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病気がちなエレンテレケイアに代わり、これまで何度も踊りをこなしてきた。
小柄な身体でありながら、体術や剣の訓練などで鍛えられた手足はしなやかに動く。
身体を動かすと、これまで心で渦巻いていた煩悶が薄らいでいった。
美しく弧を描き、流れるような二人の足運びは見事で、ホールにいた者達はそっと場を明け渡す。
アルカイオスに支えられながらくるりと身を翻し、ぴたり、と踵をそろえて動きを止める。一呼吸おいて、ゆっくりとお辞儀をした。キーエンスの背に軽く手を添えながら、アルカイオスも控えめに礼をする。
どっと拍手が沸き起こった。
「なんとみごとな」
「すばらしいですわ」
「次はわたくしと踊っていただけますね、王子」
高位の貴族の娘がずい、と前に出て、アルカイオスの腕に自らの腕を絡める。
「いえ、私は…」
ぐいぐいと強引に引かれ、アルカイオスはキーエンスから離れてしまった。
「では姫は私と」
我先に、と貴族や領主の嫡子達が近づくので、キーエンスは慌てて逃げる言い訳を言おうとした。
しかし、その腰に素早く手をまわす者がいた。
「さて参ろうぞ、姫」
長身で、しっかりとした体つきの青年だった。
控えめだが特上の絹を使った衣装は、気品に溢れる青年の風貌によく似合っている。
衣装とそろいの色で作られた仮面も、近くで見れば複雑な細工が施されている。
まるでどこぞの王族のようなその風格を読みとり、キーエンスは警戒しつつも下手に逆らわぬほうがいいと判断し、導かれるまま、ゆっくりと彼の足並みに合わせて歩き出した。
「やはり姿絵などより、動いているそなたの方がよいな」
悦に輝く目は黒く、仮面の奥で細められた。
にこり、とただ笑いを顔に貼り付け、キーエンスは応えることなく、ただ踊る。
「声を聞かせてもらえぬのか?つれないことだ…」
ふん、と男は鼻を鳴らすが、愉快そうに口元に笑みを浮かべている。
男はそのまま、笑みを意地悪そうにゆがめる。
ふと、嫌な予感が脳裏によぎり、咄嗟に顔を背けた。
男は掴んでいたキーエンスの手を放し、指先でキーエンスの腕をなぞりながら両手で腰を支え、抱き寄せた。
ぞわり、と悪寒が背筋を這い上がる。男の冷たい唇が、うなじに触れていた。顔をそむけていなければ、唇が奪われていた。
「ヤマ国へ嫁げ。私はそなたが傷物でも気にせぬ」
耳元で低く囁いた。
見ずとも、男が笑っているとキーエンスはわかっていた。
笑みを貼り付けたまま、キーエンスは身を離し、踊る。けれど、指先が冷え切っていくのは抑えられなかった。
視界の隅に、貴族の娘からどうにか逃れたアルカイオスがよぎる。
ひらり、とキーエンスは身を翻し、仮面の男より身を離す。そして愛らしく微笑み、お辞儀をした。
「まだ曲は終わっておらぬぞ?」
「申し訳ありません。わたくし、足を痛めてしまったの…お兄様」
背後より足早に歩み寄るアルカイオスに手を伸ばす。
「無理をしてはしゃぎすぎたね、妹姫」
アルカイオスは優しげな口調とは裏腹に、強い瞳で仮面の男を一瞥し、キーエンスを引き寄せ、抱き上げた。
「お兄様」
なにもここまでしなくても…。
見上げたキーエンスへ視線を戻し、アルカイオスは笑みを消した。
------嫉妬…。
浮かんだ言葉に、キーエンスは愕然とする。