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「アカデミーのヤツらがさ、キーエンスの付き添いしたいって煩いんだ。どうする?」
「断る!出来れば二度と行きたくないね」
「そう言うと思った。僕も頼み込んで一緒に来て貰ってるんだって言っておいたよ。カダールまで押し掛けるヤツはいないと思うけど…。さっさと意中の令嬢と付き添えるようになれって言われたよ。でも姫はさ、ダメだって言うし」
着替えに来た舞い子達に気づき、イオを促して退出する。いつまでも話し続けそうなので、中庭の椅子に座る。
「それはそうだろう」
気を利かせた侍女からよく冷えたお茶を受け取り、キーエンスは短く礼を言う。
「なんでだよ!」
差し出されたお茶に気づかず、イオは怒鳴る。
キーエンスは侍女に目配せして、横の卓に置かせた。
「神秘の国、ルナリアの王族は、性別を隠して生活しなくてはならないからだ。君の出会った姫は、普段は男装しているんだろうな。なのに貴族の少年に晩餐会の付き添いを申し込まれては、まずいだろう」
「そうなの!?」
騒ぐイオに動じず、キーエンスはお茶を飲み干した。
「あまり言いふらすなよ?王族はいろいろと決まり事があるものなんだ。君が女装して男装した姫に付き添いを頼んではどうだ?それなら可能だろうなぁ」
飲み足りないので、イオが気づかないお茶へと手を伸ばし、空になったお茶と交換する。
「そんなことするなら、キーエンスのところに付き添いに来たことにして、キーエンスと姫が入れ替わって晩餐会へ行った方がいいよ!それならキーエンスは嫌なドレスを着なくてもいいし、晩餐会にも行かないで済むよ」
「王族とは関わりたくない」
きっぱりと言い放たれ、イオは渋々諦める。父やバンキムも、キーエンスと王族を関わらせないように、と配慮していることを知っているからだ。
「わかったよ。じゃぁ、今度もこの間と同じようにしよう」
「今度?約束した訳もしっかりやらずに何を言ってるんだ?」
「古代公用語の試験に合格したら、晩餐会に行ってくれる?」
なにか企んでいるようだったが、苦手な勉強をするならいいか、とキーエンスは頷いた。
「やった!」
イオは飛び跳ね、笑う。
「まさか…」
「合格したよ!やった!またグレリー家での晩餐会だよ。高位の貴族は来
ないから、いいだろ?」
姫に会える、と喜ぶイオは、キーエンスの返事など聞く気がないようだ。
ウィーゼがなにやらいそいそと用意してくれているドレスを思い出し、キーエンスはため息をついた。無駄にならずによかったと喜ぶべきだろうか。
「イオ!イオはどこだ!」
鎧の擦れ遭う音を響かせ、ルッキアが現れた。
「父上?僕はここです。なにかありましたか?」
ただならぬルッキアの様子に、目が覚めたかのように緊張するイオは声をあげる。
「ここにいたかイオ」
言うなり、ルッキアはイオを抱きしめる。
「鼻が高いぞイオ!行く先々でお前のことを褒められた。礼儀正しく立派な子息をお持ちだと、多くの方に言われたぞ。勉強もあまり好きではなさそうだし、心配していたのだが、杞憂だったようだな!」
「いえ、父上、それはキーエンスが、父上の名代なのだからしっかり挨拶をするようにと厳しく言われたからです。僕だけでは、なにをどう挨拶したらいいのかわからず父上の顔に泥を塗るところでした」
照れて笑うイオを見下ろし、ルッキアは苦笑する。キーエンスも苦笑して、ルッキアを見上げた。
「ありがとうキーエンス。君が一緒なら、イオもエビネ家の嫡男としてしっかりしてくれそうだな」
「イオ殿はいざとなれば、とてもきちんとなさることができますよ。正直私も驚きました。まさかカンニングせずに古代公用語の試験に合格できるなんて」
なに、とルッキアは驚き、大きな笑い声をあげた。
「よい友人を持ったな、イオ。キーエンス、これからもイオをよろしく頼む」
「私にできることでしたら」
にっこり、と笑うキーエンスを軽く睨み、イオは舌を出す。




