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支度は一人でも平気だと言うキーエンスを無視して押し掛けたウィーゼは、器用に髪を結い、祖母の髪飾りを指したキーエンスを見つめ、ため息をついた。
「キー、あんたねぇ、そんなお綺麗になったら男が寄りついて大変よ?古い型のドレスでも見栄えするわぁ」
キーエンスの周りを歩き、しげしげと見る。
「これでも化粧も飾りも控えめにしているのだけれどね」
剣の稽古でできた青あざを隠すために長手袋をはめる。
「普段から娘らしい格好したらいいのにさぁ。あたしの娘時代の服もついでに手直ししておくからね」
「…ああ…憂鬱…」
慣れた手つきで細剣を太股に革紐で巻き付けながら、ため息をつく。
「ちょっと、なんだってそんな物騒なもんを持っていくのよ」
「これがないと落ち着かない」
ぱさり、とドレスの裾を降ろす。二本もの細剣を隠し持っているとは思えぬ立ち姿に、見とれながらもウィーゼは眉をひそめる。
「間違ってもその格好で剣を振り回したりしないようにね」
「時と場合に寄るわ」
上品な笑みを刻み、娘らしい言葉遣いをするキーエンスを見て、ウィーゼは肩をすくめる。
「器用な子だこと」
「キィ、イオが着たぞ」
革でできた眼帯を右目にあてたバンキムが現れた。キーエンスのドレス姿に驚きもしない父親を、ウィーゼは怪訝に見る。
「綺麗だなぁ、とかなんとか言えないの、このボンクラオヤジは」
「…まぁ、上手く男どもをあしらえよ?面倒になったらはり倒しちまえ」
かつて揺れていた事を思い出したのか、キーエンスの身につける髪飾りを見つめ、嬉しげに目を細める。
たまには着飾るのもいいか、と内心呟き、キーエンスは苦笑をバンキムに返した。
「すぐに戻ります。夜食があると嬉しいな、ウィーゼ」
「なに言ってんのよ、おいしいもんたくさん食べてきなさいよ!」
「よろしくね」
にっこり、と優雅に微笑み、気圧されたウィーゼを残してキーエンスは玄関ホールへと降りた。
「うげ!」
キーエンスをひと目見てのけぞるイオを冷ややかに見返し、キーエンスは手を差し出した。
「ええ!?腕組むのなんて嫌だよ!ついてからでいーじゃないか。姫に誤解されたらどうするんだ」
失礼な事を言うイオをさらに冷たく見やり、キーエンスはため息をつく。
「イオ殿?お約束のモノを忘れてらっしゃいますね?」
使われ慣れていない言葉を聞き、イオは目を白黒させる。
「あ?え?」
「訳はどうなさったの。まさか---」
「忘れてた!」
がく、と肩を落とし、キーエンスは踵を返して部屋へ戻ろうとした。
そんなやりとりを侍女達が興味深げに見ている。
「待った!ごめん!明日はやるから!キーエンス待ってよ」
キーエンスの細い腕を掴み、引き戻そうとする。
「約束は約束。訳をやっていないんなら、晩餐会にも付き合わなくてもいい。面倒だから行きたくないし」
「頼むよキーエンス!姫に行くって約束しちゃったしさ」
階上より笑い声が降りてきた。
「行ってやれよ、キィ。お前が姫にヤキモチ焼いてると勘違いされてもイヤだろう?」
バンキムが楽しげにイオとキーエンスを見下ろして言う。
「確かに…それはイヤです…」
心底嫌そうに言うキーエンスを意外そうにウィーゼは見た。
「あら、あたしてっきり…」
「うう…仕方ない、行きます」




