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キーエンスは口を結び、目を伏せたままバンキムから離れると、エウリムの傍へ行った。
ケルズに急かされたエウリムがぎくしゃくと腕を差し出す。そっと手を添え、わずかに振り返った。
「行って参ります」
「たっぷり悩んで来い」
特に感情のこもらない声でバンキムは言う。けれど、キーエンスにはおもしろがっていることがわかった。
複雑な表情で馬車へ乗り込むキーエンスを馬車に乗せ、エウリムとケルズが乗り込むとゆっくりと走り出した。イオがいつも使う馬車とは違い、椅子には柔らかなクッションがひかれ、三人乗っても広々としていた。末席とはいえ貴族の当主ともなると、質のいい馬車をあつらえているらしい。
「…からかわれていたのか、私は」
ぼそり、と呟くエウリムは疲れたため息をついた。
「付き添いがイオではないので、挨拶がわりになさったのでしょう。…もう、父上ったら、意地悪なんだから」
ぶつぶつと言うキーエンスを見て、ケルズは堪えられずに爆笑した。
「とっぱじめからおもしろすぎる!」
「今日はのんびり考え事なんてしていられないのに。…それとも、今日だ
から、なのかしら」
ため息をつくキーエンスを心配げにエウリムは見た。
「行くのをやめるか?なんだったらうちの屋敷でのんびりしてもいいんだが」
正直なところ、エウリムも行きたくないのだろう。
ケルズはまたもや笑う。
「連れ込むの早すぎるって」
「バカ者。変なことをいうな。なにか悩んでいらっしゃるようだったから…」
キーエンスは微笑み、扇を開いて片目をつむってみせた。
「大丈夫です。ご婦人の付き添い方をお教えしないと」
ううむ、と唸るエウリムとキーエンスを見比べ、ケルズは笑いを堪えていた。
塗り立ての艶やかな黒い光を放ち到着した馬車は注目を集めた。
「あの紋章は…国王直々にお命じになられたという剣の紋」
「まれにみる剣技の持ち主とか」
「白軍の隊長殿だな」
「控えめな方で、あまり社交の場に出られないのに」
「やはりエビネ将軍の舞踏会は来られるのだろう」
「お連れの方は?」
ざわめきの中、爆笑していた表情を消したケルズが降りて、主人が降りるためにと簡易階段を下ろした。クセのない灰褐色の髪をゆるく束ね、幾筋か肩に垂らしたエウリムの姿に、集まっていたご婦人達がため息をもらした。
鍛え抜かれた体躯はしなやかに動き、続いて降りてくる少女のために差し出された手は均整のとれた長い腕。そっと差し出される長手袋に包まれた華奢な手をしっかりと掴み、現れた少女を大切に扱うのがわかった。
見事に輝く金の髪は篝火によってよりいっそう映える。控えめに俯き、わずかに扇の影より笑顔を見せる少女に、集まる貴族のみならず、侍従たちも目を奪われた。
「あれって…坊ちゃんのお友達じゃないか?」
「ええええ?!」
「ほら、奥様が目をかけてらっしゃる金髪の子だよ」
「よく見えないよ」
ざわざわと侍従達が騒ぐのに気づき、キーエンスは再び扇の影から笑いかける。
「ほらやっぱり!」
「坊ちゃんとおつきあいしていたんじゃないのかー」
「でもなぁ、相手の方は少し歳が上すぎやしないかい」




