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「うん、そういうことかな?」
フられたという事実をつきつけられても、特に悲しくはない。
やはり恋愛ではなかったのかもしれないな。
「なんだ、失恋したから、次の恋に臆病になってしまったのね。わかったわ、許してあげましょう」
…何を?と内心不思議に思いながらも、とりあえずフリアの用は終わったようなので、キーエンスは退散しようとする。
「では、もう失礼してよろしいですね?」
礼をしてエウリムと退出しようとするが、エウリムが動かない。
「グレリー様?」
ぞわり、と鳥肌が立った。
エウリムの身体を殺気が包んだからだ。
「恋人がいながら他の女性を妻問うなど…なんと悪辣な!」
怒りのあまり震える手で腰に帯びた長剣の柄を握りしめる。目の前にアルカイオスがいれば、斬りつけられていただろう。
「お、落ち着けエウリム!」
ケルズが叫ぶが、エウリムには聞こえぬようで、殺気があふれ出る。
「違うのです!恋人になるよう強引に言われたので、承諾しただけなのです。イオと姫のような絆はなかった。あれは恋愛ではなかったのです」
主従関係の延長のようなものだったのだ。
「…それでも、カダール嬢をもて遊んだことには変わるまい」
「私には傷つく余裕などなかったのです。身代わりとして他国へ嫁がされるところだったのですから」
しん、とその場が凍り付いた。エウリムの殺気も不気味なほどに静まる。
あ、とキーエンスは話しすぎた事に気づき、口元を押さえ苦笑した。
「すべては過去のことです。…なんでこんな話をしてるんだ?」
「カダール嬢の名誉に関わること。口外せぬと誓おう。…よいなケルズ」
殺気をにじませてエウリムはケルズと若い恋人達を見やる。
ケルズは神妙な顔で胸に片手を当て承諾の意を伝える。
「ありがとうございます、グレリー様。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「謝ることなどない」
少しばかり強引にキーエンスを引き寄せ、腕に手を置かせると、エウリムは扉へと向かおうとした。が、その扉が突然開かれる。
「キーエンスはいる!?」
舞姫の華やかな衣装を着たアニアが駆け込んできた。
「は・母上!」
思わず叫んだイオを一瞥し、アニアは美しい眉を寄せる。
「お前に用はなくてよ。口紅がついたままのスケベな息子なんて見たくもないわ!いた!キーエンス!」
言うなり、キーエンスに駆け寄り、いきなり胸を触る。
「何をするんですか!師匠」
「発育良すぎるわよキーエンス!ちょっと大きいわね、型が合うかしら。腰回りは細すぎるし…針子はいるの!?」
背後から続いて駆け込んできた舞い子達に声をかける。
「い、今別の衣装を繕っています!」
「ああもう!いいわ!型がちょっと合わなくたって、キーエンスなら見劣りしないわよ!」
ぎろり、とエウリムを鋭く見上げる。
「この子、少し借りるわね。素晴らしい芸術のためよ、いいわね」
言うなりエウリムの承諾も聞かずにキーエンスを引っ張っていく。
嵐のように立ち去る一行を見送り、ケルズはちらりと椅子に座るフリアを見た。
「似てるな…」
「ええ!?…そうかも」
イオもつい、納得してしまった。




