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「血が…こんなに…」
床から、アシュトンの腕、そしてエレンテレケイアの下腹部へと鮮血が続いている。
「ああ…」
悲しげにうめく声が、エレンテレケイアの口から漏れた。
赤ちゃんが。
傍にいたキーエンスは、聞こえてしまった言葉に、息をするのも忘れてしまう。
「わたくしが医者を呼びます。…後のことはまかせなさい、キース」
怒気を押し殺し、静かに言うシーリーンと目を合わせ、キーエンスは呆然とした。
そう、お前の考えている通りよ。
シーリーンの声のない言葉が聞こえた。
「舞踏会に出る準備をなさい」
冷ややかに、シーリーンの声が響く。
「…知らぬフリをして…踊れと?」
ひやりとしたシーリーン手が伸び、キーエンスの頬を軽く叩く。
「そのためのナナイです。行きなさい」
すすり泣きと、濃厚な血の匂い。それらを背にして、キーエンスは部屋を出た。
軽やかに流れる管弦楽と、至る所に飾られた花々の香りが漂う舞踏室では、華やかに着飾った貴族の娘達と領主の嫡子達が、視線を交わし、談笑し、駆け引きを楽しんでいた。
見えぬ酒の甘い香りに酔ったかのように、気だるく、退廃的な気配。
それは先ほど嗅いだ血の匂いを思い出させ、キーエンスは踊る気になどなれなかった。
「…顔色が悪いね。やはり風邪をひいてしまったのかな?」
アルカイオスがそっと水の入った銀杯を差し出してくれた。
---この方は、何も知らないのだろうか。
「ありがとう、お兄様」
にこり、と笑みを作る。けれど何故か今夜は、うまくエレンテレケイアの笑顔になれない。
それに気づいたのか、アルカイオスはふと気遣わしげに表情を曇らせる。
「今夜は早めにお下がり。このところ行事が続いたのだから、疲れたのかもしれないね」
声を落とし、ナナイである臣下に言う口調で言う。公式の場でそのような言葉を言わせてしまったことに気づき、キーエンスは気を引き締める。
----今は、仕事に集中しなくては。
「さきから引っ張りだこだもの、踊りすぎて疲れているのはむしろお兄様よ」
エレンテレケイアらしく、上目にアルカイオスを見る。
おやおや、とアルカイオスは肩をすくめ、キーエンスががんばるつもりなのを苦笑して見返した。
「そうだね。ではあと一曲で今夜は仕舞いにしよう。よろしいかな、妹姫殿」
気取った仕草でキーエンスの手を取り、深々と礼をする。
「よろしくてよ、お兄様」
花がこぼれ落ちるような笑みを浮かべ、優雅に礼を返す。手をとり歩み出た二人を、ホールにいる者達は注目した。
軽やかに響く曲に合わせて二人は一礼し、踊り始める。




