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殺気なのか闘気なのかわからぬ、恐ろしいほどの気配を感じながら、エウリムはどうにか震えずに言葉を続ける。
「だが、まだ彼女は幼い。…私は、彼女が花開くのを待つ。けして幼いまま、名誉を傷つける行為はしないと誓います」
バンキムの恐ろしく威圧感のある気配を全身に感じながら、ゆっくりと腰の長剣を引き抜く。その瞬間にも剣豪の大剣で胴と首が離れてしまう恐れもあった。だが、剣豪は大剣を引き抜くことなく、ひたりとエウリムを見据えていた。
剣の柄を両手で握り、震えそうになる手を押さえながら、エウリムは剣を天に向け、額に刀身をつけた。そして片膝をつき、騎士にとって最高の礼を取る。
「剣にかけて、誓います」
「誓いを破りし時は、その左目を捧げよ」
王者のように厳かに響く声に、エウリムは頭を垂れた。
「誓います」
「------よかろう。我が娘に近づくことを許そう」
気による圧力が消えるのを感じ、エウリムはほっと息をついて立ち上がり、剣を仕舞う。
ふん、とおもしろくなさそうにバンキムはエウリムから視線を外し、置いた杭を取る。
「それで、話しはそれだけではないだろう?」
「その…実は、北のバラライに遠征が決まったのです。…その、一度、あちらに遊びに来てはいかがかと…その…」
歯切れ悪く、わずかに耳を赤く染めながら、エウリムは言葉を続けられない。
「なんだ、遠征に連れて行きたいのか。…妻でもあるまいに、出来るわけないだろうがアホめ」
バンキムの冷ややかな声に、エウリムはがくりと肩を落とす。
「------だが、あちらにも墓所への入り口がある。…そうだな、墓参りのついでに知り合いの所に泊まるのならば、いいだろう」
エウリムは素早く顔を上げる。じわりと耳から頬へと赤みが広がるのを、バンキムは嫌そうに見た。
「…左目だぞ、忘れるな」
地獄の底から響かせるように冷ややかな声で言うと、エウリムは表情を引き締め、重々しく頷いた。
若くして亡くなったというバンキムの母------キーエンスの祖母、ティアスの遺した服に袖を通し、キーエンスは鏡の前に立った。
華美な夜会用のドレスとは違い、光沢のない生地でできた娘用の服は裾に白薔薇の刺繍がほどこされていた。ティアス自身が縫ったものだという。深緑に染められた服に浮き上がる白薔薇は精巧に陰影が表現され、縫った者の器用さを表していた。
剣神と呼ばれている曾祖父が作り与えていたという銀製の髪飾りは薔薇の形をしているものがほとんどで、所々つぶれたようなゆがみがあった。けれど、ティアスは愛用していたのだろう、使い古されていたあとがあった。無骨ながらも愛情の籠もった髪飾りをつけ、キーエンスは年頃の娘がするには地味すぎる化粧をしてから、部屋を出る。それでもその姿は目をひくようで、ひと目挨拶をしていこうと玄関ホールで待っていた訓練生仲間達が息をのみ、階上より降りてくるキーエンスを出迎えた。
「お、似合うじゃないか、キーエンス。そうしてると普通の女の子みたいだよね」
明るく笑うイオを軽く睨み、ドレスの時とは違って扇がないことを悔やむ。
扇があれば、鼻の頭を小突くのに。
「いつもは普通じゃないとでも?イオ。父上の服は、少しばかり裾が合っていないみたいだけれど」
「バンキム様の足が長いだけで、僕の足が短い訳じゃないよ。…あ、トッソ、悪いけどさ帰りにうちに寄って、僕が寄り道してること知らせてくれないかな?」
「あ?ああ。いいよ」
ぼんやりとキーエンスをみつめていたトッソは、イオに生返事をする。イオは肩をすくめて、キーエンスを手招いた。
「ありがとう、頼んだよ。行こうキーエンス」
手を引っ張りたいところを我慢して、イオはキーエンスを急かして玄関から出た。
「まったく、せっかくキーエンスにきっぱりフラれて諦めかけていたのに、こんなんじゃいつまでたってもトッソが可哀想だ」
ぶつぶつ言うイオの後を追いながら、キーエンスは苦笑する。
「謝るべきなのかな、私は」
「さっさと恋人つくりなよ。グレリー様なんて最高じゃないか。とても紳士だしさ」
「やめてくれイオ。そういうのは当分いいんだ」




