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きらりと目を輝かせて、キトリは不抜けた顔をしているフィデルの髪をコテで巻き始めた。
あれこれと指示するキーエンスに教えられながら、キトリはフィデルを無理矢理椅子に座らせ、髪を巻く。
鏡に映るフィデルを身ながら、キトリとキーエンスは笑い合う。
「し…仕上げはリボンだ。絶対真っ青なのがいい」
「あら、キーエンスのドレスに合わせて薄青にしましょうよ」
「…別に合わせなくていい…」
「なによその消極的な態度は!ほらあった」
ひらひらの派手なレースのリボンを探り当て、誇らしげにキトリはキーエンスに手渡した。
「では、リボンを使った結い上げのアレンジについて説明しよう」
器用にフィデルの髪をリボンと一緒に編み込み、うなじの辺りで可愛らしく結ぶ。
「こうすると、短めの髪でもドレスに合うようになる」
「ほ…ほんと…だ」
息も絶え絶えに笑いながらキトリは言う。
「よくお似合いですよ」
まるで店の店員のように愛想笑いをしながら言い、キーエンスも堪えきれずに笑う。
「なんじゃこりゃぁ!」
ようやく我に返ったフィデルは叫んで立ち上がる。
「楽しそうだな、フィデル」
いつの間にか部屋に入ってきていたバルトはフィデルの頭を見て、冷ややかな笑いを浮かべる。
「げ、頭領…こ・これはその…」
慌ててリボンをほどくが、編み込まれた髪はなかなかほどけない。
クスクスと笑いながら、キトリはバルトのもとへと行く。
「キトリ…綺麗だ」
鍛えられた腕を伸ばし、キトリを引き寄せる。唇を重ねようとするが、キトリはそっとバルトの唇へ手を当てる。
「もうダメって言ったでしょう。化粧が崩れるもの」
「…仕方ない。後の楽しみにとっておくか。だが唇だけでは満足できなくなるぞ?」
キトリのうなじへ唇を這わせながら、バルトは囁く。
くすぐったそうに笑いながら、キトリはバルトの厚い胸板を押す。
「ダメだったら。用意ができたの?待ちくたびれちゃったわ、お腹ぺこぺこ」
「俺もだ。さっさとメシを食って、もっとうまいものをいただきたい」
キトリの背をゆっくりと撫でる。その手を捕まえ、キトリはバルトの腕に手を絡ませる。
「さあ行きましょう。バルトの部屋で食事よ」
「フィデル、その頭をどうにかしてから来い。気になってメシが食えん」
言うなり、バルトは強引にキトリを連れて部屋を出ていく。
「やれやれ。行っても邪魔なだけなんじゃないかな」
必死に髪をほどこうと苦戦するフィデルは、キーエンスの言葉など聞こえていない。
「ああ、引っ張るな。絡まる」
仕方なくキーエンスはフィデルの背後へ周り、手を伸ばす。気を遣ってフィデルは膝を折った。
解けた髪はキトリによって綺麗に巻かれてしまっている。
「ちょっと座って待ってろ」
ベッドサイドに置かれた水差しから水を注ぎ、手を浸す。そして濡れた手でフィデルの髪をそっと梳いた。
それでもわずかに波打つ髪を、ほどいたリボンで一本に結ぶ。貴族の子息がするような髪型だ。
「これでいいだろう。冷たくなかったか」
「…ああ」
神妙な顔で頷き、フィデルは立ち上がると困惑したようにキーエンスを見下ろした。
「---腕を出せ」
どうやら付き添いというものをどうやったらいいのか知らないらしいと気づいたキーエンスは、指示する。無骨な仕草で腕を差し出したフィデルにそっと手を預け、内心ため息をつく。
なんだって傭兵になってまで、こんなことをしてるんだ…?
「あとは、先に扉を開けて、私を先に通せ。そして座る時と立つ時に椅子を引くだけが仕事だよ」
頷くフィデルは、じっとキーエンスの胸を見つめる。
「殴られたいのか?」
「遠慮なく、もっとくっついてもいいぞ?」
ぎゅーっと、その胸くっつけてくれよ。と言外の言葉をとらえ、キーエンスは高い踵をフィデルの足に降ろした。
短い悲鳴をあげ、フィデルは大人しく扉を開けた。
そこは廊下になっていた。ずっと向こうには夕暮れに染まる空が見える。広い船のようだった。潮風に目を細め、キーエンスはほつれた髪を耳にかける。その仕草を目の端にとらえながら、フィデルはゆっくりとバルトの船室へと向かう。




