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持参金代わりの花嫁衣装をそっと畳み、虫除けと防水用の薬をしみこませた紙で包む。そして荷袋へと仕舞った。宝飾類は一切ない。式を挙げる前に嫁ぎ先が用意してくれるだろうとお父ちゃんは言っていた。
薄い金の髪をかき上げ、結わない方がいいだろうかとキトリは手を止める。自分の顔が見初められるほど美しいとは思っていない。日焼けしていて、そばかすが浮いているし、鼻も大きすぎる。けれど、死んだ母ちゃんから譲り受けた薄い金の髪が、島の男達には珍しいらしく、港に来た彼らによく声をかけられた。
船持ちの漁師に請われたのはきっと、この髪が月光のような薄い金をしているからだろう。父ちゃんまで引き取ってくれるんだ、あたしは幸せ者だ。
「キトリ、キトリ、開けていいか」
木の扉の向こうで、早口に言う男の声がした。
「いいよ」
がたがたと不器用に取っ手をいじり、太った男が入ってきた。靴ひもを結ばずに引きずりながらキトリへと歩み寄る。
「家具が全部売れたらしい。仲介屋に衣装代を支払ってもらったよ。釣りはこの宿代と島への船代に間に合った」
「よかった。護衛の人は?やっぱり無理だったかな」
傭兵を雇うには安すぎると鍛冶屋に言われた。こんな仕事を請けるヤツはいないぞ、と冷たい目を向けられた。戦いになれば命すら危ういのだ。ただの船賃くらいで仕事を請ける酔狂な傭兵は、確かにいないかもしれない。
キトリは父親の足下へと跪き、靴ひもを結んでやる。関節が強ばる病にかかった父は、細かい作業ができない。
「持参金狙いに襲われても、金が無いことを教えれば、見逃してくれるさ」
花嫁衣装が入っている荷袋を見下ろし、父親--マトは不安を隠して明るく笑う。
「そうだね」
酒場で給仕をしていたキトリが、島の船を持つ漁師に嫁ぐ事は、港の男達の間で噂になっていた。病気持ちの父との親子二人、つつましく生きている事は皆知っているだろう。けれど、かき集めた小金を狙う輩も、いないとは言い切れない。その小金はすべて衣装代と船代になったのだけれど、それを信じてくれるだろうか。
キトリもまた、不安を隠しながら笑い返した。
「じゃあ行こう。婿殿が首を長くして待ってるぞ」
キトリが結び終えた荷袋の口をつかみ、マトは肩に担ぐ。指先の強ばった父のために、キトリは扉を開けた。
「おっと」
丁度扉の前に立っていた屈強な男がマトにぶつかる。
「す…すいません」
筋肉で覆われた男の胸板に弾かれ、マトはよろけながら謝罪する。
「なに、侘びはこれで充分さ」
ひょい、と軽い仕草でマトから荷物を取り上げる。
「何をする!」
荷を取り上げた男は、背後にいた仲間に荷袋を放る。そして追いかけるマトを突き飛ばした。
「父ちゃん!」
床に転ぶマトを庇い、キトリは体重の重いマトを抱きしめた。
ぐきり、と足首が嫌な音をたてる。
「軽いなぁ、やっぱりそんなに金は持ってねえか」
「仕方ねえ、商隊でも襲うか?」
男達の笑い声が階下へと去っていく。
「待て!」
マトは強ばったまま動かない指先を床にたたきつけるようにして、身を起こした。武器になるものはなにもない。けれど、衣装すらないまま娘を嫁にやりたくなどなかった。
「父ちゃん!深追いしちゃダメだ!殺されちまうよ」
慌てて追うキトリは、これまで見たこともないほどの必死の形相で駆ける父親を見た。
階下に降りた男達は、鈍い動きで追ってくるマトを振り返り、嘲笑する。
「素手でどうするってんだ?」
「こんな軽い荷物、減ってもいーじゃねえか」
笑いながら奪った荷袋を乱暴に投げてもてあそぶ。
「返してくれ!金なんか入ってない!せめて衣装だけでも…」
もてあそばれている荷を追うように、両手を差しだしながらマトは床に跪く。
階下の食堂で早めの夕食をとっていた客達は関わり合いになりたくないのか、遠巻きにそれを見ていた。
「邪魔だ、どけ」
マトを蹴り、男達は外へと向かう。咳き込みながらもマトは男の一人の足にしがみついた。
「返してくれ!」
「煩い!」
再び蹴られ、マトは胃液を吐きながら床に転がった。




