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「姫はご無事か!?」
「キーエンス!ケガしてるじゃないか!」
姫を庇って殴られたらしいイオが、鼻血を流しながらキーエンスへ駆け寄る。
「返り血だろう。気にするな。姫は?」
「わ…わ…わたくしは、なんともなくてよ」
真っ青になり、今にも倒れそうな小柄な女の子がいた。綺麗に巻かれていたはずの髪は乱れ、ドレスの袖は裂かれているが、どこもケガはないようだった。
「ご無事か。よかった…」
さく、と草を踏む音を聞き、姫とイオを背に庇いキーエンスは細剣を構えた。
「俺だよ、お嬢さん」
両手をあげて、ケルズが現れた。
「そうか…あなたといたのだった」
細剣を振り、ついていた血を落とす。
「誰かに見られるとまずい。屋敷へ入ってくれ」
辺りを見回し、ケルズは手招いた。だが、キーエンスは首を振る。
「姫をお願いします。イオの格好は見られるとまずい。姫だけならば、庭で迷って転んだ事にでもすれば体面が保つ。だが、イオはどうみても殴られた痕です。口の堅い御者を乗せた馬車を回してください。ここから乗って行きます」
安心して座り込んでいたイオは頬にハンカチを当ててくれていたフリアの手を握る。
「嫌だ!姫の傍を離れたくない」
「今のイオと姫が一緒のところを見られたら、お前が姫に乱暴したように見えるんだぞ?しかもグレリー家の敷地内でだ。姫の名誉を汚すのみならず、グレリー家にもご迷惑をかけることになる。本気で姫を大切に思うのなら、王族である彼女の立場をも思いやれ」
イオは押し黙り、姫の手を握る手に力を込めた。
「わたくしは大丈夫よ、イオ様」
「姫…すまない」
「謝る事などないわ。あなたは勇敢に立ち向かってくださった。フリアは嬉しく思います」
まだ顔色はすぐれなかったが、気丈に顔をあげ、ケルズへと手を差し出した。連れて行け、ということだろう。
目配せするケルズに頷き、見送ると、キーエンスはイオの前で膝をついた。
「…すまなかった、イオ」
むっとしたイオは、キーエンスを睨む。
「なんでキーエンスが謝るんだよ!…僕は…もうちょっと落ち着いたら、お礼を言おうと思っていたのに」
「誰にも言ってはいけないことなのだろうが、君には打ち明けておく」
細剣を仕舞い、裾を払う。
「私はかつて、キダータの姫を守っていた。…だから、姫と付き合う君に、厳しい言い方をしてしまうんだ。偉そうな物言いをしてしまい、すまなかった」
イオは無言で手を差し出した。立ち上がらせて欲しい、と言う意味だけではないだろう。
キーエンスは、手を握ってイオを立ち上がらせる。
「キダータの姫は…亡くなったと聞いたよ」
「うん」
キーエンスは逡巡したが、王家の姫と付き合うイオへの警告もかねて、言うことにした。
「身体のお弱かった姫は、愛する方の子を残したいと願い、流産がもとで、亡くなられた」
ひゅ、と息を呑むイオの気配がした。そちらを見ず、キーエンスは向かってくる馬車へ手を挙げる。
「だから…姫を大切にしてくれ、イオ」
見ずとも、イオが頷いたことはわかっていた。




