしくてね…」
ふ、とため息をつき、ダラティエは卓の上で組んだ手に視線を落とす。
「無理矢理どうこうすることは、さすがにないと思うのだけど、あまりよい噂をきかない男だから…。
以前、ある女の子が、彼との結婚を嫌がるあまり、自害したこともあるの。だから、彼女の弟が、心配して護衛を雇いたいって言ってるのよ。侍女としてそばにいてもらいたいの。女で、腕利きの傭兵って、あなたくらいしか知らないし」
「あなた自身が侍女になりすまして護衛することは出来ないのか?」
ダラティエは困ったように笑い、頷いた。
「アタシは、お姉さん役をすることになってるの。見合いの相手を誘惑する役よ?あなたがやってみる?」
キーエンスはげっそりとして、手を振った。
「無理だな。期間は?」
にこり、と笑みを刻んだまま、ダラティエはキーエンスを見上げた。
「引き受けてくださると思っていいのかしら?相手が諦めるまで、お願いしたいわ。滞在や侍女用の服なんかはこちらで用意するわ。前金で1万。終了次第、1万。どう?」
「1万?…多すぎないか」
「口止め料も入っているのよ。相手の男は厄介なの。こっちがこんな画策したってバレたら面倒なことになるわ」
ふむ、とキーエンスはバンキムによく似た唸りを口に乗せ、思案する。
悪い話ではない。金額もそうだが、なにより困っている者の護衛をするという仕事は好きだ。けれど、なにか引っかかる。
ちらり、と明るい青の瞳を向けると、ダラティエは条件反射のように微笑んだ。人と目を合わせて話すことに慣れているようだ。人当たりがいいと判断すべきか。
「なにか隠していないか」
問うというより確認するように、キーエンスは言った。父譲りの勘が働いたのだった。
いささか驚いたように、ダラティエは息をのみ、作り笑いを消した。
「噂になるほどの傭兵ね、アンタ」
にい、と人の悪そうな笑みを浮かべる。どうやらこちらが素顔のようだった。
ひらりと大きな手を振り、束ねた髪を軽く梳く。そして黒曜石の瞳を細めた。
「ナイショにしてね。…本当に、妹なのよ」
無意識に声を落とし、ダラティエは呟いた。くるくると髪を指に巻き付ける。
「そうか。わかった」
ならば本気で妹を守りたいのだろう。
頷き、キーエンスはダラティエを見つめた。
「他にもあるな」
くしゃりと髪を握りしめ、ダラティエは上目にキーエンスを見た。
「嘘はついてないけど…、アタシが男ってこと?でも心は女ですからね。騙してなんかいないわよ」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
キーエンスは軽く頷き、わずかに笑んでダラティエを見る。
「では、いつから始める?」
ぱっと顔を輝かせたダラティエは、無造作に金の入った革袋を卓に乗せた。
「じゃ、行くわよ」
顎をしゃくり、ダラティエは立ち上がるなり部屋を出ていく。
やれやれ、とキーエンスは肩をすくめて、いつでも出かけられるように包んであった荷物へと手を伸ばした。




