2
「見事な剣技だったと聞いた。…慣れているのだな」
ケルズの入れたお茶を口に運び、エウリムはやっとキーエンスを見た。
「その…護衛のようなことを、ずっとしていたので。今では剣を持たぬと、落ち着きません」
腰にはいたままの細剣を軽く撫でる。
「ずっと?カダール嬢は13歳なのだと聞いたが、そんな幼い頃から護衛を務めていたのか」
不思議そうにエウリムが言う。
「------ええ」
産まれた時から、ずっと。もしかすると、母の胎内にいた頃から、妊娠した王妃の身代わりとして、宿るエレンテレケイアの身代わりとして、務めていたと言えるのかもしれない。
「過去の事です」
守るべき彼女はもういない。
「それより、髪飾りは無事なのでしょうか。祖母の物なので、壊れていないといいのだけれど」
「ああ、年季物だったな。綺麗に磨いておいた。取ってくるよ」
ケルズはしなやかな動きで部屋を出ていく。
「バンキム殿の母上と言えば…剣神カダールの娘か。まさに、カダールの末」
キーエンスの細剣をみやり、エウリムは呟く。
「血を受け継いでいるのは、私だけではありません。兄がおります。…けれど、彼はあまり、剣術は好きでないようだった」
ナナイとして最低限の剣術を学んではいた。けれど、キーエンスのように時間さえあればバンキムと打ち合うほど夢中にはなっていなかった。
「兄上もカダールにいらっしゃるのか?」
「いいえ…。今もキダータにおります」
王族の身代わりとして務めている。もう二度と、会うことはできないのかもしれない。
なおもなにか質問しかけたエウリムは言葉を切り、立ち上がって壁の長剣を手に取った。
「手合わせしないか、カダール嬢。これでも闘技場で優勝したのだ。飽きさせぬと思うが」
「喜んで」
中庭で剣を打ち合う二人を見つけたケルズは、笑う。
「色気のないことで」
楽しげな主人の表情に気づき、満足げに見守った。
いつもより長く鏡台の前で身繕いするキーエンスを、興味深くウィーゼは見ていた。
「なんだか今日は違うのね。手際が悪かったわよ?」
「イオ相手なら、別にどうでもいいのだけれど、歳の離れた方が付き添いなので、気をつかうのよ」
疲れたため息をついて、立ち上がる。いつもは髪を下ろしているが、今夜はほとんど結い上げ、幾筋かの髪を少しだけ下ろす。柔らかく波打つ金の髪が白いうなじを滑り落ちていた。
「ちょっとぉ、どういうことよ、詳しく聞かせなさい。イオが恋人と会うために協力してあげてるんじゃなかったの?」
キーエンスと交代して鏡台の前に座るウィーゼは鏡越しに好奇心に溢れた視線を送ってきた。
「今夜はエビネ家での舞踏会だから、イオは出かけなくていいの。代わりにグレリー様のお相手をすることになったのよ。社交ごとが苦手なので、ご婦人にどう付き添ったらいいのかよくわからないらしいの」
慣れた手つきでウィーゼの髪を結う。彼女が渡してくれる髪飾りを指し、化粧をほどこした。
「そんなの口実じゃないのぉ?」
いやらしく笑うウィーゼに、キーエンスは苦笑を返す。
「本当に苦手そうなの。今夜も気苦労が耐えなさそうだわ…。イオのお相手もきっと来ているだろうし」
憂鬱そうに軽く手をあげ、部屋を出る。階下へと向かい、人の気配があることに気づいた。
生真面目なエウリムのことだから、早めに迎えに来たのかも知れないと階段を下りようとして、歩を止める。
にらみ合うバンキムとエウリムが玄関ホールに立っていた。剣を背に帯びたままバンキムは泰然とした立ち姿でエウリムを見つめる。その身体を覆う闘気は噴火寸前の火山のよう。
エウリムは気圧されながらも腰に帯びた長剣へと手を伸ばしているが、触れてはいない。そこに触れた途端、バンキムより殺気が溢れることを知っているのだ。遠巻きに立つ青年がもう一人いた。従者の装いをしたケルズだ。
ぱちり、と音をたてて扇を閉じる。
「いい加減になさいませ。…父上、グレリー殿をからかうのはお止め下さい」
冷ややかな声で言いながら階段を下り、ちらりとバンキムを軽く睨む。
ふん、とおもしろくなさそうに鼻をならし、バンキムは闘気を消した。
「こんなクソ真面目そうなヤツがいいのかキィ。アルカイオスといいこいつといい、俺にはちっとも似てないじゃないか」
むす、として言うバンキムに、キーエンスは笑って抱きつく。
「誤解ですよ父上。その時にはきちんとご報告しますから」
「そうだな。どちらも違うのだろうな」
にやり、と意味深げに笑うバンキムを見上げ、キーエンスははっと息をのむ。
「そろそろ整理しておけ。お前も年頃なのだから」




