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舞い子の控え室へと連れ込まれたキーエンスは異を唱える間もなく、アニアと他の舞い子の手でドレスを脱がされ、薄布を幾重にも重ねた純白の衣装に着替えさせられた。腰帯は深紅で、金の鈴がいくつもついている。靴も脱がされ、足首や手首に腰帯と同じく金の鈴のついた深紅の布を巻かれる。
遠目でみても映えるように、と濃いめに化粧が施され、結っていた髪も下ろされてしまう。
「よし!いいわ!さあ演奏を始めて!!」
「師匠、説明はなにもないんですか」
どうやら踊れということは理解できた。けれど、どれを、なんの役割で踊るかくらいは教えて欲しかった。
「あなたの度胸が据わってる事は知ってるわ!まかせわたよ」
と、薫り高い花が咲き誇るような笑顔を見せ、すい、と空中を優雅な手の動きで掻く。
精霊の祝福を受けて花びらが舞い落ちる。深紅の花びらと共に、大輪の赤い薔薇でできた花輪が現れる。それをキーエンスの頭に被せた。
「花冠の乙女…?」
悠然と笑いを残し、アニアは演舞場へと立ち去った。
それは産まれたばかりの花の精霊が、春の女神の力を借りてようやく咲き誇る、という童話をもとにした演目だった。
春の女神に扮したアニアが優雅に舞い踊る。早咲きの花々に扮した舞い子達が軽やかに舞い、アニアと共に演舞場に多くの花を撒き落とす。
まさに春を思わせるような軽快な音楽が鳴り響き、見ている者達も空中より舞い散る花を手に取る。会場全体を花で埋め、笑顔を振りまいた頃、中央へと揚羽蝶を模した黒い衣装の舞い子達が躍り出る。
始めはゆっくりと腕を伸ばし、華やかな場に少しずつ不穏な空気を流し込む。
怯えたように花に扮した舞い子達が会場の外側へと行き、客達の傍で舞う。
黒い衣装の舞い子達は開いた踊り場へと進む。すると、隠れるようにうずくまる人影があった。薄布を被っているので、姿は見えない。
しゃん、と鈴が一斉に鳴らされた。花に扮した舞い子達がいつのまにか手に持っていた鈴の音だった。それに合わせ、アニアが優雅に舞い踊る。
しゃん、と再び高らかに鈴の音が響くと、うずくまっていた人影がゆっくりと立ち上がった。幾重もの白い薄布が細い足首を撫でる。ちいさな鈴の音が足首に巻かれた深紅の布より響いた。
再び大きな鈴の音が響くと、アニアは人影へと近づき、被さっていた薄布をそっと引いた。小さな鈴の音がさらさらと涼やかに流れ、薄布の隙間から少女の顔がわずかに見える。すっと伸びた少女の手が、薄布が落ちぬようにと腕にからませた。
しゃん、と大きな鈴の音に合わせ、黒い衣装の舞子達が花の舞い子達と入れ替わるようにして客の傍へと行く。近づいてくる花の舞子達とアニアに励まされるようにして、少女はくるりと身をくねらせた。その時やっと薄布が肩に落ち、少女の顔が明らかになる。
見事な金の髪を飾る深紅の花冠。乙女にふさわしい清らかな笑みを浮かべて、少女はアニアと共に舞う。しなやかな手足が動くたびに、衣装につけられた金の鈴が鳴った。
会場に赤い花びらが舞い落ち、鈴の音が響き渡る。
そうしてようやく、終わる事ができた。
客達に愛嬌を振りまく舞子達に紛れて、キーエンスは控え室へと逃げ込んだ。気を利かせた侍女が濡らした布を渡してくれる。
短く礼を言い、汗を拭ってドレスへと着替える。
早くここから出ないと、面倒なことになるのはわかっていた。舞い子は客達をもてなす役割もある。舞う姿を見て気に入った舞い子へ衣装などを援助する貴族もいる。もちろん、なにかしらの見返りを要求して。
「冗談じゃない」
ぶつぶつと言いながら、手早く髪を結い上げ、化粧を直す。鏡台に置いた花冠は、なぜか消えなかった。
精霊の祝福でアニアが作り出した花は、演目が終わると消えてしまうものなのに。
そのまま置く訳にもいかず、花冠を手にしたまま、キーエンスはそっと控え室を出た。
そそくさとその場を離れようと進むと、立ちふさがるかのように貴族の男達が待っていた。妙な愛想笑いを顔に貼り付けている。
「これはこれは。花冠の乙女、まるで貴族の娘のような姿ですな」
「舞い子の中には貴族の出の者もおりますぞ?」
「シールムでは王族の歌姫がいらっしゃるとか」
「なるほど、それゆえに気品があるのだな」
「花冠の乙女、さあこちらに」
「見事な舞いをねぎらおうではないか」
「他の舞い子もおりますぞ?」
「怖がる事はない。さあ」
「さあ」
ぎらついた目をした男達は、言葉や身なりは貴族のようであった。けれど、放つ気配は獣のよう。




