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「キーエンス、身の程をわきまえなさい。アルカイオス様はいずれこの国の王となられる方。妹姫のナナイである立場を利用して王子に近づくなど、ナナイの誇りを汚す行為です」
厳しい言葉に、キーエンスは頭を垂れる。
「申し訳ありません、母上」
「会食での発言も、出過ぎたことばかりです。領主方にとって、お前の発言はすべてエレンテレケイア様ご本人のお言葉となるのですよ?軽はずみな発言は慎みなさい」
さっと青ざめるキーエンスに、それ以上は言えなくなり、シーリーンは別れも告げずに踵を返す。
母を失望させてばかりいる。
会食での記憶はある。エレンテレケイアとして発言したことも覚えている。けれど、まるで自分ではないような、他人がしたことを思い出すような、曖昧な記憶でしかない。
エレンテレケイアのナナイであることはわかっている。けれど、あまりに頻繁にエレンテレケイアになりきらなければならないので、記憶が混乱してしまったのかもしれない。
そっと、革ベルトで足に固定してある懐剣に触れる。
この剣を振るうのは、私。
それだけは、ゆるがない。
金属のぶつかり合う音が鳴っていた。あまり人気のない屋敷中に、それは絶え間なく響き続けた。広い中庭から、それは聞こえてくるようだった。
仮面を付けた子どもと、男が打ち合っていた。
子どもは両手にそれぞれ細身の剣を持ち、激しく打ち込んでいく。対する男は大剣でそれらをあしらうが、あまりに素早い打ち込みを、大振りのその大剣で跳ね返すのは恐ろしく力を消耗した。
ガキン!と、ひときわ大きく音が鳴り、細身の剣が空中を舞う。
そんな事は意に介さず、子どもは素早く空いた手を振るう。そこには一瞬で短剣が数本指に挟まれていた。
カカカカ、と乾いた音をたて、男の防具に短剣が突き刺さる。
男もまた意に介さず、大剣を振るい、子どもの首筋に当て、ぴたりと止めた。
「参りました」
男ののど元に突き刺す構えで細剣を向けていたが、遅かった。キーエンスは闘気を消し、男に笑いかける。
「…すっきりしたか?」
男もまた闘気を消し、大剣を背の鞘に仕舞う。
「はい、父上。…剣があれば、自分を取り戻せます」
男---バンキムは防具から短剣を抜く手を止める。
「俺の祖母も、同じ事を言っていたな。あの方の場合は、乗馬だったが」
あまり表情を動かさないバンキムが、わずかに微笑んだことに、キーエンスは気づいた。
「どんな方だったのですか?」
「…不思議な強さを持った方だった」
抜き取った短剣を差し出して、バンキムは静かに語る。
「不思議…というのは?」
受け取り、丁寧に袖に隠す。バンキムは手を伸ばし、キーエンスの頭部を覆う布を取った。結わえていた髪がこぼれる。
「色を抜いたのか…」
かすかに顔をゆがめ、キーエンスの頭を撫でる。
ナナイならば髪の色を加工することなど仕方がない。
応えるかわりに、苦笑を返す。
「祖母は、輝くような美しい金の髪をしていた」
お前によく似た、とは言わなかった。エレンテレケイアのナナイでいる限り、その美しい髪を薬剤で加工し続けなければならないからだ。
「---そして、不思議と勘のいい方だった。天気や客の来訪など、よく言い当てた。
俺も時々だが剣を打ち合うと、相手の動きを先読みする事がある。…お前もだな、キィ」
バンキムに言われ、思い返してみる。
確かに、打ち合う相手が次にどう動くか、脳裏にひらめくことが多い。




