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「幸せになるのだ、カダール嬢。そなたは、そうならねばならぬ」
過去のすべてが、かすむほどに。
「私は聞かなかったフリなどできぬ。聞いたからこそ、そなたの幸せを心より願う」
笑い返すキーエンスの背後で、ケルズがもう一押ししろと合図を送ったが、結局エウリムはそれ以上言うことができなかった。
卓の上を片付けるケルズは、年若い友人達を見送った主人をちらりと見る。
「あんたにしては、がんばったな」
ぼんやりと窓から外を眺めていたエウリムは、ガラスに映る友人と目を合わせる。
「彼女にとっての幸せとは、何なのだろうな…」
「それはお嬢さんに直接言うんだな。だがまぁ、恋愛で満たされるだけの娘ではないだろう」
金銀宝石や美しく着飾ることにも興味はないだろう。
そこらの娘達のような欲望はないだろう。
「難しいな」
「あんたが惚れる娘だ。容姿も中身も普通じゃないな。あと何年かしたら、あの容姿だけでも男が群がるぞ?ああ、もう何人かに言い寄られたって話を聞いたな。手ぇ握ったくらいで満足してるとかっ攫われるぞ」
大事そうに手を握りしめているエウリムへと畳みかけるように言う。
「…そんな争いをするつもりはない」
「つもりはなくても、お嬢さんに言い寄る男が居たら、勝手に身体が反応するさ。せいぜい番犬になるんだな。隊のヤツらだって、しょっちゅう見学にくる小僧がカダール嬢だって事、気づいてるぜ?」
遠征先に招く事が、エウリムにとってのみ嬉しい事ではない。
「そ…そうなのか?」
「あんたがちょっと会議でいない時なんかは、隊のヤツらお嬢さんによく話しかけてるぞ?べったり鎧の説明なんかしてな。槍を持たせるついでに手ぇ握ったり。さすがに睨んでやめさせたけど」
槍士達だな、とエウリムは呟き、殺気を漂わせる。
「ほらな?」
番犬め、と呟き、ケルズは卓の本を持って部屋を出ていく。エウリムはケルズの呟きなど聞こえていないようで、悶々と殺気を漂わせ続けていた。




