6
確かに、打ち合う相手が次にどう動くか、脳裏にひらめくことが多い。
「…単に、動きを予想したのかと思っていました…」
「そうだな、先の先、くらいならば経験によって読む事は出来る。だが、さらにその先も読める時があるんだ」
ふん、とバンキムは鼻を鳴らす。
「俺は剣豪などと言われているがな、単に祖母の勘の良さが受け継がれていたお陰なんだ」
だが、と言葉を続ける。
「俺が今こうして生きているのも、その勘の良さがあったからだが」
「父上のように、先の先の…更に先を読めるようになるには、やはり経験を積まねばなりませんか」
キーエンスの真剣な問いに、珍しくバンキムは声をあげて笑った。
「お前には、剣の道に生きる方が向いていそうだな。----視覚に頼る事を止めるんだ。そうすれば、勘が研がれる」
愛情のこもった大きな手で、キーエンスの目を隠す。
「目を…隠す?」
「隠せばいろいろ感じ取る事が出来る。まぁ…時間があれば、この後やるか?」
「あっ!いけない、もう戻らないと」
慌てて空を見上げる。陽が傾いていた。今夜は滞在する領主達のために舞踏会を開くのだ。身支度をする時間も合わせると、もう城へ戻らなければならない。エレンテレケイアはこのところずっと体調を崩している。きっと今夜もキーエンスが代わりに出席することになるはずだ。
慌ててはいても、きちんと礼を取り、バンキムへ頭を垂れる。
「ご指導ありがとうございました」
「汗はきちんと拭けよ。風邪をひく」
「はい」
頭を覆っていた布を首にかけ、言われた通り拭きながら駆け出す。
その小柄な後ろ姿を見送り、バンキムはため息をついた。
「俺に汗をかかせるとはなぁ。我が娘ながら末恐ろしいな」
大急ぎで城へ駆け込み、広い城内を湯場のある地下へ抜ける。湯場ではぬるめの水を使い、火照った体を冷やした。
共同湯場は、大抵侍女や侍従が使うので、暇を頂いた者くらいしか使用している者はいなかった。けれど、その湯を侍女達が壺に抱えて何度も出入りする。
「なんだい騒々しいねぇ。お偉いさんが急に湯浴みしたいとでも言ったのかい?」
馬屋番の女が洗った髪をまとめながら、出入りする侍女に声をかける。馬のお産があり、全身羊水まみれになったので、洗いに来たと話していた。
「王女様さぁ、月のモノが狂っちまったみたいでね、寝室が血だらけなんだってさ」
「あらまぁ、気の毒に。子どもでも産めば、月のモノなんてラクになるんだがねぇ」
「まだ早いだろうよぉ」
「なあに、もう13になるんだ。無理ってこたないさね」
下品な笑いが起こる。
キーエンスは慌てている事をさとられないように、そっと湯場を出た。そして、髪が濡れているのも構わずに、エレンテレケイアの部屋へ向かった。
部屋へついたとたん、ぱん、と大きな音が聞こえた。
「やめて!」
エレンテレケイアの悲鳴に、キーエンスは弾かれたように部屋へ飛び込んだ。しかし、部屋に佇む人影に、放とうとしていた短剣を放つことはなかった。
「母上?…一体何が…」
頬を抑えるアシュトンと、それを庇うかのように立つエレンテレケイア。そして、わななく拳を握りしめる、シーリーンがいた。
「出来ることなら、今すぐその首を掻き切りたいわ!」
抑えた声で、シーリーンは吐き捨てるように言う。
「愛しているんです…」
苦しげに言うアシュトンの言葉に、シーリーンはさらに激怒し、その胸ぐらを掴み上げる。王妃の姿に似てはいても、ナナイの訓練として体術は習っている。
「だからといって、姫の品格を汚すのだとわかっていただろうに!」
「…叔父上のようにはなりたくありません」
「お前!」
感情のままにシーリーンが振りかざした腕を、咄嗟にキーエンスは受け止めた。
キン、と甲高い音が響く。
シーリーンの手に握られていた短剣が、キーエンスの剣によってはじき飛ばされる。
「---なによりもまず…」
ひた、と母である人を見据え、キーエンスは静かに言葉を紡ぐ。
「姫を休ませることが重要なのでは?」
ほ、と息を吐き、シーリーンは腕を下ろし、アシュトンを掴んでいた手も放す。
殺気が消えたので、キーエンスも短剣を袖口に仕舞う。
「キース…ありがとう…」
顔色の悪いエレンテレケイアは、キーエンスの顔を見て気が抜けたのか、その場に座り込んでしまう。それをアシュトンが抱き上げる。
「お前の控え室を使うぞ」
アシュトンはキーエンスを見ずに言う。シーリーンが止める様子を見せないので、キーエンスは頷く。
「はい--待って下さい兄上!」
キーエンスは慌ててアシュトンの腕を掴む。
不快気に振り向いたアシュトンは、キーエンスの視線を追って自らの腕を見下ろす。
「血が…こんなに…」




