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「一応水で薄めておいたよ」
よく冷えた器を受け取り、キーエンスは礼を言って口に含んだ。
「ルッキア様もおっしゃていた通り、愉しめばよろしいんですよ。興味が持てないのなら、ほどほどにたしなめばいいのではないでしょうか」
「カダール嬢は楽しいのか?」
じっと見つめられ、キーエンスは苦笑する。社交辞令で誤魔化せそうにない。
「…キーエンス=カダールとしてきちんとお誘いを受けて出席するのは、今夜が初めてかもしれません。…そう言う意味では、新鮮ですね」
ふと杯に映る自らの姿を見やる。亡き王女の面影は消えてしまった。残酷で、平等に、時は流れてしまっているのだ。
「初めてだとさ、エウリム様。よかったねぇ」
にぃ、と笑うケルズはとても従者には見えない。普通従者は主人と一緒になってワインを飲んだりしない。
「グレリー様はいかがですか?」
エウリムは銀杯を少し傾け、頷く。
「カダール嬢といるのなら、気楽でいい。…バンキム様には参ったが」
心底困惑したようにエウリムは肩を落とす。
「私などより洗練されたご婦人はたくさんいらっしゃいますよ。父のような出迎えもないお屋敷のね」
気の毒そうにケルズはエウリムを見る。ううむ、と思わず唸るエウリムは、こちらへと熱い視線を投げかける貴族の令嬢達を避けるかのようにテラスへと歩き出した。
「なあ、お嬢さん。今日もあの剣、そこに隠してるのかい」
辺りに人がいないからか、ケルズは従者のフリをやめている。
「ええ。ドレス姿で剣を帯びる訳にはいかないでしょう?父上の衣装を着ているなら別だけれど」
「その見事な髪飾りは、また祖母殿のなのか?」
「お褒めいただき嬉しいですわ。ええ、祖母が曾祖母より譲られたものだそうです」
エウリムとケルズはちらりと視線を交わす。
「お嬢さん自身の物ってのは、あんまり無いんだな」
「父上に戴いたこの剣があれば、充分です」
かつて身につけていた衣装や装身具はすべて亡き王女の物だった。産まれた時から彼女の身代わりとしてそれらを身につけていたので、自分の物は必要なかった。むしろ、そんな物があれば、ナナイと本物の王女とを見分ける目印になってしまうので、身につけるのは好ましくなかった。
「なによりもの財産だろう。剣は身を守り、また大切な者をも守ることができる」
エウリムの言葉に、キーエンスは微笑んで頷いた。
そこへ、かけよる従者の足音が近づいてきた。エビネ家の従者だった。見たことがある。 けれど礼儀をわきまえているのか、まずはケルズに用向きを伝える。ケルズは従者らしく顔をひきしめ、そっと主人であるエウリムに何事か囁いた。
「いいだろう。カダール嬢、そちらの者が、あなたに話しがあるそうだ」
「どうしました?」
キーエンスは手にしていた杯を近くの卓へと置き、従者に向き直る。
「部屋へ来て欲しい、と」
ちらり、とエウリムの機嫌を窺うように、従者が言った。
キーエンスは柳眉をひそめる。
「イオは部屋にいるのですか?」
「人前に出る顔ではないからと、ルッキア様が謹慎を申しつけておりまして」
ああ、とキーエンスは頷いた。殴られた痕が残っているのだろう。
「先日の件でしょう。ご一緒しますか?」
一度しっかりと、イオにはエウリムへ謝罪して欲しいと思っていた。
「そうさせてもらおう」
ちらり、と大広間に群がる貴族の娘達を見やり、エウリムはキーエンスへ腕を差し出す。
ケルズの問うような視線に頷き、同行しても構わないと伝える。
従者は困惑したまま、三人をイオの部屋へと案内した。
イオの部屋の扉が閉まっている事に気づき、キーエンスは青筋を立てる。
「イオめ…」
従者が扉を叩くより早く、キーエンスはさっさと扉を開けた。
アルコール度数 1%未満のため、キィは飲んでもOK。




