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「俺たちが軍へ入ることが決まったから、焦っているんじゃないだろうな」
「正直、そういう気持ちはあった。けれど、決めたんだ。私は剣を持ち続ける」
「だから軍に入れと言っているのに」
そうだよ、キーエンス!と、皆が騒ぐ。
「…最後に踊った演目を、みてくれないか、みんな」
キーエンスは屋敷の中庭、薔薇の庭の横の広場を示す。
その静かな物言いに、なにかあると覚ったのか、皆押し黙り広場へ向かう。
マントを脱ぎ、練習用の衣装のまま、キーエンスは広場の中央で佇んだ。
瞳を閉じ、集中する。空中に漂う精霊の気配を感じた。
ふわり、とただよう闘気に、イオは驚く。
舞いなのに、闘気をまとうのか?
しなやかに伸ばされた腕が空を掻く。瞬時に空中より抜き放たれた輝く大剣がキーエンスの手に現れた。
イオは息をのみ、満面の笑みを浮かべる。
精霊が降りたんだ!
くるくると舞うキーエンスの手に包まれた大剣は、空を旋回し、輝く。
二刀細剣の型のようで、けれど優雅なその舞いは、剣を学ぶ彼らにとって、血が踊るような高揚感をもたらした。
しゃん、と交差した剣が涼やかな音をたてる。中央に伏したキーエンス
の手から、大剣が消えた。
キーエンスはゆっくりと起きあがり、優雅に礼をする。
「私からの祝いの舞いだ。皆軍でさらに腕を磨いてくれ」
にこり、とキーエンスが笑うと、屋敷の二階より拍手が降りる。
「剣の舞姫ってところか、キィ」
見下ろしていたらしいバンキムがいた。
「はい、父上。そのようです」
「シールム国にあるギルドに入るか?巡業の予定を組んでくれるし、護衛なんかの手配もしてくれる。…お前にはいらんか」
含み笑いを浮かべる。
「やっぱりお前は凄いよキーエンス!母上と同じ舞姫になるなんて!」
訓練所のなかま達が口々に褒めてくれる。
「舞姫はどの国の王族とも叩頭せずに話せるし、たとえ一国の王でも命令をしてはいけないんだ。歴代の舞姫達は母上以外みんなシールム王に請われて結婚してる。王妃にだってなれるんだぞ!」
ルナリア王太子妃もシールムの歌姫だしな、と付け加える。
「…別に、そんなものになりたくない」
キーエンスはマントを羽織り、使い慣れた細剣を腰に下げる。
だろうな。とバンキムは軽く頷く。
「傭兵になる」
なにい!?となかま達が騒いだ。
「あんなの軍に入れないヤツらが行くところだぞ!」
「舞姫が傭兵なんて、母上が気絶する!シールムのギルドだって、そんなこと許さない」
キーエンスは軽く肩をすくめ、バンキムを見上げた。
「言わなきゃバレない」
しれっと言うキーエンスを見下ろし、バンキムは声をあげて笑う。
「その通りだキィ。まったく口が悪くなったな、お前!」
「ギルドに内緒なんて、そんなことしたら優遇措置がもらえないぞ」
イオの言葉に、ふん、とバンキムによく似た仕草で鼻で笑う。
「言ったろ?いらないのさ。お前達が見習いでなくなったら、また祝いに踊って見せよう。私の舞いは、剣士の為の踊りだ。王族の娯楽の為じゃない」
ひらり、と手を振り踵を返す。
「場所は違えど、お互い強くなろうな」
まったく、と揺れる金の髪を呆れて見送り、イオはバンキムを見上げた。
「よろしいのですかバンキム様!カダールの末が流れの傭兵ですよ?!」
「俺がダメと言って言うことを聞くと思うか?」
う、とイオは言葉につまる。
「あいつは女なんだ、イオ。あの日闘技台に昇らなかったように、軍にも入れない。友人なら、キィの生き方を受け入れろ」
「友達だからこそ、アイツが認められないのが嫌なんです!」
そうだ!と他の少年達も言う。
「そんなこと気にしちゃいないと思うけどな、キィは。俺やお前達が認めてる。それで充分なんじゃないのか?」
イオ達はどこか納得せぬ表情で、帰っていった。
たった一度の闘技場での試合を思い出し、バンキムは苦笑する。
震わすほどの歓声を産んだのは、まぎれもないキーエンスの剣技。
「確かに…気持ちはわかるぞ、イオ」
だが、仕方がない。王族と関わりたくないのは、痛いほどわかっていた。
そっと右目の眼帯を触る。
「出来ぬだろうな、やはり」
独白は、誰に聞かれることもなく、空へと消えた。




