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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
将軍の息子、恋をする。
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 憂鬱気に表情を曇らせながら、玄関前に止められた馬車へ向かうキーエンスを、対照的にはしゃぎながら追うイオ。


「やった!ありがとうございますバンキム様!」


 これで姫に会える、と今にも踊り出しそうな上機嫌ぶりでイオは言い、キーエンスの後に続いて馬車へと乗り込んだ。


「あんなに綺麗な子なのに、言い寄る男の子もいないなんて、つまらないわね」


「キィはなぁ…、そういうのは、当分いいんだろうな」


「なによそれ。男親の都合のいい解釈じゃないでしょうね」


「自分が隣屋敷のコックとデキたからって、キィをあおるなよ」


「なんであんたがそんなこと知ってんのよ」


 げえ、と大柄なバンキムを見上げる。

 ウィーゼの視線など無視して、走り去る馬車を見送った。


「事と次第によっちゃぁ、戦になってもおかしくなかった。俺の娘を傾国の美女なんぞと呼ばせたくない」


 バンキムの呟きは、だれに聞かれることもなく、空に消えた。




 

 見慣れぬ馬車が止まるのに気づき、グレリー家若き当主は袖のボタンを留める手を止めた。


「あれは…エビネ将軍の紋章。だがおいでにならないと窺っていたが」


「はい。ご子息がかわりにいらっしゃるとご連絡がありました」


 上着にブラシをかけていた侍従が言う。


「ああ…、前年度の優勝者か。あれは見事だったな」


「闘技台を降りての剣舞ですね。年少組の戦いはまれに見る素晴らしいものだったと、噂でしたね」


「そうだ。剣豪バンキム殿のご息女が、それは見事な剣技を---」


 不意に止まった言葉に、従者は渡しかけた上着を降ろして主人を見上げた。

 主人であるエウリム=グレリーは、わずかに口を開いたまま、眼下の馬車を見つめていた。つられて見下ろす先に、赤毛の少年に手を預け、馬車より降りる少女の姿があった。

 輝く金の髪が夕暮れの陽を浴びて煌めき、控えめに顔を伏せているせいで、その白くなめらかな首筋が露わに見える。恥じらうように扇を広げて顔を隠し、玄関ホールに集う客人達をそっと見上げる瞳は柔らかな水色。

 あらゆる階層の貴族達が注目していることに気づき、わずかに目を伏せながらも扇を下げ、顔を露わにする。

 その美しさに、一同が息を呑む音が聞こえてくるかのようだった。

 少女は優雅に微笑み、流れるような仕草で礼をした。そしてしとやかに扇で顔を隠しながら、赤毛の少年に隠れるようにして、屋敷内へと進んだ。

 言葉を切ったままの主人が袖のボタンを留めたので、従者はそっと上着を着せた。どうにも落ち着かない気分でエウリムを盗み見する。

 身支度をすませたエウリムは、予定より早くに、階下へと降りていった。

 女っ気のない主人を見送り、従者は内心祈っていた。


「どうかエウリム様に、よいお相手がみつかりますように」


 従者の願いなど知らず、階下に降りたエウリムは、人波が二人の若者を中心にしているのを見やる。

 なにやら多くの視線を集めてしまい、戸惑っているエビネ家の子息に、連れの少女が扇越しになにやら囁く。背筋を伸ばしたエビネ家子息は慌てて階上のエウリム目がけて歩き出した。連れの少女が素早く袖を引き、付き添う相手がいることを思い出させている。


「ご…ごめん」


「落ち着きなさいませ」


 早くも疲れをにじませて、キーエンスはため息を押し殺した。


「お招きいただきありがとうございます。父に代わり私が参りました事、お許しくださいませ。…くらいの事は言えますわよね?」


「は?」


 魚のように口をぱくぱくさせ、イオは急に歩を止める。


「なに?もっかい…」


 ぎり、と高い踵の靴でスカートの裾で隠しながらイオの足を踏む。


「お前、そんなんじゃいつか姫の付添をする時に、彼女に恥をかかせるぞ」


 と言われた途端、イオはきりりと表情を引き締め、わずかにぎこちないながらもキーエンスをリードしながら当主であるエウリムの前へと進み出る。そして舞姫である母にしつけられた洗練された所作で礼をし、キーエンスが教えた通り、口上を述べた。

 内心呆れながらキーエンスも礼をする。紹介はイオにさせ、ただにこりと微笑むだけにする。その控えめな態度が会場の貴族達のみならず従者達をも好感を与えた事になど気づかずに、早く姫を捜したいイオに続いて当主の傍を離れた。


「まさか私をほっぽり出して姫を捜したりいたしませんよね?お父上の名代なのですもの。きちんとご挨拶回りをなさいますよね?

よもやルッキア様のお顔に泥を塗るような情けないご挨拶などいたしませんよね?…そんな方、姫はお好きにならないと思いますわ」


「わかったよ!もぅ」


 ぶつぶつと口の中で文句を言いながらも、ルッキアの配下の貴族達に挨拶に回る。後日その事実を知ったルッキアが驚くほど、貴公子然とした所作に、キーエンスも納得した。


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