1
ふぅ、とため息が練習場にしている一枚石の輝石のひかれた部屋に響く。
舞いの師であるアニアは困惑してキーエンスを見つめた。
輝く金の髪は細い腰まで届く。透き通るような白い肌はなめらかで、踊るほどにほのかに赤みを差す。残念なのは、いつもの剣の訓練のせいで腕や脚に青あざが耐えないことだ。けれどそんなもの気にならぬほどにしなやかに手足は空をかく。
時折微笑む奥ゆかしげな表情が、とても魅力的だった。
「舞姫の称号にふさわしいわ。なのになぜ、精霊が降りてこないのかしら」
ふわり、とアニアが手のひらをくゆらすと、ひらひらと花びらが舞い落ちる。舞いを認めた精霊が祝福を与えてくれるのだ。
キーエンスは舞うのを止め、アニアのもとへと行く。
舞う事は好きだった。けれど、それは剣の次に。アニアに教わった舞いの数々はとても美しく、物語があり、楽しい。だが、剣の演舞のように心が無になるほどではない。
だからだろう、とわかっている。
「私はもう15になります。カダールの訓練生達は皆、軍の見習いになるでしょう。私もまた、生き方を決めねばなりません」
アニアは悲しげにキーエンスを見た。初めてあった時には小さな身体だったが、今では同じほどの背丈になった。
「舞姫の称号は、あきらめると?」
「ふさわしくないのでしょう。…わかるのです、私は剣を持つ者」
今は置いたままの使い慣れた細剣を想う。腰につられた剣を撫でるように、キーエンスは手を降ろした。
ざわり、とアニアはうなじに寒気を感じる。
この感じは…精霊が傍にいる。
「それよキーエンス!それを踊りなさい」
それがなんなのかアニアにはわからなかった。けれど、確かに精霊の存在を感じる。
キーエンスはアニアの剣幕に驚き、ああ、と理解する。
「これだ」
ふ、とキーエンスのしなやかな身体を闘気が覆った。
たん、と舞いにしては力強い足取りで、跳ねる。アニアの教えた動きではない。
伸ばされた手はしなやかで、けれど勢いがある。
軽やかに跳ぶ足は美しくくねり、激しく動く。戦いのように。
それはキーエンスの踊りだった。振りあげられた手の中に、なにかが現れた。
心が無になったキーエンスは、なぜか納得した。それは来るべくして現れたもの。
両手に現れた二振りの大剣は、まるで羽根のようにキーエンスと共に舞った。
たん、と中央に舞い降り、手の中の大剣を交差させたキーエンスは、顔をあげ、涙をながすアニアを見た。
「剣の舞姫。キーエンス、あなたは稀なる者」
ふわりと手の中の大剣が消える。でも、もう理解していた。あの踊りをすれば、舞うために剣は現れる。
「ありがとうございました、アニア様」
「あなたを育てる事ができ、ワタシも誇りに思います。あなたの行く先に幸多からんことを願います」
もう学ぶべき時は終わったのだと、キーエンスは理解した。
ドレスを嫌がり続けたキーエンスは、父バンキムの服を好んで身につけていた。エビネ家の者を始め、カダール訓練所の者達も、男装のキーエンスを受け入れている。
すらりと伸びた手足は長く、姿勢よく歩く姿は貴公子然としていた。腰に剣を履き、堂々と歩くので、美しい顔立ちをしていても、だれも少女だとは思わなかった。
「キーエンス!聞いてくれ!軍に召された!従騎士見習いになれた!」
真っ赤な頭のイオが駆け寄ってくる。他の訓練生達も、キーエンスの帰りを待っていたらしく、イオとやってくる。
「あとカインとケイスも従騎士見習いだ。ヤンとトッソとカーグは槍士見習いで、あとのヤツらは歩兵見習い」
「良かった!皆一緒に修了できるんだね」
心から皆の合格を喜ぶキーエンスを、イオは複雑そうに見た。
「剣の腕で言えば、お前も従騎士見習いになれるのに。どうしても嫌なの
か?」
「そうだよ、キーエンス。今からでも間に合う、試験を受けに行けよ」
「一緒に軍へ入ろうぜ」
「女だからってバカにするヤツは、俺等がぶん殴ってやるよ」
「キーエンスの方が強いだろう?」
皆の真剣な説得に、キーエンスはいつもの通り笑って応えた。
「王族に関わるのはゴメンだな。…実は、アニア様ともお別れをしてきた」
ええ!、と皆が叫ぶ。
「諦めるなよキーエンス!」
「お前の舞いは凄いんだから、きっと精霊は来るよ!」
「舞姫の称号があれば、優遇措置が多いんだぞ?軍に入らないのなら、あ
った方が便利だぞ」
心配気に言うイオに、キーエンスは微笑む。
「なんだ、その笑いは。吹っ切ったみたいだな」
むっとしてイオは言うが、舞いの練習の大変さを間近で見てきたからわかるのだろう、ため息をついて肩をすくめた。




